-6- 神魔の儀

 舞花も通信を聞いていた。

 雫の話に思わず大声が出そうになり、慌てて飲み込んだ。

 今は斑目皇と相対しているのだ。

 一分の隙も命取りになる。

 でも流石に突っ込まざるをえなかった。


「鍔凪に宿る力の根源が意思を持って喋り始めて、しかも雫以上のギャル口調って……。声聞こえてこなかったら、雫をすぐに病院に搬送するところよ」

『《舞花ちゃんひどくない? 雫ちゃんだって頑張ってんだよ》』

『なんでお前に慰められなきゃならねぇんだ!』


「雫、ちょっと黙ってて。で、スノちゃんだっけ? 《神魔の儀》の何がそんなに危険なの」

『《あんたたち、知らないでやろうとしてるの? あれはね、失敗したら死ぬだけじゃすまないのよ》』

「どういう意味よ」

『《そのままの意味よ。失敗すれば、超凶悪な殃我に変身して、街一つくらい軽く歴史から消えるわ》』


 ルイは、そんなものは文献に載っていなかったと否定すると、スノちゃんが肩をすくめるような口調をしてきた。


『《当たり前じゃない。言ったでしょ、歴史から消えるって。普通の殃我なら、何らかの痕跡くらい残すでしょうけどね。スノちゃん、そんな街をいくつも見てきたわ》』

「スノちゃんは覚えていられるのかしら」

『《そうよ。深淵は殃我の影響を受けないもの。舞花ちゃんだって、鍔凪に戦いの記録保管しているでしょ》』

「失敗は許されないか」


 流止の使命は殃我による被害を止め、人々の記憶・想いを守ることにある。

 街が歴史からまるごと消えるということは、数百年以上にも及ぶ人々の想いまで消えるということだ。

 しかも、それを自らの手で行ってしまうかもしれない。

 でも舞花の答えは変わらなかった。


「だからといって、斑目皇を放っておけない。今は足止め出来ているけど、すぐに巫術弾もなくなる」

『《たしかにそいつは危険よね。なんせちか殃我だもの》』

「え?」

「いま、さらっと重要な単語が聞こえたような気がします」


 ルイも呆れてしまった。

 スノちゃんによれば、文字通り殃我を生み出し統率できる殃我だということだ。

 死徒も親殃我から生み出されたもので、人間を殃我に変えてしまう。

 そして、斑目皇は雪汝によって育てられたことも。


『《スノちゃんは止めたわよ。でも、聞こえないし聞こうともしないし。力を求めて目が血走ってた》』

「もう討滅しちまった殃我のことよりも、神魔の儀だ。やるぞ」


 雫が到着した。

 咲装を終えており、両手両足に鎧が顕現していた。青いクリスタルのような、キレイな形をしていた。

 舞花はうなずくと、《万重乃煌》を差し出した。

 雫がそれを手に取ろうとしたとき、スノちゃんが割り込んだ。


『待ちなさいってば。いくらなんでも練習もなしに一発でできると思ってんの? 互いの鍔凪を交換してシンクロしなきゃならないのよ? それがどんなに大変がわかってんでしょ?』


