明日がこなければ
時をかけすぎた少年
第1話 だから僕は明日を終える
あたりはもう夜の帳が下りている。寝よう。そう思い立ってからどれほどの時間が過ぎ去っただろう。眠れない。いや、寝たくない。寝てしまったらすぐにでも明日が来てしまう。僕は頑張った。
「お疲れ様」と吐いた言葉は闇の中へと消えていった。
僕は昼間、学生として高校に通っている。高校受験を頑張ったおかげで自分が行きたかった近所にある有名な公立高校に受かることができた。中学生の頃はこの高校に通って充実した高校生活を送るんだと妄想を膨らませていた。しかし、現実は僕の思いもしない方向へと進むのであった。
最初はとても順調だった。友達も多くはないが気の合う子がたくさんいて、クラスの中でも中立の立場に位置していた。少し、もの足りなさは感じていたが求めすぎるのもよくないと思い、わりかし今の生活には満足をしていた。この状態が続けばと思っていたがそううまくはいってくれなかった。
二学期に入り始めた頃、ある女子生徒がいじめられるようになった。机には落書き、持ち物は隠され、仲の良かった子たちにも無視をされるなど。いじめは時間の経過とともにどんどんエスカレートしていった。しかし、いじめを受けている女子生徒は辛いはずなのに毎日学校に来ては授業を真面目にうけていた。英語の授業でたまたまその女子生徒とペアを組む機会が訪れた。授業内容は将来について語るというもの。
彼女は将来、「子どもが二人いる家庭を持って田舎でのんびりと暮らしたいんだ。」と言っていた。そこでパン屋でも出来たらもっといいだろうと笑顔で彼女は語っていた。意外にも彼女との会話が弾んで楽しい時間を過ごすことができた。それと同時になぜ?彼女がいじめにあわなければいけないのかが僕には理解が出来なかった。
次の日、僕は寝坊をしてしまい急いで身支度を済ませ、学校に登校した。学校に付いたのは朝のホームルームが始まる二分前。昇降口に人は少なく、いるのは家が学校に近くて登校するのが遅い生徒かただ単に僕みたいに寝坊をしたと思われる生徒のみ。学校の始まる時間をもう少し遅くしてくれてもいいじゃないかと毎度、寝坊するたびに思う。しかし、僕がそれを言っても世界は何も変わらない。まず、学校すらも動かないし、共感をしてくれる生徒はいると思うが馬鹿なのかと僕を嘲笑う生徒もいるだろう。
結局、一人では無力で何もできない自分に嫌気がさす。下駄箱で靴を履き替え自分の教室に向かおうとすると階段の横にあるごみ箱にまだ新品に近い状態だと思われる室内履きが捨てられていた。
「なんだよ、もったいねぇ」
室内履きを手に取るとそこにはマッキーで1-5 花森 一実と書かれていた。花森 一実とは同じクラスのいじめられている彼女の事だ。手にした室内履きを教室まで持っていき、彼女に渡した。
「花森さん、これ、室内履き。新品なのにもったいないよ」
「あ、ありがとう。無くしちゃって困ってたんだ!」
彼女はくっしゃっとした笑顔でほほ笑む。朝のホームルームが始まるので席に着く。授業もいつも通りこなして昼食の時間になった時だった。一人の男子生徒がこちらに近づいてくる。
「ねぇ、今日の朝、上履き拾わなかった?」
「拾ったよ、んで持ち主に返したよ。てか、どうしたの?」
「あぁ、なんでもない。気にしないで!」
自分から聞いてきて気にすんなとはなんだ。あいつはたしか?クラスの中でも目立つグループに属しているけどいいように陽キャラどもに使われている...思い出した!高木だ。なぜ、そこまでしてヒエラルキーの上位に属する者たちと関わっていたいのか僕には理解しがたい。関わりたい奴と関わればいいのに。
午後の授業は苦手な数学。意味の分からない数字を並べられてよく平常でいられるなと思う。早く二年生になって文系に行き、数学とはおさらばしたいものだ。数学のノートには落書きだらけでこの授業を受けるたびに絵を描く腕を上げている。僕はいったい何を目指してるんだ?でも、絵の腕を上げてくれた数学には感謝しかないので心の中で先生に向かって手を合わせ、お礼をした。
