17. 茶番と餌


【エルデイン王国首都トリスティナ・中央区1番地1-4(シエルリュミエール城国王執務室)】



「で?さっきのあれは一体なんですか。」


げっそりとした様子で2人に聞くファウストの目はついさっき中庭でのクリスティーナと同じように完全に据わっていた。それを見てソレイユはさすが兄妹よく似ている、と感心した。


「餌ですわ。お兄様。」


「餌?」


ファウストの問いにクリスティーナがそう返すとなぜかソレイユがクリスティーナに聞き返した。


「ちょっと待ってください。俺はもうおなかいっぱいです。そういうのはもうたくさんです。」


「いや、別にふざけて言ってるわけじゃなくてな。特に打ち合わせはしてなかったから念の為に確認をしとこうと思っただけだ。」


「あら、ソルだって、私に正座って言われた時には同じ事をするつもりだったでしょう?」


「絶好の機会だったからね。もちろんそのつもりだったよ。」


ファウストはその2人の会話を聞いて頭が痛くなってくる。


「(そうだった…この2人、だいたいいつもこんなんだった…)打ち合わせもなしに各国の客達の前で何をやっているんですか…(前みたいに戻って嬉しいはずなのに…素直に喜べない…この感じ…なんなんだ。)」


「ティーナに城の空気がピリピリしてて重いと怒られたからちょっと軽くしてやろうかと。ついでに撒き餌にもなるし一石二鳥だと思ってな。ティーナの過去を軽く視たらティーナも同じ考えのようだしやっちゃえ!と思ったんだ。」


「やっちゃえ、じゃないわ!!3年ぶりのはずなのに息ぴったりですね!おい! 」


「そうか?それは嬉しいな。」

「そうね。」


「褒めてません!!」


ファウストは力の限り叫んだ。


「それで、ティーナ。今はどう?まだいる?」


「いいえ、今はもういないわ。」


「そうか。これでやっと本音で話せるね。」


「そうね。険悪なフリって心が痛むから疲れたわ。」


「…本当にね。」


「「は?」」


2人のまさかのカミングアウトにびっくりして声を上げるファウストとルヴァイン。


「留守の間クリスティーナの事を任せたのに全然守れなかった事を怒ってはいたがそれだけであそこまでお前ら2人を邪険にしたりはしないさ。まあ前と全く同じとはいかないが。」


怒ってたのも嘘ではないからそこは忘れるな、と言うソレイユにこの3年のいろいろな記憶が思い出されて気持ちが追いつかない2人は何も言えない。


「もう1匹の天使と他数名の事は許してやる気は全く起きないがお前たちへはもう充分だろうし、なによりお前らと険悪だとティーナが悲しむしね。」


そうあっけらかんと言い放つソレイユにファウストとルヴァインは『絶対それ嘘だろ』と思うが指摘はしなかった。


「前王の頃から我が国でコソコソとよからぬ事を企んでいる者共がいる。今までのあれこれはそいつらに向けての演技半分、本音半分…とでも思っておけ。」


「わかりました。ですが…そうなると今回の餌というのは…。」


「王政廃止の書類の件も含めて全部そいつらをあぶりだすためのものだ。」


「…それならそうと一言報告くらいはしてからにして欲しかったんですが。」


「それだと敵にも悟られるかもしれなかったからな。敵を騙すためにお前らの素の反応が欲しかったんだ。」


怒りが湧いたかもしれないがそれ含む今までの事全てが罰だったと思って次に生かせ。とソレイユがそう2人に言うと泣きそうに顔を歪ませたがすぐに思考を仕事モードに戻した。


「その敵はそこまで警戒が必要な相手なんですか。」


「そうだ。」


「我々に今話したのはなぜです?」


ファウストとルヴァインはこの辺りで嫌な予感がし始める。3年までのあの尻拭いの日々が頭をよぎったからだ。


「敵は今、クリスティーナが帰ってきた事に僕が浮かれて国をほっぽり出そうとしていると思っているだろう。」


「実際浮かれまくってますよね?」


「そりゃ浮かれてはいるが、それ以上にキレてるからな。油断はしてないつもりだ。」


「それならいいですけどね。で?」


呆れ混じりにそう聞くファウストはなんだか穏やかな表情をしている。


お兄様ってこんなに苦労人キャラだったかしら?


「ティーナに言われた事だし王政の廃止はやめることにしたけど、周囲の人間は僕が本気で王を辞める気だと思っただろう?」


「思ったも何もクリスティーナの態度次第では本気で辞める気だったでしょう、陛下。」


「それはそうだが、そうはならないだろうともいちおうちゃんと思ってたぞ。」


「はあ。貴方の中の優先順位は今回の事で敵にもよくわかったんじゃないですか?…それで?」


ファウストはソレイユへの返答が段々と適当になっているのを自覚するがもういいか、と思った。


「恐らくだが、敵はこの大陸最大の国であるうちを乗っ取るか疲弊させるかして崩したいんだろう。先王が王になった時のクーデターにも1枚どころじゃなくガッツリ噛んでそうなヤツらだ。」


「たしかにあの先王にあそこまでのを考える頭はなかっただろうな。」


苦々しい顔をしてそう吐き捨てるルヴァイン。


「そういう事だ。」


「で、そんな国を崩そうとしているやつが、国の支配制度そのものが変わるかもしれないとなるとどうするか。」


「新体制でトップになりそうなやつに擦り寄るために接触してくる、って所ですか。」


「そういう事だ。幸い今ここには好都合な事に周辺各国の要人が揃っている。暗躍や密談し放題だ。」


ここから先はティーナと二人だけじゃさすがに手が回らないから存分に手伝ってもらうぞ。ソレイユはそう宣言した。


「それはいいですが、それをどうやって防ぐ気ですか?」


やりたい放題されませんか?とファウストが聞く。


「そんなのは僕とティーナの眼があるじゃないか。ティーナのお披露目って名目で舞踏会でも開いて挨拶させれば1発だ。」


「眼?」


それって名目の方が主目的だったりしません?などと不毛な質問はしない。質問するまでも無く、そっちがメインなのは丸わかりだからだ。


「それって陛下が置き土産に置いてった〈月と太陽〉の原本に書いてあったやつですか?」


「そうだ。」


「本を読んだだけですとわからない部分も多かったんですが、結局どういう力なんです?」


クリスティーナにはマクファディン公爵家が代々受け継いで来た未来視の力がある。だが、あの本を見る限りクリスティーナがこの国の太陽だと言うのなら、それだけでは説明がつかない部分多い。それにあの本を読んだ限り、そもそも太陽の神子がそれだけの存在だとは思えないからだ。その上、ソレイユの力に至っては初耳である。


「僕はその者の過去が視えるんだ。ティーナは未来。」


「直接見てなくても1度見た事ある人なら思い浮かべるだけで大丈夫よ。」


なにそれずるい、と2人は思ったがなんとか口に出さないようにすんでのところでこらえた。


「それにしても、僕らに喧嘩売るなんて馬鹿なのかな?どうやって勝つつもりなんだろうね。」


「実際ほんとにただの馬鹿なんじゃないの?」


そう言って見つめ合う2人の目は怒りに燃えていて敵を絶対に逃がさないと語っていた。




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お読み下さりありがとうございます。


ソレイユはクリスティーナに怒られたので表面上では許しましたが、過去に起こったことが無くなる訳では無いのでもう二度とクリスティーナ以外の人間を信頼することはないのだろうと思います。


元に戻ったのはあくまでも表面上…だけなんですよね。

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