Ⅰ-3 我儘
「何を馬鹿な事を仰っているのですか!?」
翌日の審議会は荒れていた。
それもそうだろう。
暗殺を噂されている国王が南部戦線の視察へ行くと言っているのだから、荒れない筈がない。
丞相のウィンチェスターは声を荒げ、大蔵大臣のラハティは天を仰ぎ、大僧正のカルカノは頭を抱えていた。
「落ち着け、ウィンチェスター」
「落ち着いていられませんよ、陛下!」
「丞相、これは既に決定事項だ」
「何故この時期にそのような愚行を!?」
「とにかく落ち着け、詳しくは大将軍が説明する」
ガーランドに促されウィンチェスターは椅子に座った。
自分の目の前のグラスを手にして口へと運ぶが、興奮のあまりカタカタと震え、
「陛下からお伝え頂いた通り、南部戦線への慰問を行います。日程は再来週から約一ヵ月で調整中です。私は護衛計画の起案、丞相はそれまでに陛下が済ませる事案に優先順位をつけ、滞りの出ない様にお願いします。大蔵大臣には慰問に必要な資金の捻出を」
「ちょっと待ってくれ、我々が聞きたいのはそんな事ではない。何故、今の時期に慰問などを強行するのかだ」
語気を強めながらラハティが言う。
慰問の強行をガーランドとアブトマット2人の間だけの話し合いで決めた事が気に入らない上に、その資金を捻出しろと言われたのだ。
何よりも無駄を嫌うラハティには、それが気に食わなかった。
元より、ラハティは慰問など不要という考えだ、今のままでも前線の維持は問題なく可能であると考えている。
それは恐らく、王都に住む全員がそう考えているだろう。
王都の住民など、自分達の生活が豊かになったが故に、魔王軍と刃を交えているという事実すら忘れかけている。
いわゆる平和ボケである。
それもこれもガーランドの手腕のお陰なのだが、この場合は裏目に出ている訳だ。
生活が困窮すれば、否が応でも戦争と言う現実を思い知らされる。
だからこそ民が団結し、軍に協力するのではないだろうか。
しかし、今はそうではない。
自分達の生活が豊かになったが故、同じ国内で命を懸けて戦っている者がいる事を忘れているのだ。
出来過ぎる国王と言うのも問題なのかもしれない。
「これは私の憶測なのだが、聞いてくれるか?大蔵大臣」
流石にガーランドが口を開いた。
ラハティの目には未だに怒りの炎が燃えていた。
この場を治められるのはガーランド以外にいないだろう。
「お聞かせ願いましょう、陛下」
「そうカッカするな。まず、私を暗殺するの何のという噂が宮中に広まっているのは、私とて知っている。問題は、これが宮中でのみ広がっている点だ」
ガーランドは身を乗り出して話し始めた。
まるで、良からぬ事を思い付いた悪ガキの様だ。
「これは詰まる所、首謀者が宮中にいる、という事であろう?」
「恐らく、そうでしょうな」
カルカノが相槌を打ちながら葡萄酒を飲む。
「大僧正には色々と探ってもらっているが、一向に何も掴めないのが現状だ」
「誠に申し訳ございません……」
「いや、大僧正を責めている訳ではない。それだけ首謀者が慎重なのだろう。ならば、その慎重さを利用させてもらう」
ガーランドの言葉に、アブトマットを除いた全員が拍子抜けした様な顔になった。
「陛下、それはどういう事ですか……?」
思わずウィンチェスターが口を開いた。
それも仕方がない。
首謀者が慎重であるから尻尾が掴めないのだ。
それを利用するという意味が全く分からない。
「まぁ、聞いてくれ。カルカノに探らせ始めて既に一ヶ月以上過ぎた。だが、それでも何も出てこないくらいに慎重な相手だ、私を暗殺する際は相当綿密な計画を立てる筈だ。つまり、慎重である為に、事態が思わぬ流れになった時には対応できない」
恐らく首謀者は宮中での暗殺を計画しているが、急にガーランドが南部戦線へと出掛けた場合、何も対応が出来ないまま、ガーランドの帰りを待つ事になると予想できる訳だ。
昨晩アブトマットと話していたのは、ガーランドが南部戦線へ向かった後、主のいなくなった宮中で怪しい動きをする者を探るというものだ。
強引な手ではあるが、ガーランドに打てる現状の最良手段だと思われる。
「なるほど、そういう事ですか」
「理解してもらえたかな?」
「理解はしましたが、納得は出来ませんぞ、陛下。急に資金を捻出しろとは、無謀な命令としか言えません」
「ほほぉ、大蔵大臣には強力な後ろ盾がいらしたと心得ておりましたが、かの企業は倒産されたのですかな?」
何とも嫌味な事をアブトマットは言う。
ラハティの後ろ盾とは、言うまでもなくユマーラ会だ。
つまりは、ユマーラ会から貸し付ける形でもいいから資金を準備しろという事である。
ガーランドとアブトマットの間で既に話が出来上がっている事は火を見るよりも明らかだ。
という事は、ユマーラ会からの貸し付けを指示しているのは他ならぬガーランドだと言う事になる。
ガーランドは今まで、審議会に関係ない他の貴族は勿論、企業からの金の貸し付けや献金すら嫌ってきた。
それが今になって、ユマーラ会から金を貸し付けさせようとするとは、それだけガーランドが本気だという事なのか。
ラハティは葡萄酒と共に、口から出そうになった言葉を飲み込んだ。
「……、本気の様ですね?」
「私は文字通り、命を懸けて国政に臨んでいる」
「……」
「……」
しばしの沈黙。
互いの目を見据えながら、互いの思考を読む。
やがてラハティは観念したかのように頭を振り、軽く笑った。
「陛下には敵いませんな……。分かりました、ユマーラから金を出します。利息など要りません。その代わり……」
「なんだ?」
勿体ぶるラハティの顔は真剣そのものだ。
「何が何でも、生きてお戻りください。それが貸し付けの条件です」
「努力しよう」
「必ずですよ。もし、その約束が果たせなかった場合は、利息としてユマーラは私を要求します」
ラハティのその一言に、ガーランドは一度目を見開き、そして大声で笑い出した。
「陛下、冗談ではないのですよ?」
「分かっておる。しかし、お前にそこまで慕われていたとは、私も捨てたモンじゃないな」
「陛下のお陰で、一般企業では絶対に味わえない商売が出来ました。これは私にとって、人生最大の財産です。それに、陛下を主とした審議会の居心地は、予想以上に良いもので」
「私にはまだやる事がある、殺される暇などない」
こうして、ラハティの賛同は得られた。
残るはウィンチェスターとカルカノなのだが、ウィンチェスターはガーランドとラハティのやり取りを見て、諦めた様な顔で書類整理を始めていた。
「一度言いだしたらテコでも動かないのが陛下の長所でもあり、短所でもあります……」
「ウィンチェスター?」
「出発前までに済ませるべき政務を抽出しますので、明日からは就寝時間を削って頂きますよ、陛下」
「望むところだ」
「私達も陛下の我儘には慣れていますからね。夕方には優先順位の高い書類を陛下のお部屋へお届けします」
「スマンな、頼む」
これでガーランドの南部戦線視察もほぼ決定した事になる。
ガーランドは最期にカルカノの方を見た。
「陛下、南部へ向かわれる際、我が騎士団も護衛任務にお使いください。命に代えても、陛下をお守りさせます」
「ありがとう、大僧正。大将軍、聖徒騎士団を含めた所での護衛計画の立案を頼む」
「承知致しました」
こうして、単なるガーランドの思い付きが形になっていくのだった。
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