エンドロール~新たな日常~

 舞花が目を覚ますと、敷布団を畳んで押入れに入れた。

 となりで寝息をたてているルイを起こさないように、パジャマから青のジャージに着替える。

 給湯器からお湯を出して顔を洗った。


「じゃあ、ランニング行ってくるね」


 小声で声をかけながら、ゆっくりと玄関を閉めた。

 まだ朝もやも深く、人がほとんどいない。

 牛乳配達車がいつもの時間に通り過ぎていく。

 軽く慣らしで一キロほど入ってから、ペースをいつものように早めた。


 一時間たって、日課である鳳凰院家屋敷の門の前にやってきた。

 差し押さえの張り紙があり、中に入ろうとすれば防犯が働く。

 もちろん巫術による結界も敷かれている。


 小石を投げれば、電流が走ってあっという間に炭になる。

 ここは、舞花の実家だった場所だ。


§§§§


 本殿から数日後。

 八咫烏から舞花たちに言い渡された刑罰は、鳳凰院屋敷差し押さえ並びに財産没収であった。

 もちろん法的にそのような強制力を持ち合わせておらず、強行すれば犯罪であることは流止も分かっている。

 だが舞花はそれを飲んだ。


「分かった。ここを手放そう」

「舞花様!? ここはご両親との思い出の場所ですよ?」

「ルイ、いいの。どんな罰でも受けるつもりだったから」

「でも、いくらなんでも財産まで」


 すると八咫烏は言った。


『全ての金銭を持っていくほど我々は鬼ではない。それにいざお前たちが法的に訴えれば、返さざるを得なくなるからな。それに権利書も舞花のもののままだ』

「ええ。これを取り上げようとするなら、さすがに全面戦争ですわ」

『……冗談で殺気を飛ばすものではないぞ。里にまで伝わってきたわ』

「これは失礼しました」

『あくまで一時的な処置だ。元老院が良しとするまでの間だ。それまで、お前たちの財産と私有地には一切手を付けないと、流止として誓おう』

「確かに、聞き留めました」

『罰はこれだけではない』


§§§§


 流止としての活動の謹慎も言い渡された。

 だから今の舞花は、咲乙女の衣を着ていない。

 謹慎中は、隣りの管轄が殃我を監視することになっている。


「つまり、あんなふうに私たちを見張っていると」


 舞花が一瞥すると、すっと身を引く人影があった。

 考えたものだと、感心してしまった。

 たしかにこれなら、堂々と咎人を見張りながら殃我を監視できる。

 そんな人手がよくもあったものだ。


 ルイが調べたところによると、里の尖兵たちが数名ほど派遣されたらしい。

 もしも、殃我が襲撃されたときに戦う精鋭部隊だ。

 舞花は大きく背伸びをすると、ふたたび走り始めた。


 左手首には鍔凪がある。

 これだけでは咲装は不可能だ。咲乙女の衣が、どうしても必要になる。

 それに舞花以外が扱えるものではない。

 たとえ鍔凪があっても、無茶はできないだろうということでこれは没収されなかった。


 車の交通が多くなってきたところで、アパートに帰ってこれた。

 ルイが起きて朝食の支度をしていた。


「舞花様、おかえりなさいませ。ちょうど出来あがりました」

「いつもありがとう。じゃあ、着替えてくる」


 2DKの奥の部屋にいき、第三セントラルシティ学園の制服に着替えると、食卓のちゃぶ台に座った。


「いただきます」

「いただきます」


 焼き魚をつつきながら、舞花は聞いた。


「ねぇ、図塚くんの具合はどう?」

「大病院に移ってしばらく経ちますね。リハビリを行えるようになったと、先日聞きました」

「そう。今日もお見舞いに行くの?」

「はい」


「ちゃんと、避妊しなさいよ」

「っ!? ごほっごほっ、舞花様! お食事中に何を仰るんですか」

「隠し通せると思ってるの? 分かるんだからね。図塚くんとイチャラブしているって」

「な、なんのことですか? 私には、その、何のことだか、さっぱぱりです」

「図星じゃないの。付き合うなって言ってんじゃないでしょ。子供は結婚してからね」

「ですからっ……。はい、かしこまりました」


 漬物を食べ始めたとき、ルイが聞いてきた。


「雫様はお元気ですか?」

「ん!? ごほごほっ、なにを急に」

「私では、鍔凪乙女の活動は分かりかねますから」

