3章おまけーブランのひとりごと
はあ……今日は本当に疲れた。
(黒ちゃんが早すぎる初鱗を迎えているんじゃないか?!)
ゲルードから連絡をもらって、お城で話を聞いた時にすぐに思いあたった。間違いなく僕のせいだ!自分が初鱗で苦しんだ時のことが思い出されて、居ても立ってもいられなくなり、お城を飛び出した。
古の森に入ると、いつも通り森は深くまでは僕を受け入れてはくれなかった。ここは黒ちゃんの為だけの森だ。
人間はもちろんのこと、竜であろうと黒ちゃん以外は奥深くまでは入り込めない。黒ちゃんよりも魔力が強いか、黒ちゃんの為になる存在でなければ、入ることは許されない。森の中に入ると、竜同士で気配を探ることも出来なくなる。奥に進むほど濃密な魔力が満ちている場所だ。
僕がキョロキョロとしていると「ブラーン!」という声が聞こえて、森の中から黒ちゃんが飛んできた。すぐに僕も飛んで黒ちゃんの無事を確かめる。話を聞くと、やはり初鱗を迎えているとのことだった。が、マグノラに助けてもらったって?!ああ、黒ちゃんが何日も苦しまずに済んだのは良かったけど、あのマグノラかあ……。
そんな風に複雑な気持ちになっていたら、黒ちゃんからおうちに泊まって!と誘われた。
えっ!良いの? いや、いや、こんな時に浮かれている場合じゃない、断れ!
断れなかった。自分で言うのもなんだけど、黒ちゃんのことになると理性がどこかに行ってしまうらしい。
情けない。でも、人間に変身した黒ちゃんは本当に可愛かった。お城に行った時は5、6歳に見えたけど、今はもう10歳くらいだろうか。早すぎる初鱗のせいで、黒ちゃんは急激に成長していた。艶やかな黒髪が腰までサラサラと伸びて、僕の大好きな若葉色の瞳は明るく輝いている。黒ちゃんが笑うと、僕も思わず一緒になって笑いたくなる。しあわせだ。
と、黒ちゃんから背中のうろこのかゆみで眠れなかった話を聞く。ああ、ぼくは大バカ竜だ。頭を洞に打ち付けていると黒ちゃんから心配されてしまった。間近で見る黒ちゃん、可愛いな。
本当にバカだ、ぼくは。
とりあえず竜の姿に戻る。その方が気持ちが少し落ち着く気がした。
初鱗について話をした。僕のせいで黒ちゃんの初鱗がすごく早くなってしまったこと。なのにゲルードからの連絡を無視して、黒ちゃんのもとへ駆けつけるのが遅くなってしまったこと。
情けなくなって思わず黒ちゃんの前で泣いてしまったけど、黒ちゃんは僕のこと責めなかった。僕と出会えて嬉しかったと言ってくれる黒ちゃんの顔を見ていたら、だんだんと涙は引っ込んでいった。黒ちゃんにせがまれて、僕の初鱗の時の話をした。あまり思い出したくない非常に苦い思い出だけど、黒ちゃんのお願いなら叶えるしかない。
あの時僕は若かった。そりゃ初鱗の時期だもの、無理もない。岩穴を塞いでいた大岩をどかして、外の空気を吸い込んで、叫びだしたくなる気分だった。実際叫んだけど。
でも、叫んだおかげで夜中にマグノラが助けに来てくれた。今思えば、マグノラはとても親切な竜だったんだ。僕の昼間の雄たけびを聞いて、夜中にわざわざ心配して来てくれたんだもの。なのに僕はろくにお礼も言わないで眠り込んでしまった。そして、無事に初鱗を乗り越えると、さっそく外の世界に飛び出した。
あっちこっち飛び回って、初めに乗り込んだのがマグノラの森だった。森の中の花畑まで進むと、岩のような赤茶の竜が丸まっていた。近づくと顔を上げて僕を見つめたけど何も言わない。初めて外の世界に出て有頂天になっていた僕はこともあろうにこう言ったんだ。
「おい、名前を名乗れよ!」って。
赤茶の竜は花畑の中で立ち上がると、花吹雪を撒き散らしながら女の人に姿を変えた。その姿を見て、あっ!と思ったけど遅かった。
「どうやら坊やにはちょっとしつけが必要なようだね。出直しておいで」
そう赤茶の竜が言うと、いきなり大風が吹いて僕は一気に森の外まで吹き飛ばされた。すごい勢いでゴロゴロと転がって、木にはぶつかるし、目は回るし、助けてくれた竜には嫌われたみたいだし、もう気分は最悪だった。
そのまま北の山にすっ飛んで帰って、しばらく岩穴から出ることが出来なかった。初めて会った竜に嫌われた!それも、僕を助けてくれた竜に。そのことで僕はとても臆病になってしまって、北の山から出られなくなった。
岩穴の中で石に魔力を注ぐ地味で孤独な日々が続いたある日、近くに何かの気配を感じた。この山の上まで登ってこられるなんて竜くらいだ。でも、あの赤茶の竜とは違う気がする。どうしよう、会ってみたい。でも、また嫌われたらどうしよう?それに竜の間で僕が失礼な奴だって噂になっていたら?でも、会ってみたい。どうしよう?
結局とにかく会ってみたくて岩穴から飛び出した。僕の魔力で起こしている吹雪の外に顔を出してみると、陽気そうな若い竜がいた。ラウザーというその竜は、見た目通りの気持ちの良い奴で、僕を北の山から連れ出してくれた。僕より少しだけ若いらしいが、初鱗の後で色々な所へ出かけたらしく、僕よりずっと顔が広かった。あの赤茶の竜がマグノラっていう名前だってことも、ラウザーから聞いた。ラウザーはマグノラのことを知っているみたいだったけど、僕が苦手だというと無理に会わせようとはしなかった。
ラウザーのおかげで明るくなった僕は、それから色々な場所に出かけた。
黒ちゃんには言わなかったけど、古の森で、今の前の“黒ちゃん”とも会った。
――――すぐにお別れすることになっちゃったけど。
外の世界に出て色々な経験をして、数十年の間に僕はマグノラとも話す機会が出来た。初鱗の時のお礼を言って、その後のことを謝りたい。でも、他の竜に知られるのは嫌だ。
僕はバカだった。マグノラの花にそっくりな魔石を作って「偶然マグノラの花みたいな魔石が出来たんだ」なんて話をしたこともあった。それをお詫びの品にして、マグノラと仲直り出来たら……なんて期待したんだ。マグノラはちっとも興味を示さなかった。魔石なんて人間は大騒ぎするけど、竜にとってはただの飾りみたいなものだ。たいしたものじゃない。そんな、物で釣るような真似をしないで、素直に謝れば良かったんだ。そうすればきっとマグノラはあっさり許してくれたろう。でも、機会を逃したまま今日まで来てしまった。
今日、黒ちゃんの初鱗を僕が欲しがっていることを、マグノラはわかっていて、そして魔石の話なんて出してきたんだと思う。黒ちゃんの手前だからだろう「ずっとずっと欲しかった」なんて作り話までして。
マグノラはやはりとても親切な竜だった。仲直り出来て良かった。100年近くに渡ってのわだかまりが消えて、僕は心底ほっとした。
北の山に戻ってくると、急に疲れが出てきた。思った以上に緊張していたんだと思う。
はあ……今日は本当に疲れた。
でも、良い一日だったな。
ありがとう、マグノラさん
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