第56話-お引っ越しとお祭り竜
ようやくラウザーは、黒ドラちゃんを自分から引きはがすと「いったい、どうしたんだよ?!」と聞きました。
「ラウザー、国を追い出されちゃうんでしょ?」
黒ドラちゃんの若葉色の瞳から涙があふれます。そして次の瞬間「ふんぬっ!」と掛け声をかけると美少女になりました。
「あたしが、王様にお願いする!ラウザーを追い出さないで!ってお願いする!」
黒ドラちゃんが馬車に乗り込もうとすると、ゲルードがあわててとめました。
「お待ちください!古竜様。何か誤解されているのでは?」
「だって、ラウザーはあの砂漠からも出て行けってことなんでしょう?」
黒ドラちゃんがポロポロと涙をこぼすと、ゲルードもブランもラウザーもあわてました。
「なんだ、いったいどうしてそんな話になってるんだ!?ゲルード、なんて言ったんだよ!?」
ブランがあわてて黒ドラちゃんを抱きしめました。さっきまでは、ラウザーに抱きつく黒ドラちゃんを見て涙目だったのに、もう立ち直っています。
「いや、私はただ陽竜殿には棲み処を変わっていただく、とだけ」
「うわーーーーーん!」
黒ドラちゃんがブランの腕の中で泣き出しました。
「違うよ、黒ちゃん。ラウザーは引っ越すだけだよ」
ブランが言ったとたん、黒ドラちゃんの涙が止まりました。
「……ひっこし?」
「うん。俺、砦のすぐ近くに住んでも良いって」
ラウザーが嬉しそうに言います。
「でも、砦の人たちは大丈夫なの?」
黒ドラちゃんがゲルードにたずねると「あの場所には長い間枯れずにオアシスがございますので」と答えました。あのオアシスはずっとずっとずーっと昔からあの場所に有って、一度も枯れたことが無いのだそうです。多分、何かの強い魔力が働いているのかもしれない、ということでした。だから、ラウザーが近くに住んでも砦の者たちが水不足に困ることは無いだろうと王はお考えなのです、とゲルードが話しました。黒ドラちゃんはホッとして、ブランの腕の中で顔を赤らめました。
「あたし、早とちりしちゃった。えへへ」
そういう黒ドラちゃんを見ながら、ブランも幸せそうに顔を赤らめるのでした。
黒ドラちゃんが落ち着くと、ブランとラウザーは、マグノラさんにお礼を言うためにここまで来たのだと話しました。
「あたしも行くつもりだったの!一緒に行こうよ」
せっかく海への旅の仲間が集まったのだから、とドンちゃんも誘うことにしました。マグノラさんもドンちゃんが一緒の方が喜びそうです。ドンちゃんを迎えに行くと、ドンちゃんのお母さんも「ぜひお礼に行ってらっしゃい」と言ってくれました。
黒ドラちゃんたちは、4匹と一人で白い花の森に向かいました。白い花の森の中のお花畑に、マグノラさんはいつもどおり岩のように丸まっていました。
「マグノラさん!」
黒ドラちゃんが名前を呼ぶと、マグノラさんは目を開けて大きく伸びをしました。
「おやおや、無事に海に行ってこれたようだね、黒チビちゃん」
昨日会ったばかりなのに、なんだか懐かしいガラガラ声です。
「あのね、マグノラさんの言うとおりにクマン魔蜂さんを連れて行ったの!それでね、」
「あの子は役に立っただろう?」
黒ドラちゃんが全部言い終わる前に、マグノラさんはにっこり微笑んでそう言いました。
それからラウザーに視線を移すと「ブラン坊やと一緒に来たってことは、話せたんだね」
「う、うん」
ラウザーが尻尾をニギニギするのを我慢して、手をワキワキさせながらマグノラさんに答えました。ラウザーも今回のことで少し成長したようです。
そばに控えていたゲルードが、マグノラさんの前に進み出ました。
「華竜殿、今回の件で陽竜殿には南の砦の近くに住んでいただくことになりました」
「ああ、あそこはオアシスがあるものね」
マグノラさんがうんうんとうなずきました。
「魔術師の坊やも今回はお疲れさま。それと王の寛大な御心に感謝しなきゃだね」
そう言って、マグノラさんは尻尾をゆっくりと振りながら目を細めました。マグノラさんの回りの花がキラキラ光ります。
「王妃とターシャ様に、ここのお花を持って行ってあげておくれ」
マグノラさんの魔力を浴びて、花はとても良い香りがしています。
「ありがとうございます、華竜様。お二人もお喜びになることでしょう」
ゲルードはうれしそうに花を摘み始めました。
「そうだ!」
黒ドラちゃんはマグノラさんにお土産があることを思い出しました。白い布を広げると、たくさんの木の実と貝がら、そしてフジュの特製はちみつ玉が出てきました。
「マグノラさん、貝がらをお耳にあててみて!」
黒ドラちゃんとドンちゃんはワクワクしながら、マグノラさんが貝がらをお耳に当てるのを見つめています。マグノラさんは貝がらをお耳にあてると「……ああ、波の音がするよ」と言いました。
「でしょ!?でしょ!?」
黒ドラちゃんとドンちゃんは嬉しくて声をそろえて言いました。
「ステキな贈り物、ありがとう」
マグノラさんがニッコリほほ笑んで黒ドラちゃんとドンちゃんの頭をなでました。
「さて、では陽竜殿、そろそろ南の砦へ戻りましょうか」
すっかりお花摘みを終えたゲルードがラウザーに声をかけます。
「えっ、もう帰るの?」
今日は一日一緒に遊べると思っていた黒ドラちゃんは、がっかりしてたずねました。
「南の砦の者たちに、ラウザー殿が近くに住むことを話したところ、ぜひ歓迎の宴を設けたいということでして」
「うたげって?」
黒ドラちゃんとドンちゃんがコテンと首をかしげます。
「ええと、お祭りみたいなもんだよな?」
ラウザーがゲルードに聞いています。
「まあ、そのようなものですかな」
それを聞いて黒ドラちゃんは昨日ラウザーから聞いた「お祭り竜」の話を思い出しました。
「ゲルード!ラウザーのこと、お祭りのときだけ呼ぶのはやめてあげて!」
黒ドラちゃんがゲルードを責めると、マグノラさんがそっと黒ドラちゃんのことを止めました。
「黒チビちゃん、今日の宴はいつものお祭りとは違うんだよ。これはラウザーのために開かれるのさ」
「そうなの?」
黒ドラちゃんがラウザーを見るとうれしそうに「そうなんだ。俺の引越祝いだってさ!」と言いました。
「そっか、ゲルード、ごめんね。あたし、また早とちりしちゃったね」
黒ドラちゃんが恥ずかしそうに言うと、ゲルードは片膝をついてお辞儀をしながら「いえ、古竜様の優しい気持ちから出た言葉。わかっております」と言ってくれました。
そして、もう一度ラウザーのことを促し、白い花の森を後にしようとしました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます