第74話-本当の願いは

 やはり、ブランは途中まで黒ドラちゃんのことを探しに来てくれていました。ゲルードも、ブランの魔力の後を追って来たのです。王宮へも知らせを飛ばし、スズロ王子が兵士さんたちを連れてブランを目印に追いかけてきてくれました。ブランは下町に入る辺りで食いしん坊さんと合流することができました。少し遅れて、ゲルードとスズロ王子の率いる隊も加わって、皆は町はずれの小屋にたどり着きました。皆で静かに小屋の周りをぐるっと取り囲み、ブランとゲルードが小屋の中を魔力で探ります。すると、出口近くに男がいてドンちゃんを捕まえているらしいことがわかりました。そして、王女が男に交換条件を出しました。

 王女が髪をバッサリ切ったことは、ドーテさんと黒ドラちゃんの悲鳴でわかりました。けれど、ドンちゃんが捕まっている以上、うかつに手が出せません。さらに様子をうかがっていると、何か魔力が働いて、男がドンちゃんを手放したようでした。今しかない!と、ブランは竜の一蹴りで扉を吹っ飛ばしました。小屋の中では、隅っこの方にカモミラ王女、ドーテさん、それからドンちゃんを抱きかかえた黒ドラちゃんがいました。出口近くにうずくまる男の腕には、カモミラ王女の三つ編みが絡み付き、紫色になるまで締め付けています。

「取り押さえろ!」

 ゲルードが男にさらに魔力で重さを加えると、次々に兵士さんが男に掴みかかっていきます。男はあっさり捕えられ、小屋の外へと連れ出されていきました。



 小屋の中には、黒ドラちゃん達とブラン、ゲルード、スズロ王子だけが残りました。



「怪我はないか」

 王子が心配そうにカモミラ王女へ声をかけます。怪我は無いけれど、王女の大切な長い髪が、無残に肩の上で切られているのは誰の目にも明らかでした。

「カモミラ様……」

 ドーテさんが泣きそうになっています。カモミラ王女は一瞬いつものように顔を伏せかけましたが、すぐに顔を上げてスズロ王子をまっすぐに見つめました。

「騒ぎを起こし申し訳ございません。これはすべて私のせいです」

 王女は深く頭を下げました。

「そんな、違うの!あたしが、あたしがお屋敷を飛び出したりしたから!」

 ドンちゃんが声を上げましたが、カモミラ王女は静かに首を振りました。

「いいえ。全ては私の心の至らなさが原因です」

 ドンちゃんに向けられた王女の瞳はいつものように優しげでしたが、声には今までにない強さが秘められているようでした。


「今は皆が無事だったことが確認できれば良い。とりあえず、皆で一度ゲルードの屋敷へ戻ろう」

 スズロ王子の言葉に、皆で小屋を後にしました。


 ゲルードの屋敷に戻ると、スズロ王子は王宮から呼び出しが来ていて、すぐに戻らねばなりませんでした。王子は残ろうとしましたが、カモミラ王女は「こちらはもう大丈夫だからお戻りください」と譲りませんでした。スズロ王子はしばらく迷っていましたが「決してこのまま国に戻ったりしないように」とカモミラ王女に何度も念を押して王宮へ戻って行きました。王子の中のカモミラ王女の印象は、あの、かくれんぼから逃げ帰ってしまった少女の時のまま、止まっているのかもしれません。





 黒ドラちゃんとドンちゃんは、ゲルードの屋敷の、王女が滞在している部屋に一緒にいました。王女の希望で、女の子だけで少し話したい、ということになったのです。


 カモミラ王女の髪をドーテさんが切りそろえます。カモミラ王女は鏡の前で、自分の髪が、丁寧に、けれどとても短くなっていくのを、じっと見つめていました。


「ドーテ、泣かないで」

 王女が言いました。ドーテさんは泣きながら王女の髪を切っていたのです。

 すべて切りそろえ終わると、カモミラ王女はにっこりと微笑みました。

「ドーテ、とても上手に整えられているわ、ありがとう」


 その様子をそばで見ていて、黒ドラちゃんとドンちゃんは、なんて声をかければいいのかわかりませんでした。マナーのお勉強の時に、王宮に出入りするような貴族の女の人は、長く美しい髪を良しとする、と教わっていたからです。