「雫は今、関西の管轄にいるわ。あの地区も昔から殃我に苦戦していたところだから、地元の流止たちから大歓迎を受けたそうよ」

「別の意味の歓迎も受けていなければ、と心配ですね」

「確かに、雫のあの態度じゃ誤解されて当然よね。私ですら、最初は口うるさくしたものだわ」


「今もご連絡を取っているのですか?」

「ううん。どうして?」

「本当ですか? 私はてっきり百合な恋仲になっているのかと……」

「シンクロして分かったの。ああ、これは恋心じゃないってね。戦友ってやつよ」

「そうでしたか」

「たまには手紙くらいよこしなさい、とはつたえたけれどね」


 戦友がいつか恋になるかもしれない。

 だけどあのときの気持ちは、お互いに変わっていないだろう。

 雫のことだ、逢いたくなったら抜け出してくるに決まっている。

 舞花はその時が少し楽しみになっていた。


「舞花様? いかがなさいましたか?」

「あ、ごめんなさい。なんでもないわ。あら、そろそろ学校に行く時間。ルイはデイトレ?」

「はい。すぐにお屋敷を取り返してみせます」

「いつもありがとう、ルイ」


 ルイの入れたカフェオレを飲みながら、今日の時間割を確認した。

 そして、革靴をはいて玄関を開けた。となりには今朝はいたランニングシューズが揃えておいてある。そのとなりにはルイの可愛らしい革靴だ。


 舞花がルイに手をふると、アパートから飛び出した。

 いつもの通学路に、最近できた友達が声をかけてきた。

 舞花は笑顔で挨拶する。

 その学校の行き道でコンビニに寄った。

 舞花は自動ドアの前で立ち止まった。


「私、ちょっと落とし物」

「そうなの? いっしょに探そうか」

「ううん。心当たりあるから平気。ありがとう」


 舞花は急いで走り出していった。


§§§§


 むき出しの歯からよだれがこぼれて気持ち悪い。

 こんな殃我がセントラルシティにいるなんて、聞いてない。

 私まだ流止に入ったばかりなのに、たった一人でこんな化け物と戦わなきゃならないの?

 いくら巫術弾打っても、効かないじゃない!

 なにが便利なアイテムよ。

 先輩たちの嘘つき!

 もう、鍔凪乙女の監視まで押し付けられて、やだやだ。

 こっちに向かって突進してきた。

 両腕を掴まれて、身動きがとれない。

 気色悪い顎の下に、そそり立つ棒をみて、私は覚悟を決めた。

 

「いやぁ! 誰か助けて!」


 そんなわけないでしょ! やだ、犯される!

 そのとき、殃我の頭が凹の字に陥没した。

 ブレザー制服のミニスカ女子が、青い縞パン全開で踏みつけていたのだ。

 うっそでしょ。なんで殃我を倒せるわけ?

 少女の背中が私に大声でいってきた。


「そこのあなた、月鋼剣だして!」

「は、はいっ」


 慌てて月鋼剣を引き抜いて、少女に投げた

 それを器用に受け取ると、凹った頭めがけて思いっきり突き刺した。

 その背中に流れるポニーテールは……、


「あ!! あぁぁぁぁぁ!?」

「まったく、何をやっているの。私の監視役なら、この程度の殃我くらい倒してみせなさいな」

「鳳凰院舞花!」

「あなたね、人を指ささないの。そうか、あなた新人か。大方、面倒くさい監視役を先輩たちに押し付けられて、ブーブー文句言ってたところ、殃我に出くわしちゃったと」


「ぐっ、うう。監視する人に監視されてたー。なんて報告したらいいの」

「人聞きの悪い。そっちがバレバレなんでしょうが。あと、巫術弾の使い方がぜんぜんなってない! もうすこし練習しなさい。じゃあね、友達待たせているから」

「あの、なんでここが分かったの」

「言ったでしょ、バレバレだからよ。早朝からお疲れ様、監視役さん」


 舞花はウインクして月鋼剣を渡すと、そのまま表通りに戻っていった。

 私は、顔が真っ赤になってしまった。

 あの縞パンを思い出して、胸が熱くなった。


「もしかして、私の運命のひと


 ――こうして、舞花たちの日常は巡っていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鍔凪乙女√神速の万重 瑠輝愛 @rikia_1974

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