第97話-石が足りない
王様、お后様、スズロ王子と弟王子たち、そして末の王女様。皆が広間に姿を現しました。国中の高位な貴族は、すでに広間に集まっています。あ、久しぶりにゲルードもいますね。王子の後ろで、無駄にキラキラしい姿を見せています。黒ドラちゃんとドンちゃんが手を振ると、ちょっとだけ笑ってうなずきましたが、すぐに真面目な顔に戻りました。
「今日は年に一度の祭りに、素晴らしい品々が集まった。優劣をつけることなど難しいような品物ばかりだ」
王様のお話を聞きながら、黒ドラちゃんは花櫛が選ばれますように!花櫛が選ばれますように!と一生懸命祈っていました。
「このように素晴らしい品を作れる人間が、この国にたくさんいることを嬉しく思う。物を作る力はこの国の宝だ」
王様の言葉に、広間に招かれている職人さんたちは感激していました。グラシーナさんも、嬉しそうに聞いています。
「さて、毎年のことだが、この中から一番と思うものを選ぶのは非常に難しいだろう」
真ん中に集められていた品物が、ゆっくりと台ごとバラバラに移動していきます。広間の中で、少しづつ距離を置いて、台が止まりました。
「作者は作品の横に立ちなさい」
誇らしげな表情の職人が、それぞれの台の方へ歩いていきます。
「皆にはゆっくりと作品を眺め、時には触れて、作者と話をして、どれを選ぶかを決めて欲しい」
広間がざわざわとします。作品の横に立った者たちも、緊張しはじめたようです。王様から引き継いで、ものつくり大臣という役職のおじいさんが前に出ました。
「昼の鐘がなるまでを考える時間とし、鐘が鳴ったら、これぞと決めた作品の前の籠に石を入れて、退場するように」
そういえば、この広間に入るときに、綺麗な丸い白い石を二つずつ渡されました。
「一つに決めかねる場合は、別々な作品に入れても良いし、これが一番だと思うものに二つとも入れても良い」
「それぞれ懸命に修行をしてここまでの作品を作れるようになった者ばかりだと思う」
「その想いに耳を傾け、目で確かめ、決めて欲しい」
おじいさん大臣は、そういうと後ろに下がりました。代わりにゲルードが前に進み出てきました。「これなる魔楽器も、かつてこの広場で選ばれたものです。さあ、始まりの音を鳴らしますぞ」
そう言って、手に持った輪っかにぶら下がった棒のようなものを、もう一本の棒で打ちました。すると、何とも言えない涼しげで澄んだ音が広間いっぱいに広がります。その音を合図に、広間の人々は思い思いの作品の方へと散らばり始めました。花櫛の前はすぐに先ほどと同じように人だかりが出来ました。黒ドラちゃんはブランと一緒に他の作品も良く見てみることにしました。ドンちゃんやラキ様達も、それぞれ別々な作品を見ています。
剣の周りには、やはり騎士やその関係者が多く集まっているようです。この剣を打ったのは、体格のがっしりとした初老の鍛冶屋さんでした。
「うちからもついに騎士様が出ましてね。ほら、あそこにいるのがうちの末息子ですよ」
そう嬉しそうに言いながら指差した方向には、まだ少年とも言えるような若い平騎士が立っています。
皆に見られていることに気付くと、真赤になりながらも警護の持ち場をしっかりと守っていました。
「まだ決められた支給品の剣しか持てませんが、いずれ一人前の騎士様になった時に、あいつに持たせてやりたいんでさ」
そう言われてもう一度薄青く輝く剣を見てみると、あの若い騎士に良く似合いそうです。鍛冶屋としての想いと、父親としての想い、それを知ってから見てみると、もうそれまでのようには見れません。これを握って戦うものが、無事に生きて帰れるように祈るような思いが込められていることがわかります。周りを囲む騎士の中には深くうなずいている人が何人もいました。。
黒ドラちゃんは思わず白い石を籠の中に入れそうになりましたが、まだ全部見ていないよ?とブランに言われ、我慢して次の台へ向かいました。
次の台は盾が飾られていました。こちらの鍛冶屋さんはなんと女の人です。横には旦那さんらしき人と幼い子どもがいました。
「夫が東の砦に派遣されると知って、作りました」
女の人が旦那さんを見つめます。
「この人は優しい人で、勇猛果敢に剣をふるうのは似合わない気がして……盾を持たせたいと思いました」
盾には友人の魔術師に呪文を書いてもらい、それを刻みつけていったそうです。力の強さよりも、繊細な加工を必要とされる作業は、この人にはぴったりだったのでしょう。夫の無事を祈る強い願いが見ているこちらにも伝わってくる、素晴らしい出来です。
ここでも、黒ドラちゃんは思わず白い石を籠に入れそうになりました。ブランから「まだ鐘が鳴っていないし、全部見てからにしようね」と言われ、思いとどまりました。その後に見て回った杖も帽子も器も皮靴も、どれも作者の色々な想いが込められていて、黒ドラちゃんは白い石がもっとたくさんあったら良いのになあと心底思いました。
そして、最後の台に乗った作品を見た時、黒ドラちゃんは思わず「ふわ~っ!」と声をあげてしまいました。
そこに飾られていたのは、一枚の布でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます