Ⅰ-4 直覚
「お帰りなさいませ、猊下」
執事とは
簡単に言えば、カルカノの側近である。
カルカノが戻ったのは捌神正教本部、国王であるガーランドが住む王都の中心たる主城、スプリングフィールド城に匹敵する大きさを誇る。
ここがカルカノの家であり、仕事場だ。
本部は教会部分と行政機関部分の二つに分けられる。
一般の人々に公開されているのは教会部分だけ。
一度に三千人が祈りを捧げる事が出来る巨大な
また、王国最大の医療施設である王都中央病院もこの教会部分に併設されている。
三○四七床の病床数を誇り、国内外から優秀な医者を揃え先端医療を提供しており、世界一の呼び声高い大病院だ。
しかし、そんな教会部分も全体から見れば三分の一程度。
その他は全て行政機関部分だ。
世界各地に建てられた教会施設の統括を行い、それと共に諜報員から上がってくる情報を統合、精査し、貯蓄する。
また、教会所属の騎士団、聖徒騎士団の本部兼修道院兼兵舎もあり、『王都第二の城』とも呼ばれる。
「すぐに聖徒騎士団の全部隊長クラスを集めなさい」
「何かあったのですか?」
「陛下の思い付きで、南部戦線の視察へお出掛けになるそうです」
「この様な時期にですか!?」
「暗殺の噂が宮中のみで広がっている事から、王都を離れれば逆に安全だとお考えの様で……」
「そんな……!?」
「既に視察の計画は進んでいます、止めようがない。なので、陛下の視察へ我が騎士団を同行させる許可を頂きました。絶対に陛下を守りなさい」
「承知致しました。ではすぐに隊長達を集め、同行する者を選出致します。おい」
執事が呼ぶと、騎士見習いの少年が駆け寄ってきた。
「ここに」
「全部隊長を大会議室に集合させろ、大至急だ」
「承知致しました」
走り去る少年。
「陛下が王宮を離れれば、動き出す者もいるでしょう」
「恐らく。猊下は陛下とご一緒に?」
「いいえ、私は残ります。現場指揮官として貴方を同行させます。意味は分かりますね?」
その一言で執事の目の色が変わる。
当然と言えば当然なのだが、この執事はただの執事ではない。
カルカノの次ぐ権力を持っている。
つまり、騎士団と諜報員、双方の指揮権を持っているのだ。
元々は諜報員だったのだが、恵まれた体格の持ち主で槍の才能もあった為、主に兵士に紛れて諜報活動を行っていた経緯があり、頭も切れることからカルカノの右腕に選ばれた。
「承知しております。この命に代えても」
「よろしい、では会議室へ向かうとしましょう」
†
時刻は既に真夜中。
本当は昼間に訪れるつもりだったのだが、南部戦線へ視察の準備の為に前倒しになった政務のお陰でこんな時間になってしまった。
自らの我儘が原因である、文句も言えない。
扉を開ける。
暖炉の前で縫い物をしていた修道服の老女が顔を上げた。
「旦那様」
「まだ起きていたのか」
「旦那様が来られる気がしましてね」
「ハハハ、いつまで経っても婆やには勝てんな」
「当たり前です。旦那様のオシメを誰が替えていたとお思いですか」
彼女はガーランドの父の時代から仕えている。
ガーランドの乳母であり、家庭教師なのだ。
そして、今はガーランドの息子の乳母兼家庭教師をしている。
「ヘンリーは?」
「既にお休みです、起こされぬ様に」
「分かっている」
ガーランドは息子の部屋へと続く扉をゆっくりと開け、中を覗く。
天蓋付きの大きな
スヤスヤと眠る息子を見て、ガーランドは扉をそっと閉じた。
「お忙しい様ですね」
「あぁ、南部戦線へ視察に行く事にした」
「ほぉ、これまた急に」
「今日決めた。私が留守の間に調べて欲しい事がある」
「……、調べ物でしたら、蛇をお使いになるのが良いのではありませんか?」
蛇、それはカルカノが抱える諜報部隊の総称だ。
カルカノが現当主を務めるルーインバンク家の家紋は、杖に巻き付く二匹の蛇だ。
杖が医療を表し、蛇が諜報を表すと言われる。
とは言っても、一般の人々はおろか、王宮に出入りする人間の中ですら、カルカノの抱える蛇の存在を知らない。
知っているのは審議会に関わりを持つ限られた人数だけだ。
この婆やは捌神正教の修道女であり、国王家の傍付きになる程の高位。
蛇の存在を知る数少ない人物の一人なのだ。
「いや、これについてはカルカノやアブトマットの力を借りる事なく調べたい。誰が首謀者なのか、全く分からんからだ」
「……、旦那様を暗殺するという噂、ですね」
「お前の耳にも入っているだろう」
「勿論です。では、私独自で調べろと言う事ですね?」
この婆やは独自の諜報網を持っている。
具体的に言えば、王宮内の宮女や下女、街の女性達を情報源とし、いわゆる噂の類に特化している。
この婆やの凄い所は、その噂の真偽、詳細を事細かに調べ上げる事が出来る所だ。
諜報員としての才能をガーランドの父が見出し、それをルーインバンク家に気取られる前に乳母として引き抜いたのだ。
婆やが諜報活動をしていると知っているのは、現状ガーランドだけ。
カルカノとアブトマット、どちらも完全には信用しない方がいいという、根拠のない勘をガーランドは信じる事にしたのである。
「そうだ、頼む」
「何か掴めましたら、南部戦線へハトを飛ばしまする」
「うむ、頼む……」
一通り話した所で、ガーランドは暖炉の前のソファに腰掛けた。
「最近、旦那様のお顔が見れないと、ヘンリー様が寂しがっておいでですよ」
「分かっている……。しかし、時間がなくてな……」
「全く、昔からご自分で首を絞める様な事ばかり思い付くのだから」
「全くだ」
二人はクスクスと控え目に笑いながら、しばらく話を続けるのであった。
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