第70話ー 一緒にシュン

 まだ、カモミラ王女もスズロ王子も小さかった頃です。王女はこの国にたびたび遊びに来て、ゲルードのお屋敷に滞在していました。ゲルードの亡くなったお母さんは、カモミラ王女のお母さんの妹だったので、そんな関係もあって家ぐるみで親しく付き合っていたのです。


 ドーテさんは王女の2歳下で、小さい頃は遊び友達のようにしてそばに仕えていたそうです。まだ年齢が小さかったこともあって、カモミラ王女達は王子やゲルードと一緒に木に登ったりかくれんぼしたり、男の子のように元気に遊びまわっていました。


 そんなある日のこと、いつものようにかくれんぼで王女と二人、屋敷の中の階段下に隠れていると、使用人の話し声が聞こえてきました。

「まったく、あの王女はいつまでいるんだろうな?女の子のくせに屋敷中走り回って。あれじゃ将来が思いやられるぜ」

「本当よね。スズロ王子やゲルード様のような美しいお子さんと一緒にいて、自分のみっともなさに気づかないのかしら」

「ははは、あの容姿はなあ。上の姉姫たちは輝くような金の髪に宝石のような瞳だったらしいが、あの子は……」

「あんなパッとしない茶色の髪に茶色の目でしょ?」

「おいおい、はっきり言うなよ。誰かが聞いてたら大変だぜ」

 そのままくすくすと笑いあう声が遠ざかるまで、二人は階段下から出られませんでした。


「カモミラさま……」

 ドーテさんは黙り込んでしまったカモミラ王女が心配で声をかけましたが、王女はただ目を閉じて何かひどい痛みに耐えているように見えました。そして、しばらくして目を開けると「帰りましょう」とだけ言って、そのまま着の身着のままで馬車に乗り、ノーランド国まで戻ってしまったのです。周りの大人たちは慌てて、後から馬車を追いかけ、何があったのか王女にたずねましたが、王女は一言も口をききません。国に帰る途中の宿で、ドーテさんからおぼつかない説明を聞き、ようやく全容が分かった時には、もう王女の馬車はノーランド国についていました。


 王女はそれから数年間、ゲルードの屋敷を訪れようとはしませんでした。




「あとでわかったのですが、どうやらその使用人たちは、こっそり屋敷の物を持ちだしてお金に換えていたらしいのです」

「そんなことして良いの!?」

 黒ドラちゃんがたずねます。


「もちろん悪いことです。王女が屋敷に滞在すると、警備が厳重になるため、自分たちが物を持ち出しにくくなる、そのため、王女が隠れているのを知りながらあの話をしたらしいのです」

 ドーテさんが苦々しげに話しました。


「じゃあ、それでカモミラ王女は自分に自信が持てないの?」

「おそらく。……多分、あの頃からカモミラ様はスズロ王子のことを好きだと感じていらっしゃったのだと思います」

「初恋!?、それって、はつこいっていうんでしょ!?」

 黒ドラちゃんの目がキラキラしました。


「ええ」

 ドーテさんが切なそうにうなずきました。


「そんな時にひどい言葉を聞いて、カモミラ様の心には深い傷がついてしまったのだと思います」

「カモミラ王女、可哀そう。あんなに可愛いのに」

 黒ドラちゃんもシュンとします。


「そう!そうですよね!?カモミラ様はとても可愛らしいでしょ!?」

 ドーテさんがすごい勢いでくいついてきました。

「う、うん」


「それに、カモミラ姫さまのお髪はただの茶色では無いのです!魔力を含んでいて、梳かす時に良く見ると金色に光るのです!」

「へ、へえー。見てみたいな」


 ドーテさんが元気になったので、黒ドラちゃんも嬉しくなりました。


「なのに、カモミラ様はそういうことにはちっとも目を向けようとなさらなくて……」

「そうなんだ……」

 またシュン、です。


「国では、王も王妃様も姉姫様たちも、なんとかカモミラ様に自信を持たせたいと、色々お声をかけたのですが」

「自信を持たせられなかったの?」

「カモミラ様は、身内のひいき目だと思い込まれているようで」

「そうなの……わかってもらえないのって、王様たちもかわいそう」

 一緒にシュン、です。


「本当は、カモミラ様だって今のような状態から抜け出したいと思っていらっしゃるはずなのです!」ドーテさんの声にまた力がこもります。

「う、うん!」

 黒ドラちゃんの返事にも力が入りました。


「子どもの頃はあんなに明るくて活発なお子さんだったのですから。でも、今のカモミラ様は、いつもご自分を否定しておいでで」

「ひてい?」

「ダメだ、って思いこんでいるんです」

 ドーテさんの肩がしょんぼりとしました。


 カモミラ王女は、2~3年前から、ようやくゲルードの屋敷にも再び顔を出せるまでになりました。子どもの頃のつらい記憶とも、少しづつ折り合いをつけてこられたのだろうと、ドーテさんは言いました。けれど、自分に自信が持てないために、今回の舞踏会ような大勢の人が集まる場所に出ると、満足に喋れなくなってしまうらしいのです。


「ノーランドのパッとしない末姫様」


 陰でそんな風に言われていることを、ドーテさんはずっと悔しく感じていたそうです。黒ドラちゃん達とすぐに打ち解けて楽しくおしゃべり出来たのなんて、夢のようだとドーテさんは言いました。


 あんなに優しくて可愛らしい王女さまが、自分のことを「ダメ」って思いこんでるなんて、なんとか出来ないのかな、と黒ドラちゃんは思いました。


「それで、カモミラ様はとうとうご自分の髪や瞳の色を変えられないかと考えるようになってしまって」

 ドーテさんがため息と一緒にまだ話しだしました。

「変える!?」

「ええ、この国にいらっしゃる華竜様、あの方ならば女性の願いを叶えてくださるという噂を聞きつけて、今日は華竜様のところへ行っているのです」

「マグノラさんが!?……そんなの聞いたこと無いけど」


 黒ドラちゃんがビックリしていると、ドーテさんもうなずきました。


「そうですよね?自分の容姿が嫌だから変えてくれなんて願い、賢き竜が叶えてくださるとは、とても思えません」

「うん、そうだよね……」

「ですから反対したのです。そのような願いはお止めくださいと。けれど聞き入れてはいただけなくて……」

「ひょっとして、それでお留守番?」

「……ええ、そうなんです」

 ドーテさんの肩が、またまたしょんぼりとしました。



 マグノラさんは、カモミラ王女の願いを叶えてあげるのかなあ?


 金の髪に宝石のような瞳になったカモミラ王女の姿を思い描いてみようとしましたが、黒ドラちゃんにはうまく想像することが出来ませんでした。



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