第41話ー海に行きたい

「海は良いぜー!湖とは比べ物にならないほど大きくてさ、泳いでる魚だってすんごく大きいんだぜ!それにさ……」


「ちょっと待てよ、ラウザー。黒ちゃんはさ、普通よりもずっと早くに初鱗を迎えたんだ」

 ブランがさえぎりました。

「そ、そうだな、確かに早いよな」

 ラウザーにもわかっているようです。

「だから、まだ本当なら森の外の世界には出ていなかったはずなんだよ」

「う、うん。そうだよな」

「海を見せたいって気持ちはありがたいけど、黒ちゃんには早いと思う」

「そ、そんなこと言わずにっ」

「いや、僕は黒ちゃんの初鱗には責任があるんだ。だから簡単に良いよとは言えないんだ」

 ブランのきっぱりした断りの言葉に、ラウザーはすっかりしょげてしまいました。


「ラウザー、ごめんね」

 黒ドラちゃんもがっかりしながら言いました。大きくて、きれいで、波って言うのがあって、お魚さんもすごく大きいらしいと聞いて、すごく見に行きたくなっていたのです。

 「いやあ、俺も考えなしだったんだ……海って言えば黒ちゃんが一緒に来てくれるかな、って」

「えっ!?」

 ブランが聞き返します。

「いや、そのっ、海、見せたいなーって!波打ち際にはきれいな貝殻もたくさん落ちてるしさ!」

「かいがら?なにそれ」

 黒ドラちゃんはまた新しい言葉が出てきてわくわくしながら聞きました。

「湖には無いだろ?桃色やオレンジや、白くて裏が虹色とか、色々あるんだぜ!」

「わー見てみたい!見てみたい!」

「だろ、だろ?それに貝殻って耳にあてると波の音が聞こえるんだぜ!ずっと海の中にあったからさ」

「へー!聞いてみたい!波の音聞いてみたーい!」

 黒ドラちゃんもドンちゃんも大はしゃぎです。

「じゃあ、一緒に、」

「ラウザー!!」

 ブランの怒った声がさえぎりました。

「ダメだって言ったろ?」

 周りの温度がちょっと下がってきています。ブランが本気で怒っているようです。

「ブラン……」

 黒ドラちゃんとドンちゃんは困ったように顔を見合わせました。と、ドンちゃんが背中でタンッとしました。

「ブランが一緒に行けばいいんだよ!」

「えっ!?」

 ブランはもちろんのことラウザーも驚いています。

「そっかあ、ブランが一緒なら安心だもんね」

 黒ドラちゃんも言いました。

「ええ~っ!」

 なぜかブランよりもラウザーの方が焦っているようです。

「なんだよ、僕が一緒じゃイヤなのか?」

 ブランの声が不機嫌そうになると、周りの温度が再び下がってきました。

「いや、うれしいよ、うれしいよ、うれしいってば!」

 なんだかラウザーがムキになってますよ。ブランの機嫌が直ると、ようやくいつも通りのポカポカした森の雰囲気が戻ってきました。


 海に行けることが決まって、黒ドラちゃんとドンちゃんはすっかり大喜びでしたが、ブランが思い出したように言いました。

「僕と黒ちゃんが一緒に出かけるとなると、ゲルードには伝えておかなきゃいけないな、一応」

「ゲルードに?どうして?」

 黒ドラちゃんが不思議に思って聞き返すと、ブランが説明してくれました。

 これからラウザーと一緒に向かう海のある地域は、バルデーシュ国の一番南の端になるそうです。ブランは、常にどこにいるのかを魔術師たちにわかるようにしています。それはブランが、魔石を作り出すことが出来る、人間にとってはとても価値のある竜だからです。バルデーシュ国では、ブランの魔力と相性の良いゲルードが、魔力の動きを通してブランの行動を大まかに捉えています。ブランが北の山から出てきて古の森に向かったりすると、すぐに追いかけて来ることが出来るのは、そういう理由がありました。

 今回、もしブランがゲルードに黙って海のある南端に向かったら、バルデーシュ国から出て行ってしまうのではないか?と疑われるかもしれない、ということでした。大騒ぎになるかもしれないので、黙って行くことは出来ない、とブランは言いました。

「だから、気は進まないけどゲルードにはラウザーと出かけるってこと話しておくよ」

「よ、よろしくな」

 ラウザーはそう言いながら、ブランよりもさらに気が進まなそうです。


「ねえ、海って遠いの?」

 背中からドンちゃんが聞いてきました。

「そうだなあ、ここから僕の住処までよりも、もっとあると思うよ」

ブランが答えます。

「だいたい朝からぶっ通しですっ飛んで、夕方になる前にはなんとか着けるかな?」

 ラウザーが言いました。

「おいおい、黒ちゃんにそんな無理はさせられないよ、たっぷり一日くらいかけてゆっくり休みながら行って、同じだけかけて戻ってくる感じかな」

「えっ!そんなにかかるの!?」

 黒ドラちゃんとドンちゃんは驚いて顔を見合わせました。これまでお出かけした時は、どんなに遅くても一番星が輝くころには森に戻ってきていました。

「どうしよう……きっとお母さんがダメって言うよ……」

 ドンちゃんのお耳はすっかり垂れ下がってしまいました。

「で、でもさ、この間お城に行ったときみたいな魔法の馬車を使えば?あれならビューン!でしょ?」

 黒ドラちゃんがブランに聞きましが、ブランは首を横に振りました。

「あれはね、この森の外れと、城下町の入り口とに魔方陣を敷いてあるんだよ」

「まほうじん?」

 黒ドラちゃんとドンちゃんが聞き返します。

「人間は魔石の魔力を、言葉にしたり文字や模様に書いたりして力に換えるんだ」

「そうなんだ」

「そして、馬車の床には僕の魔石が敷き詰めてある。それで魔法が発動するんだ」

「……」

 背中でドンちゃんはすっかり黙り込んでしまいました。

「ゲルードに何とかできないかな?」

 黒ドラちゃんは必死に言いました。

「うーん……とりあえず相談してみるよ」

 そう言って、ブランは今日はこのままお城に向かうことになりました。飛んでいくブランを見送りながら、ラウザーがつぶやきます。


「ごめんな、ブラン、ごめん」


「なにか言った?」黒ドラちゃんが聞き返すと、ラウザーは明るい声で「なんでもないよー!」と答えました。






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