 雫は、斑目皇を牽制している舞花を見ながら言った。


「あたし、舞花なら信じられる。お前は?」

『そりゃ、舞花ちゃんならイケるとおもうけど? クレマちゃんはどう思ってんの』


 視線が舞花の《万重乃煌》に集まる。

 しかし、何も聞こえてこなかった。

 でもスノちゃんは、大きくため息を付いた。


『揃いも揃って、ホント馬鹿しかいないの?』

「聞こえたのか?」


 雫が聞くと、スノちゃんはうなずいた。


『ええ。「我は千年ぶりに出会った最高の主を信じる」って。相変わらず堅っ苦しいわね』


 それを聞いた舞花の歯が浮いた。


「ちょ、やめてよね! 今はラスボス目の前にしているんでしょ」

「へへへ。あたしの口調うつった?」

「雫も!」


 最後の巫術弾を構えて放つ前に、ルイと視線が交わった。

 ルイは決意を込めて大きくうなずいた。


「記志くんをお願いします」


 返事の代わりに巫術弾を斑目皇に放った。

 そして、舞花は剣を雫に差し出す。

 雫は槍を舞花に差し出した。


 互いに腕を交差して受け取った。

 突如、強いめまいが襲って両者とも膝を付いてしまった。


「これほどとは……」

「こりゃ、きっついぜ」


 二人が顔を見合わせたとき、両手両足の鎧が二人から離れて、互いの手足に装着された。

 するとめまいが軽くなって、立ち上がることができるようになった。


 これならいける。

 舞花と雫はうなずくと、背中をあわせて斑目皇に向かって武器を構えた。

 スノちゃんが念を押していった。


『いい? あの男の子も助けたいなら、最後まで呼吸をみだしちゃだめよ。精神は一つに、でも身体は別の動きを。最後に決めるのは、斑目皇の頭蓋への一撃! チャンスは一度だけ』

「「承知!」」


 舞花と雫は二手に分かれた。

 舞花は槍である《氷雪乃牙》を、雫の立ち回りどおりになぞらなければならない。


『このスノちゃんが、できるだけ思念でサポートしてあげるわ。だからしくじったりしたら絶交なんだからね!』

「頼りにしてる」


 一度でもシンクロが切れたら、そこで神魔の儀は失敗だ。

 ただでさえ舞花の巫力は残り少ない。

 咲装が保てる間に頭蓋へ一撃を入れなければ。

 しかし、あせれば全ておしまいだ。

 柄を握りしめ、地面に氷を張ってホバリングのように滑った。



 ――雫は慣れない剣を構えて斑目皇の背に向かった。


「チクショ! 速すぎて制御するのが精一杯だぜ」


 脚に力を入れると、踏ん張りが効きすぎて今度は急ブレーキになって身体が揺さぶられる。

 まるでじゃじゃ馬に乗っている気分だ。

 雫は舞花の凄さにあらためて舌を巻いた。

 またバランスを崩しそうになったとき、急に身体から力が抜けてステップが軽やかになった。まるで、じゃじゃ馬がデレてきた気分だ。


「もしかして、《万重》なのか? へへっ、マジサンキューな」


 斑目皇がこちらに気づくも、正面の舞花をみて突進していく。


「つれないな、おっさん! あたしとも遊んでけよ」


 雫は舞花のように鳳凰院流の構えを取ると、間合いを一気に詰めて背中を斬り払った。

 

「小賢しい! この《万重》め!」


 斑目皇が振り向き、雫めがけてラリアットのように突進してきた。

 雫は身をかがめてそれを髪の毛ひとつでかわすと、ジャンプして身を翻した。

 そのままその腕を切り落としにかかる。

 激しい火花が散った。


 ――舞花は腕を攻撃している雫をみて、加勢に行くのではなく反対側の見えない軸足に狙いを定めた。


「なるほど、雫の考えそうなことね」


 《雪雫》の意思のままに氷を滑って、軸足に凍気を放った。

 氷付きはしないものの、普段は決して見ることが出来ない殃我の脚の位置がはっきりと分かった。

 そのまま加速して、一気に貫いた。

 

