第25話ーかゆいよ、かゆいよ

 ゲルードの手の中で白い魔石が光ります。

「これで輝竜殿には私が連絡を取りたがっていることが伝わったはず。いずれ輝竜殿の方から連絡をくださるはずです」

「なあんだ、時間がかかるんだねえ」

 背中でドンちゃんがつぶやきます。

「ですが、北の山の上には人は登れませんし、これでもすごい魔術なんですが……」

 ゲルードはちょっぴり不満そうです。

「あ、あの、ありがと、ゲルード。スズロ王子にはすごく助かったって伝えてね」

 黒ドラちゃんが言うと、途端にゲルードは機嫌を直しました。

「あ、そう言えばさ、この間お城に持っていったクマン魔蜂さんのはちみつってどうなったの?」

 黒ドラちゃんがふと思い出して尋ねると、ゲルードが目を爛々とさせて、マントの中から今度は液体の入った小瓶を何本も取り出しました。

「あれは素晴らしい<素材>でした!豊富で純粋な魔力を含んでおり、複数の魔法薬を作り出すことが出来ました!」

「まほうやく?」

 黒ドラちゃんとドンちゃんがコテンっと首をかしげました。

「はいっ!普通ではありえないほど強力な体力回復薬、素晴らしい効果の魔法安定薬、魔力過剰消費の抑制薬、それからっ」

「あ、うん、とにかくいっぱい作れたんだ」

 黒ドラちゃんはゲルードの勢いに押されながらもなんとか話を切り上げます。ゲルードはマントから取り出した小瓶たちを光にかざしてうっとりと満足そうです。

「で、スズロ王子には舐めてもらえた?美味しかったって?」

 黒ドラちゃんが尋ねると、ビクッとゲルードの動きが止まりました。

「えーと、王子には、もちろん……もちろん……」

 おや、目が泳いでいます。

「まさかっ全部まほうやくに使っちゃったの!?」

 黒ドラちゃんがゲルードの前で仁王立ちになりました。クマン魔蜂さんのはちみつはあまり何度も採るわけにはいきません。クマン魔蜂さんの宝物ですからね。あれは、初めて王子様に会うって言うんで、特別にクマン魔蜂さんたちにお願いして持っていたものでした。

「いえ、あの……王子のためのお薬なんです!これ、スズロ王子の遠征の時に使うものなんです!」

 ゲルードが必死になって黒ドラちゃんの前に小瓶をかざします。黒ドラちゃんはちょっと鼻息を荒くしながらも、王子大好きのゲルードが嘘をつくとも思えなかったので、許してあげることにしました。

「じゃあ、後でお花を持ってきてくれれば良いよ。クマン魔蜂さんたちは綺麗なお花が大好きなの」

「花、ですか」

「森の中に入れないなら、周りに植えてくれても良いよ、たっくさんね」

「必ずやご用意いたしましょう」

 ゲルードがひざまずいて約束します。

 結局、ブランに黒ドラちゃんの大きさを調べてもらうのは少し先になりました。ゲルードがブランと連絡を取れたら、ブランに古の森に来てもらうように伝えてくれるということです。

 その日は、ゲルードや鎧の兵士さんたちと森の中でかくれんぼや追いかけっこをして遊びました。黒ドラちゃんとドンちゃんはとても楽しかったのですが、鎧の兵士さんたちとゲルードは夕方にはヘトヘトになっていました。なにしろ、黒ドラちゃんが鬼になると空から追いかけるので、逃げるのも隠れるのも大変なんです。でも、はちみつの一件があるせいか、ゲルードはがんばって一日中黒ドラちゃんたちに付き合ってくれました。

 夕方までたっぷり遊んで、ゲルードや兵士さんたちを見送って、ドンちゃんとサヨナラしてから、黒ドラちゃんは洞のお家に戻りました。いっぱいいっぱい遊んだから、今夜はぐっすり眠れそうです。