帰りのホームルームを終え、帰宅をする。今日から二学期期末テストの二週間前ということもあり、部活に入っている生徒も部活がなく、同じ時間に帰宅する。僕は部活には入っていないので帰宅部だ。帰宅部なら何のためにこの高校に入ったのかと言われることが多々あるが、入った理由としてはこの高校に通う生徒が中学の頃、楽しそうに見えたのと文化祭の規模が大きくて楽しそうだったから。たったこれだけの理由。
いつもは部活で忙しい友達も部活がないので一緒に帰宅をする。バレー部の菊池 優。バトミントン部の瀬戸雄大。この二人は1学期の遠足で仲良くなった。二人とも明るくて、クラスでも人気が高い。よくこの二人と仲良くなれたと自分でも感心する。
「テスト、嫌だなぁ」
「そんなこと言って、優はまたいい点数取るだろ!」
「たまたまだよ」
優は1学期の中間、期末テストでクラスTOP3に入るほどの頭の良さ。運動もできて頭もいいとは羨ましい所存だ。
「俺は全教科平均超えてくれればいいかな」
「雄大もそこそこできるもんね。羨ましい~」
「お前はまた壊滅的だろうな」
中学で猛勉強してこの高校に入ったのはいいが、学力のレベルが高く、ぎりぎりで合格した僕は必死についていくのが精一杯。。だから部活と勉強の両立をこなすこの二人を尊敬している。
花森さんへのいじめは相変わら続いた。室内履き、体操服などがよくごみ箱に捨てられていた。僕はそれを拾って毎回、彼女に渡していた。彼女がいじめを受けているのはもちろん知っている。しかし、この行為をクラスの中心核の人たちに見られて自分がいじめの対象になるのも嫌だったので移動教室などで人が減ったタイミングで花森さんに声をかけ、渡していた。
しかし、ある日。花森さんの姿はどこにも見当たらない。
体調不良で休みだろうと僕は思い込んでいた。だが予想は外れた。朝のホームルームで先生が花森さんは家庭の事情で引っ越したと述べたのだ。いや違う。絶対にいじめに耐え切れなくなったんだ。毎日毎日、物を捨てられたり、隠されたり、わざと聞こえるような距離で悪口を言われたり。誰だってそんなことされたらいつか心は脆くなって崩れていってしまう。助けを求めようにも求められる人がいない。みんな自分がいじめの対象にならないようにするので精一杯なのだ。唯一、助けてくれそうな先生さえもいじめがあることは知っているのに知らないふりをして彼女の心の悲鳴を無視したのだ。
ホームルームが終わり、先生が教室を去った後、クラスがざわつき始める。特に花森さんをいじめていた中心核の人たちだ。
「家の事情だって、なに言ってんのかね」
「それな、うける!」
うけるとはなんだ。花森さんはべつに悪いことをした訳でもないのにいじめらに必死に耐えてきたんだ。嫌なことをした覚えもないのに。なんて理不尽なのだろう。そっとため息をつく。また何か話している。次はなぜかこちらの方を向きながら話しているように感じられた。誰を見ているのか。誰に視線を向けているのかは全くわからないがこちらの方を見ていることは確かだ。気まずいので視線を下に落とす。
「てかさ、花森の室内履きとか体操服をうちら、ごみ箱に捨てたじゃん?それをね、あいつがこそこそ拾って渡してたらしいよ」
「え!まじ?空気読めよって感じ」。
会話を聞いている限り、あきらかに僕に対しての悪口だ。空気を読めってなんだ。そんな汚いといえるような空気なんて読みたくもない。そんな言葉は心の奥にしまい込んでただ、視線を下に落としていた。
今日一日はとても気まずかったし、息苦しかった。この空気から解放され肩の荷が下りた。なにもされなかったので一安心。帰りの支度を終え、菊池と瀬戸に声をかけた。
「帰ろうぜ!」
「ごめん、悪いな。今日用事あるから先帰ってよ。」
「ごめん、俺も今日は無理」
二人ともやることがあるらしく一緒には帰れないとのことだった。
「OK!またね!」