「浅い。しかし、これで動きは止まる」


 続いて逆の脚に行こうとしたところ、目の前で雫が力なく宙に吹き飛ばされていた。

 いくら異世界転生者とはいえ、にわか仕込みの鳳凰院流では力をうまく発揮できなかったようだ。

 助けようとするも、身体は反対側の脚を狙いに行っていた。

 この動きには、殃我討滅を最優先に考えて戦う戦士の魂を感じ取った。


「雫、あんたは穢れた女なんかじゃない。だって、こんなに気高いんですもの」


 ――夜空に浮かぶ月夜がみえた。

 雫は腕を切り落とすことができず、振り払われた手だけで杵が突かれたような衝撃を受けて、もんどり打ってしまった。

 しかし、地面に激突する前に姿勢を制御して、神速のスピードで懐へ戻っていく。


「これくらいでやられるような玉じゃねぇよな、舞花は」


 剣を真横に構えると、さきほど舞花が凍らせた脚に向かって横一文字に斬り捨てた。

 見事、脚は切断された。

 脚から落ちた足は燃えるものの、本体は燃えることがなかった。

 そして雫は見たくなかったが、胸の透明プレートメイルの中にいる記志の様子がみえてしまった。

 案の定、痛みで苦悶に歪んでいた。


「すまねぇが、我慢してくれ。必ず助けるからな」


 ――雫が両足を破壊したところを確認した舞花は、いよいよ頭蓋に打ち付けるべく構えをとった。

 ここまでは舞花が雫と、雫が舞花と完全にシンクロしている。お互いの行動や思いに逆らわず来ることが出来ている。

 アクション映画なら、ここで大失敗やらかして主人公が大ピーンチとなるだろうけれど、これは現実だ。

 そんなエンタメ要素はいらない。

 舞花は雫と視線を交錯させると、全く同じタイミングで一気に飛び出した。

 

 倒れていた斑目皇は両腕を揃えて、空手家のようにガードを固めた。

 

「そんなもの、ぶち破ってやる!」

「これがあたしたちの、鍔凪乙女たちの力だ!」


 舞花は氷雪乃牙を両腕の隙間にねじ込んだ。そして穂がドリルのように高速回転した。

 斑目皇の腕は次第に穴が広がり、頭と目がみえた。


「おのれ、おのれ、おのれ、このヒトメスどもがぁぁぁぁ! 我は皇ぞ! 殃我を統べる、偉大な親殃我ぞ!」

「「あの世でイキってなさい、ゲス野郎」」


 万重乃煌と氷雪乃牙が、斑目皇の頭蓋に同時に、ぴったりと到達した。

 そして渾身の力を込めて、貫いた。

 その刹那、舞花の咲装が解けてしまった。

 ――一糸まとわぬ姿になっても構わない。たとえ斑目皇の目にアソコをみられようと知ったことですか!

 しかし、その気合がシンクロを乱すことになってしまった。

 舞花に目まいが襲いかかり、力が抜けてしまう。


「しまった……」

「舞花!」


 最後の最後でミスをしてしまった。

 このままでは――。


「大丈夫です! おふたりとも!」

「「ルイ」」


 ルイが二人の肩を押してくれた。

 彼女との絆が触媒になり、三位一体のシンクロニティが生まれた。


《すごい! これならいけるわ! やっちゃえ!》

「「「討滅!」」」

「ぎゃぁぁあああああああああああああ……」


 聖炎が燃えるのではなく、青い光が蛍の光のように空へと散っていく。

 その中で記志が宇宙を漂うように浮かんできた。

 五体無事だった。

 雫がそれをキャッチして地上に降りると、舞花とルイに無事を確認させた。

 舞花はルイの肩を叩いて、記志の近くに寄り添わせた。


「ほら、抱いてあげて」

「はい!」


 ルイは溢れる涙を止めることが出来ないまま、記志をしっかりと抱きしめた。

 手足は無事とは言え、みえない傷や精神的な負担もあるだろう。

 その検査もすべてルイに任せるつもりだ。

 そして舞花は、雫に破顔してみせた。


「ようやく、任務が終わったわね」

「ああ」

「なによ。急に顔を赤くしちゃって」

「あのさ、その格好は目の毒だ。あたしはお前を、その、女としか見られない……」


 巫力切れで咲乙女の衣がもとに戻らず、白い柔肌が丸見えになっていた。乳首も生えてないアソコの筋も、どこも隠れていなかった。


「きゃ!? ちょっと、やめてよ! ああん、もう余韻が台無しよぉぉ!」


 さすがのスノちゃんも、赤い月を見上げながら肩をすくめた。

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