 森が夜に包まれて、フクロウのおじいさんのホーッという鳴き声しか聞こえなくなった頃です。黒ドラちゃんは、なんだか背中がかゆくて目が覚めました。


「か、かゆいっ、かゆいよ~!」


 でも、黒ドラちゃんの手は短めなので背中に届きません。昼間だったらドンちゃんに掻いてもらえるけど、今は真夜中です。かゆくてかゆくて、黒ドラちゃんは背中を洞の内側にこすりつけながら、あっちにゴロゴロ、こっちにゴロゴロ、一晩中転げまわっていました。


 翌朝、いつものように黒ドラちゃんのことをドンちゃんが誘いに来ました。

「黒ドラちゃん、あーそーぼっ!」

 ドンちゃんが洞の前で元気よく声をかけます。でも、黒ドラちゃんからの返事がありません。

「黒ドラちゃん?」

 ドンちゃんが洞の中を覗き込むと、黒ドラちゃんがぐったりとのびていました。

「ドンちやあ―――ん……」

「黒ドラちゃん、どうしたの!?」

「昨日の夜中にね、背中がすごーくかゆくなって、全然眠れなかったの」

「背中?あたしが掻いてあげる!」

 ドンちゃんがすぐに黒ドラちゃんの背中に登ってくれます。でも、黒ドラちゃんは首を横に振りました。

「あのね、朝になるころには全然かゆくなくなっちゃった。だからもう大丈夫」

「どの辺がかゆかったの?」

 ドンちゃんが心配そうに聞いてきました。

「羽と羽の間の付け根?あたりかなー?もうかゆくないからよくわからないけど、多分その辺」

 ドンちゃんが言われた辺りの背中を見てみます。

「うーん。別に何もついてないみたい……あれっ?」

「どしたの?なにかある?」

「あのね、さっき言ってた辺りのところでね、うろこが1枚取れそうになってるみたい」

「そうなの!?血が出てる?」

 黒ドラちゃんはびっくりしてこわごわ聞きました。

「ううん、グラグラしてるけど、血は出てないよ。取れそうで取れない感じ」

「どうしよう、なんで取れそうになっちゃったんだろう?」

「うーん。引っ張ってみようか?案外ポロッと取れたりして」

 ドンちゃんが軽く引っ張りました。

「待って!待って待って待って!!怖いよー!」

 黒ドラちゃんはもう半泣きです。

「ごめんね、痛かった?」

 ドンちゃんがすぐに引っ張るのをやめてくれました。

「痛く……は無いけど、引っ張られると変な感じがする」

「そっかあ。じゃあ引っ張るのはダメだね。竜のうろこって取れるのかな?蛇さんみたいに黒ドラちゃんも脱皮するの?」

 ドンちゃんに聞かれましたが、こんなこと初めてで、黒ドラちゃんにもわかりません。そのうち全部のうろこがグラグラになっちゃったらどうしよう?自分が脱皮中の蛇さんみたいになっちゃった姿を想像したら、ものすごく不安になってきちゃいました。

 背中で考え込んでいたドンちゃんが、突然タンッと一回飛び跳ねました。

「ねえ!前に近くの森に竜がいるって言ってたよね?その竜に聞けないかな?」

「ああ、マグノラって名前だったかなあ?でも、ブランは苦手な竜だって言ってたけど……」

「女の子の竜には優しいかもよ?行ってみようよ!」

 ドンちゃんは乗り気です。ブランはいつ来てくれるかわからないし、背中のうろこはグラグラだし、黒ドラちゃんはドンちゃんの言うとおりマグノラの森に行ってみることにしました。

 まずはドンちゃんのお母さんに断ってから出かけなくちゃいけません。ドンちゃんのお母さんは、黒ドラちゃんとドンちゃんから話を聞いて、背中に登ってグラグラのうろこを見てくれました。そして「行ってらっしゃい、気を付けてね」って優しく言ってくれました。黒ドラちゃんとドンちゃんはホッとして、必ず一番星が出る前に戻る約束をして、マグノラの森へ出かけました。





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