「カモミラ王女、舞踏会に出られなくなっちゃわない?」

ドンちゃんが震える声で聞きました。王女はドンちゃんの方へ向き直りました。

「ドンちゃん、今日は不愉快な思い、怖い思いをたくさんさせてしまって、本当にごめんなさい」

 ドンちゃんに頭を下げます。

「ううん!あたしこそ、あたしこそ屋敷を飛び出してたくさんの人に迷惑かけて、みんなにも怖い思いをさせちゃって、ごめんなさい!」

 ドンちゃんも頭を下げます。そしてもう一度さっきと同じことを王女にたずねました。

「髪を短くしちゃったら、舞踏会に出られなくなっちゃわないの?大丈夫なの?」

 カモミラ王女はそれには答えずに、いつものように優しく微笑むと、ドンちゃんと黒ドラちゃんに向かって話し始めました。


「私ね、見た目を変えることばかり考えていたの。そのままの自分を見つめたくなかった。本当は分かっていたのに。見た目にこだわって、自分を一番おとしめているのは自分自身だってことに」

「カモミラ様……」

 ドーテさんは何か言いかけましたが、そのまま唇をかみしめました。

「ドンちゃんのこと、可愛いって言ったのは本当よ。ううん、本当はドンちゃんを可愛くしながら、ドンちゃんの中に私自身を見ていたのかも。瞳が茶色だろうと、髪の色も平凡な茶色だろうと、いくらでも可愛らしく出来る。そう自分自身に証明しようとしていたのかも」

「でも……違ったの?」

ドンちゃんが潤んだ瞳で問いかけます。カモミラ王女は首を振りながら苦笑しました。それから、そっと手を伸ばし、優しい手つきでドンちゃんの毛並みを撫でます。

「華竜様の森に行って、姿を変えてくださるようにお願いしたけど叶えてもらえなかった。あの時は、絶望していたけれど、今はあれで良かったんだと思えるわ。自分自身を見つめる勇気が無いのに、見た目を変えたところで仕方が無いのよね。何を着てもどんな宝石を身に付けても、そう、どう姿を変えたところで、満足することは出来なかったでしょう。

 心が変わりたがっていたのに、私は外側ばかりを変えようとしていた。目の前に答えはあるのに、探すふりをして逃げ回ってたの。

 本当は、ありのままの自分自身を認めて、それを誇れるような強さが欲しかったの」

 そう語り終えると、カモミラ王女は、ゆっくりとドンちゃんを抱き上げました。

「私が舞踏会への出るかどうかは、こちらの国の王家の判断を仰ぐわ」

「カモミラ様!」

 ドーテさんが息をのみました。

「カモミラ王女、大丈夫だよ、髪が短くても気にしないで出ようよ!」

 黒ドラちゃんとドンちゃんが王女に言いました。


「違うのよ、私自身は、この姿を恥ずかしいとは思っていないわ。ドーテがとても上手に整えてくれたもの」

 王女が微笑むとドーテさんはまた涙ぐみました。

「でも、今度の舞踏会はスズロ王子にとっても、この国にとっても、とても大事な催し物よ。私のせいで変な雰囲気にはしたくないの」

「カモミラ様……」

「だから、この髪でも参加しても良いかどうかは、王家のご判断に従おうと思うわ」

 そう話すカモミラ王女の横顔は、とても明るく、言葉に嘘が無いことを物語っていました。



「そう言えば、黒ドラちゃんとドンちゃんは森に戻る時間をすっかり過ぎているわね?大丈夫?」

 カモミラ王女が思い出したように言いました。黒ドラちゃんとドンちゃんは顔を見合わせました。

「たいへん!!!」

 お外はもうすっかり暗くなっています。

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