4章了 波音を聞きながら

「待って、ゲルード、ちょっと待って!」

 黒ドラちゃんがゲルードのことを引きとめました。


「あのさ、ゲルード、前に、はちみつを欲しがってたでしょ?」

「えっ、いや、そのあれは……」

 ゲルードがマグノラさんのことをちらっと見ます。この間のことで懲りているようです。

「あのね、これ、昨日クマン魔蜂さんがフジュの花の蜜で作ったみたいなの。特製はちみつ玉」

 黒ドラちゃんが大きなはちみつ玉をゲルードに見せると、ゲルードが「うおおおおおっ!」と叫びました。さっきはお花摘みに夢中になっていて、はちみつ玉の存在に気付かなかったようです。

「こ、この輝き、この魔力……!す、素晴らしい!」

 と言ってからゲルードはハッと我に返りました。

「いえ、私は、はちみつ玉など――」

「これ、ゲルードにあげる!」

「はいいいいっ?!」

 ゲルードの声が裏返りました。


 黒ドラちゃんがゲルードの手のひらにはちみつ玉を乗せてあげると、ぶるぶる震えだしました。

「古竜様、このような貴重な品をわたくしのような者が頂いてもよろしいので?」

 するとマグノラさんが「もらっておきなよ、坊や。女の子の贈り物を断るなんて野暮なことはしなさんな!」とゲルードの背中を尻尾でバンッと叩きました。ゲルードは、一瞬よろめきましたが、はちみつ玉を大事そうに懐にしまうと、黒ドラちゃんとマグノラさんにしっかりと礼をして、ラウザーと森を出て行きました。

「お前、良かったなぁ」

 なんてラウザーに言われています。いつの間にかけっこう仲良くなったみたいです。ラウザーが良い奴だってことは、少し話せば誰だって、そう人間だって竜だって、わかるんです。


今回、ラウザーが南の砦の近くに住めるようになったのは、ゲルードのおかげでした。ゲルードが、ラウザーの身の上、陽竜としての孤独さを王に話し、寛大な処置を求めたのでした。黒ドラちゃんはそんなことは何も知りませんでしたが、今回色々と巻き込んでしまったゲルードにも、何か分けてあげたくなって、はちみつ玉をあげたのでした。誰かを思う優しい気持ちって、巡り廻ってくるものなのかもしれません。マグノラさんが尻尾を振り振りゲルードとラウザーを見送っています。


「ねえ、黒ドラちゃん、これからどうしようか?」

 ドンちゃんが聞いてきました。マグノラさんはいつものように花畑の真ん中で丸くなるようだし、ブランはゲルードの代わりにお城へお花を届けるようです。


「今日はお天気だし、海ほど大きくないけど古の森の湖でのんびりしようか?」

 そう決めると、ドンちゃんと一緒に古の森に戻りました。




黒ドラちゃんは、エメラルドグリーンに輝く湖で泳いでいます。水の中には小さなお魚さんがたくさんいます。お魚さんの銀色のキラキラと一緒になって、黒ドラちゃんは水の中で自由気ままに動き回っています。ドンちゃんは、湖のほとりで大好物のクローバーをむしゃむしゃと食べながら、その様子を眺めていました。


時々、黒ドラちゃんの背中の真ん中で、エメラルドグリーンのうろこが日の光を反射して、七色にキラキラ光るのがとてもきれいでした。


「ドンちゃーん、見てて見てて~、波つくるね~!」

 そういうと黒ドラちゃんはザッパーン!と水の中に潜っていきます。大きな波紋が湖に広がりましたが、やがて消えて行きました。


「ドンちゃーん、どうだった?波だった?」

 黒ドラちゃんが湖からワクワクした顔をしてあがってきました。


「うーん。なんか海の波とはちょっと違うんだよねえ」

 ドンちゃんが残念そうに言います。そのまましばらくの間、湖を眺めながらうんうん考え込んでいましたが「そうだ!あれ使おう!」と黒ドラちゃんに言いました。




湖のほとりで、黒ドラちゃんとドンちゃんは浜辺に座っていた時のことを思い出していました。


限りなく続くような砂の景色、


陽気で淋しがり屋のラウザー、


クマン魔蜂さんを可愛いといったロータ、


まじめで優しいブラン、


魔術に夢中だけど思いやりもあるゲルード、


そしてどこまでも続くように見える海と、


よせてはかえす波。



「やっぱり波は貝がらに限るね」

 そう言って、黒ドラちゃんとドンちゃんは、貝がらをお耳にあてて楽しそうに笑い合いました。









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