第81話 オアシスとガボガボ

 後ろ向きで尻尾をぐいぐいと引っ張られているので、どういうことになっているのかさっぱりわからないが、水面がどんどん遠ざかっていることだけはわかった。ここって本当に深いんだなあ、と感心する。魔力で呼吸をするようにしているので、水中でも大丈夫だけど、俺、どこまで潜らされるんだろう?深くなるにつれて、なんだか水がだんだん重く感じられてくる。気づけば尻尾だけでなく、すっかり竜の姿に戻っていた。だんだんと潜る早さが遅くなる。ようやく水底が近づいてきたようだ。首をひねって下を見てみると、誰かが水底近くの水中で立っている――え!?びっくりしてもっとよく見ようと体をひねったところで、水底にドシンッと叩きつけられた。まあ、水中だからそんなに痛くないけど、ちょっとだけガボッってなったよ、さすがに。


 俺は水底にお座りするような感じになって、目の前に立つ人間(?)を見上げた。でも普通の人間……じゃないよなあ?水の中だし。見たことの無い服をまとっている。まっすぐな布に金糸銀糸で綺麗な刺繍が施されている。袖もまっすぐな布で作られていて、すごーく長い、なんだこりゃあ?

 長い黒髪がユラユラと水の中で揺れている。瞳も真っ黒で、雰囲気は全然違うけど、ロータのことを思い出した。でも、この人は女の人だ、多分。だって、すごくきれいだもん。切れ長のやや上がり気味の目は、長いまつげも黒々としていて、色っぽい。肌は白くて唇は赤くて、首筋がすらっとしていて、服からちらっとのぞく胸元が――!


「がぼぼ?」(人間?)

「ふんっ!我が人のわけがなかろう!人がこのように深い水の中にいられようか?」

「ぐぼ……」(そうだね……)

 なんだか怒ってるみたいだ。

「お前、ここまで潜ってきて無事でいるとは。魔術師か?」

「ぐぶぶ、ぐぶ」(違うよ、竜だよ)

 俺がそう答えると、相手は目を大きく見開いた。

「なに!?竜と言ったか?では、おぬしは水神様か?」

「ごぼ、ごぶぶ!」(俺、陽竜!)

 水神様って、水の神様ってことだよな?俺とは正反対の存在だ。

「陽竜とは聞いたことの無い名だ。水神様の眷属か?」

「ぐぶぶ。ごぼごぼ」(違うよ、全然)

「ええいっ!竜神のくせに水中で普通にしゃべれないのか?まどろこっしいな!」

 いらいらした感じで、きれいな女の人が手をさっと真上に上げると、急に周りの水が軽くなったように感じた。


「あれ、なんか軽くなった?」

 ガボガボ言わなくなったな。

「お前の周りから我の魔力を薄くしたのだ」

 きれいな女の人がドヤ顔で言ってくる。

「あのさ、俺ラウザー!陽竜さ、よろしくー!」

 軽くなったので、水中で得意の一回転を披露して見せると、なんと拍手してくれた。

「なに、身軽なことよ。お前、羅宇座というのか?変わった名だな」

 なんか俺の名前、違う名前みたいに聞こえる。

「えっと、君は誰?ここで何してるの?」

 良かったら、俺と一緒に星空見ない?っていう言葉は、まだ早いよな?へへへ。


「我は雷衣姫である。ここで雷を呼び、もう長らくこの場に水を留めておる」

 再びのドヤ顔、でも綺麗だから良いや。

「ライキさん?カミナリを呼んでるの?あの、ピカッとするやつ?」

「む、お前、馴れ馴れしいぞ。雷衣姫様と呼べ」

 そう言いつつ、こちらに小さな稲光を飛ばす。

「ピャッ!」

 ピリッと来た!

 これかあ、さっき尻尾にピリッときたやつ。


「あの、ライキ様はカミナリの神様なんですか?」

 丁寧に丁寧に……。

「我は雷神様の眷属であったが、ある時からここにおる。何かの魔力で呼ばれたのか飛ばされたのかはわからん」

 ゆらぎ……かなあ。このオアシスが出来たのは、ずっとずっと昔だっていうんだから、俺のせいじゃないよね?

「あの、ライキ様は、元の場所にお戻りにはならないのですか?」

 丁寧に聞いてみる。へへ、俺ってやれば出来る竜なんだぞ!

「来方がわからんのだから、戻り方もわからん。以来こうしてここにおる」

 ライキ様はちょっとだけ淋しそうな表情を見せたけど、すぐに聞き返してきた。

「羅宇座はなぜこのオアシスに近づいた?ここに不用意に近づく者には雷をくれてやったのだが、お前には効かなんだか?」

「えっ俺?、ここの水きれいだなー、冷たそうだなーって思って。ちょっと尻尾入れてみたくなって……」

「ふむふむ」

 ライキ様がうなずく。

「で、入れてみたらピリッと来て、で、もっとピリッとしてみたくなって」

「なに?羅宇座は稲光を当てられても平気なのか?」

 ライキ様は驚いて俺の尻尾を踏んできた。

 いや、稲光当たるのは楽しくって好きだけど、尻尾踏まれるのはちょっと……。

「あ、あのライキ様、尻尾踏んでますけど――」

「そりゃ!」

 変な掛け声とともに、ライキ様の踏んでいる尻尾からビリビリと刺激が走る。

「うわわわわっ!」

「どうじゃ、参ったか?」

 楽しげだ。

 なんかドヤ顔が定着しそうだな、せっかく綺麗なのに。

「えっと、けっこう良かったです」

 てっきりライキ様がご褒美としてビリビリさせてくれたんだと思って答えたけれど――

「はっ!?」

 ライキ様はショックそうだった。

「これでどうじゃ!」

 さっきよりも強いビリビリが尻尾から全身に行きわたる。

「ピャワワワワッ!!」

 はあ~、シビれた。

「えっと、へへへ、かなり良い感じです、ビリビリきました」

「……」

 どうやら今回も俺の答えはライキ様のお気に召さなかったようだ。

 踏んでいた尻尾から足をどかすと「帰れ!羅宇座!お前は気に食わん!」そう言い捨てて、ライキ様はスーッと水の中に消えてしまった。

「えっと、ライキ様~?」

 呼んでみたけど気配も消しちゃったみたいだ。しばらくその場で尻尾をニギニギしながら待ってみたが、もうライキ様は現れそうになかった。仕方なく水面に向かって泳いでいく。


 浮かび上がって「プハーッ!」と顔を出したら、コレドさんが青筋を立ててオアシスのふちに立っていた。

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