昇降口で靴に履き替え学校をあとにした。帰りにコンビニに立ち寄り、飲み物やお菓子を購入して店を出たところ、瀬戸と菊池がクラスの中心核の女子達と話しながら歩いていた。あいつら、用事ってそれかよ。しかも二人とも。このままだと鉢合わせしてしまうのでもう一度店内に入り、身を潜めた。彼らが去ったのを確認してから岐路についた。
夜、今日の出来事を頭の中で整理していた。花森さんのこと。室内履きや体操服を内緒で彼女に渡していたことがばれたこと。帰りに見た、あの二人の姿。考えれば考えるほど胸の奥がもやもやして、そのもやもやが僕を飲み込んであたり一帯は暗闇になってしまいそうに感じられた。何も考えないのが一番だと思い、目を閉じ、寝ることに集中した。
昨日のせいで夜更かしをしてしまい、遅刻寸前で学校に着いた。靴を脱ぎ、室内履きに履き替えようとすると下駄箱に室内履きが見当たらない。仕方がないので昇降口近くの保健室で室内履きをかり、階段を上って自分のクラスがある階に向かおうと思った寸前。見覚えのあるごみ箱に室内履きが捨てられていた。近寄り名前を確認したところ確かに僕の名前が書かれていた。
後ろのドアから教室に入る。その瞬間、話していたクラスの子たちが話すのをやめ、みんながこちらに視線を向ける。僕の事を見ながら小声で何かを言っている者もいる。しかし、その静寂も一瞬でおさまりまたクラスは活気を取り戻した。明らかにみんなおかしい。僕、なんかしたかな?恐怖が僕を襲う。授業には全く集中出来ずに時間だけが過ぎていく。五限は体育だった。しかし、昼食休みに着替えようとしたら体操服が見当たらず結局、体育は見学となった。
帰りのホームルームで先生に
「後で、職員室に来てくれ」
と言われたので職員室に向かった。ドアをノックしてクラスと名前を述べ、入室。
「お前に話がある」
先生の顔が少しこわばる。何か大事な話でもするのだろう。
「これ、お前の体操服だよな?」
「あ!え、はい。僕の体操服です。無くしていて困ってました」
「裏庭にある焼却炉に捨てられていたらしい。清掃員の方が拾ってくれたんだぞ」
裏庭の焼却炉に。なんで?僕は体操服を捨てようとも思っていないし、実際にそこには捨てていない。
「なんで、こんなことしたんだ?」
「いや、僕は捨ててません。無くして困ってました。なんで、そんなところに..]
「お前が捨てたからだろ!なんで捨てた?」
「だから、僕は捨ててませんて!」
何回言ったらわかってくれるんだ。薄々自分が置かれている立場に僕は気づいていた。先生は何度言っても、お前が捨てたんだろと言い寄ってきてなぜ捨てたのかの理由を聞いてくるばかり。僕の話を聞く気配はいっこうにない。自分の立場しか考えない教師。自分が担任を持つクラスでいじめがあったなんて知れ渡ったら自分にも学校にもしわ寄せがくる。だからこそ、もみ消そうとする。
この世界は残酷だ。傍観者はいじめに遭うのを恐れ、見て見ぬふりをする。加害者はいじめがどれほど残酷なのか理解が出来ていない。徹底的に痛めつける。自分の気が済むまで。そして被害者はどんなに助けを求めてもその声は誰にも届かない。暗い部屋の中、どれだけドアを開けようとしてもドアは開かず、光は差し込むことはない。
結局僕が体操服を自ら捨てたということで収まった。この場所にいると今すぐにでも頭がおかしくなりそうだ。僕は無我夢中に走って家に帰宅した。明日も学校だ。正直行きたくない。でも、女手一つで育ててくれた母に迷惑をかけたくない。悲しませたくない。だから、学校に通い続けることにした。
いじめは毎日続いた。菊池、瀬戸も口をきいてくれなくなった。室内履きは毎回ごみ箱に捨てられていた。誰も口をきいてくれない。僕が話しかけようとすると目を逸らし、どこかに行ってしまう。ものすごくつらい。でも、耐えて。耐えて。耐え抜いた。
しかし、三学期のある日をきっかけに僕の中にあった細い弦のようなものがぷちっと切れてしまう。
その日は僕が昔から大事にしていたもの。大好きだった人を馬鹿にされたのだ。
