第63話 エイヴリル様との時間

「実はねぇ。高位貴族の間ではあまり質の良くない噂が流れていて、お会いするまで本当にドキドキしていたのよ。あの辺はご自分の領地から出ないから噂話ばかりなのだけれど」

 いや~ね、って笑っているけど。どこからその噂を仕入れているのだろう? エイヴリル様も見た目通りの方ではないのかもしれないわ。


「ああ。セシリア様の所為じゃ無いのよ。フレデリックが強引に貴女を王妃に据えようとするから、ピクトリアンの血を引いてると言っても純血種じゃないのに……って。まぁ、後はセシリア様にお聞かせできる話ではないから」

 まぁ……聞かなくてもだいたい分かる。ロマンス小説にも露骨にじゃないけど、書いてあったもの。

「でも良かったわ。フレデリックと仲良くしてやってね。わたくしはダメだったから」

 エイヴリル様はにこやかに言われているけど。

「あの……」

「わたくしね。前国王……自分の夫の事が好きだったのよ。政略的な婚姻でも、一目見た時からかれてしまったわ。でもね、国王なんだから側室の方々のところにも通うでしょう?」

 私の心、エイヴリル様に見透かされているのかしら。


「それが、たとえ政治的な義務でも嫌だったわ。でも、表面は平気な振りをして意地を張ってしまったの。わたくしと子をすのも義務だったかもしれないのにね。その内、何人か子どもを産ませた後、わたくしの所にはもう来なくなってしまったわ」

 下を向いてしまっていた私の頬に手を当てて、自分の方に向けさせる。

「わたくしが意地を張らずに、少しでも彼に寄り添っていたらあんな怖い……少しでも逆らう国を殲滅されるような怖い国王にはならなかったのかしらと、今でも思うわ」

 エイヴリル様は何か切ないような笑顔を私に向ける。


「初めてお会いした時は、少しフレデリックに似た雰囲気も漂わせていたの。だからね。わたくしたちの二の舞になってはダメよ」

「はい。え……と、努力します」

 どういって良いかわからず私が曖昧な返事をすると、それでもエイヴリル様は笑って下さった。

「ごめんなさいね。貴女には嫌な役目を押し付けてしまったのに、こんな風になってしまって」

 嫌な役目? 心当たりがない。

「貴女にクリストフ・ピクトリアンの処分をさせてしまったわ」

「あれはピクトリアン王国からの依頼ですわ」

 エイヴリル様が気にする事ではない。

「それでも、わたくしたちの後始末をさせることになってしまったわ」

「あの……何かあったのですか?」

 エイヴリル様は私の質問に、ニッコリ笑っているだけ。答える気は無いって事なのかしら。


「そうね。貴女がもう少し大人になって、わたくしたちの気持ちが理解できるようになったら、その時には昔話をしましょうね」

 う~ん、遠回しに、子どもには分からないって言われたわ。

「あなたはフレデリックのこと、好きよね」

「好きです」

 私は即答してしまった。

「そう、なら辛いわね、これから……」

 そんなに嬉しそうな顔をして言われたら、どんな顔で返して良いか分からない。


「その辛さを我慢してはダメよ。ちゃんと言わないとね、ケンカになっても」

「へ?」

「言わないとね。平気だと思われちゃうわ。男なんて鈍感なんだから。政治上、仕方のない事でも言わないとダメ」

 政治上って……仕事の事だわよね。

「それからねぇ。わたくしとも仲良くしましょう。二対一なら勝てるわ」

 勝てるわって…………、何に?

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