第33話ーひきこもりブラン
ブランは産まれてからしばらく北の山の岩穴で一匹だけで生活していました。出口をふさぐ岩穴をどかすのに15年ほどかかったからです。それは逆に言うと、その間ブランを穴の外の外敵から守るものでもありました。ようやく自分が出られるくらいまで岩を動かして外に出た時は、うれしくて「ウオーーーーッ」と叫んじゃったそうです。
そして、その夜のうちに初鱗が剥がれ始めました。
すごい痒みに目覚めたブランが穴の中でゴロゴロ転げまわっていると「坊や大丈夫かい?」と突然声が聞こえました。ビックリして出口の方を見ると、赤茶の長い髪を雪風になびかせながら、人間の女の人が立っていました。
「え、誰だ!どうやって此処に入ったんだ!?」
ブランがビックリして怒鳴ると、その女の人は答えました。
「あたしは華竜だよ。坊やの雄叫びが聞こえたんで、そろそろ初鱗なんじゃ無いかと思って見に来たのさ」
「初鱗?なんだい、それ」
ブランは背中ををヨジヨジしながらたずねました。
「竜はね、自分の棲み処を出られるくらいまで成長すると背中の一番弱い部分のうろこが剥がれるんだ」
「あ、これってそのかゆみ!?」
「そうだよ。でも、うろこの無い体になれば大丈夫さ。ほら、人間に変身してごらん」
「えっ、僕も変身できるの?」
ブランは驚きました。この間の黒ドラちゃんみたいですね。
「ああ、がんばって。きっと出来るさ」
赤茶の髪の女の人はとても優しかったそうです。話を聞きながら(その女の人ってガラガラ声じゃなかった?)と黒ドラちゃんは考えていました。
ブランは人間に変身して、その後数日過ごして無事に初鱗を乗り越えることが出来ました。
「初めて人間に変身した時は、かゆみが無くなるとすぐに眠くなって、華竜にお礼を言うことも名前を聞くことも出来なかったんだ」
なるほど、それで何も知らずに初めてマグノラさんの森に行って、失礼な行動につながったわけですね。
マグノラさんからお灸をすえられたブランは、その後2~3年は北の山に籠っていました。
「せっかく竜の常識を教えてもらったのに、なんで籠っちゃったの?」
「えっと……僕がマグノラから教えてもらった竜の常識は、なかなか厳しかったのさ」
ブランは苦笑いしました。
ブランが北の山に籠って3年目に入った頃だったでしょうか、山の上の方を他の竜がウロウロしているのを感じました。華竜とは違う感じです。ブランは好奇心に勝てずに穴の中から出てみました。吹雪の外まで出てみると、ブランと同じくらいの若い竜に出会いました。
「ヨー!輝竜!、オレ、陽竜のラウザーだ!遊びに来たんだ、よろしくナ!」
ラウザーはそう言って、その場で楽しげに一回転して見せました。赤味の強い鮮やかな橙色の体で、陽竜といって南の方にすんでいる竜だと言いました。少し前に初鱗を迎えて、外に出るのが楽しくて仕方がない様子でした。
ラウザーは見た目通りの明るい性格で、ブランを誘いに来ては二匹で色々なところへ出かけました。でも、マグノラさんの森には、ブランが尻込みしてしまったので遊びに行くことはありませんでした。ラウザーはマグノラさんのことも知っているようでしたが、ブランを無理に連れていくようなことはしませんでした。
「後から考えればさ、ラウザーを寄こしてくれたのはマグノラだったんじゃないか?って……」
マグノラさんが山に籠っちゃったブランのことを心配して、陽気なラウザーを寄こしてくれた。でも、ブランはすっかりマグノラさんが苦手になっていたので、避けるばかりで気付かなかったんじゃないか、と。
それでも数十年の間には、マグノラさんと何度か顔を合わせることもあり、話くらいはするようにはなりました。でも、北の山に黒ドラちゃんを連れていく時には「こんな小さな子を連れ出して!」って叱られるんじゃないかと思って寄らなかったんですって。
なるほど、確かにマグノラさんだったら止めたでしょう。黒ドラちゃんはまだ“おちびちゃん”だって言ってたものね。
「僕はもうマグノラに会わせる顔が無いよ。はあ~」
ブランが憂鬱そうにため息をつきました。
「そんなことないよ!マグノラさんはブランのこと一人前になったんだ、って言ってたよ?怒って無いよ」
黒ドラちゃんが言うとブランは目を真ん丸にしました。それから「ああ、なにもかもお見通しか。やっぱりマグノラにはかなわないな」と今度は恥ずかしそうにつぶやきました。黒ドラちゃんにはわからないけど、ブランには何か色々あるみたいでです。
「ねえ、明日さ、一緒にマグノラさんに会いに行かない?」
黒ドラちゃんはブランを誘いました。ブランはちょっと考え込んでから「うん。一緒に行こう!」と言ってくれました。
「じゃあ、ドンちゃんも誘おうよ!」
黒ドラちゃんが目をキラキラさせながら言いました。
「ドンちゃんもね、マグノラさんと仲良しになったんだよ」
「マグノラは女の子の守り竜だからね。そうだね、ドンちゃんも連れて行こう。その方がマグノラも喜ぶだろう」
それを聞いた黒ドラちゃんは明日が楽しみでウズウズして、ブランに寄りかかりながら何度も寝返りを打ちました。
「もうおやすみ、黒ちゃん」
ブランはそういうと、きゅっと黒ドラちゃんを包み込むように丸くなりました。寝返りが打てなくなると、黒ドラちゃんは自然と眠くなってきました。今夜は背中は痒くないし、竜のブランの体はほのかに温かくて良い感じです。黒ドラちゃんはいつの間にかぐっすりと眠っていました。
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