父は僕が五歳の頃に病気で他界した。僕が五歳を迎えた誕生日の日。父はある本を僕にプレゼントしてくれた。しかし、その本は五歳が読むには早すぎる代物で父は「もう少し大人になった時に読んでほしい。
「この本に父さんは何回も救われたんだ。」
と言っていた。その本は父さんの宝物同然の物。そしていつの日からか僕の宝物にもなっていた。ある時、この本をクラスの中心核の女子のうちの二人が僕のカバンから勝手に取り出し大声でこう言った。
「なに?このぼろい本。汚い!」
「え?やだ!そんなの触りたくもない!」
次の瞬間、その本は窓から放り投げられていた。僕はすぐに席を立ち、窓から本の行方を確認した。本は丁度真下に位置する中庭にある池に浮かんでいた。その光景を見た瞬間に僕は自分でも驚くぐらいの声を荒立てていた。
「おい!!」
女子二人を睨みつけて近寄っていく。危険だと感じたのか菊池と瀬戸が割り込んできて僕にこう言った。
「おいおい、やめとけって。あんなぼろい本、持ってきてる方が悪い。」
「だよな、何むきになってんだよ」
ぼろい本?持ってくる方が悪い?僕はさらに怒りを覚えた。二人にお構いなく女子の方に向かおうとする。すると二人係で抑え込んできた。必死に抵抗をする。
「あれは僕の宝物なんだ!父さんがくれた宝物なんだ!」
「知るかよ。汚ねー本をあげる父もそれをずっと持ってるお前もどうかしてんな!」
馬鹿にされた。自分は別にいい。でも父さんを。大好きで憧れだった父さんを。僕は押さえつけてくる二人を振り払い、馬鹿にした瀬戸に馬乗りになった。そして彼を容赦なく殴りつけた。クラスが一瞬どよめいた。
僕を止めようと菊池がまた僕を押さえつけ、他の男子生徒も加わり僕を押さえつけた。悔しくて。悔しくて。涙が止まらなかった。
その後は先生が駆け付け、僕はこっぴどく叱られた。母も学校に呼ばれ、駆け付けて三人で話をした。僕は停学ということだった。女子二人は職員室に呼ばれ注意された程度。菊池や瀬戸、その他の生徒は止めに入ったということになっており、注意もされてはいない。
家の玄関を開ける。
「何があったの?お友達を殴るなんて」
「先生が言ってた通りだよ。あいつらが悪いんだ」
「自分の口からはっきり言いなさい」
「あいつらが僕の。僕の宝物を!」
大声で僕は怒鳴っていた。やはり、憎悪は消えることなく残っている。
「今度、誤りに行くわよ!瀬戸さんと菊池さんのところに」
「なんで、僕が誤らなきゃいけないんだよ!」
「いい加減にしなさい!お母さんは仕事で忙しいの。面倒な事増やさないでよ」
お母さんが毎日仕事を頑張っていることはわかっている。父が亡くなってから子育てと仕事に明け暮れて疲れているのに休日には必ず遊んでくれたこと。行事ごとには必ず顔を出してくれたこと。本当に感謝しているし、母の事は好きだった。
でも、一番理解してくれると思っていた母も僕の見方ではなかった。一番の理解者に理解してもらえなかったのがとてもつらかった。
階段を駆け上がり部屋に閉じこもる。布団に身をくるめ、嫌な事全部を忘れようと必死に頭の中を真っ白にしようとした。あたりはすっかり暗くなっていた。あれから寝てしまっていたらしい。時刻は夜の十時。昼寝をしてしまったのですかっり目が覚めてしまい、寝ることが出来ない。天井を見ながら今までの事を思い返していた。楽しかった学校。時刻へと変わった学校生活。花森さんのこと。昔の父の記憶。お母さんのこと。今日まで僕は頑張った。たくさん耐えてきた。もう終わりでいいよね。
「お疲れ様」
と吐いた言葉は闇の中へ消えていく。僕は足音を立てないように家の庭の倉庫から縄を取り、部屋に戻って縄をかけられる所を探して輪っかを作るようにしてセットした。
椅子を使い、縄を首にかけた。
「明日なんて来なければいい」
そして、誰からも観測されない夜のこの部屋で僕は自殺を図った。
明日がこなければ 時をかけすぎた少年 @kokage
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