-5- 雪雫 vs 雪雫
舞花が行くのを見送った雫は、《氷雪乃牙》を振り回して切っ先を向けた。
向けられた女は、マフラーの連撃を繰り出した。
雫は槍をバトンのように回して、マフラーを火花とともに弾いていく。
それが周り込み、雫の側面を狙って飛んできた。
それ見て不敵に笑った雫は、そこへ氷の四柱を立てて即座にはねのけた。
チャンスとばかりに一気に間合いをつめて、槍の連撃を繰り出した。
女は慌ててマフラーを回収する。しかし、それを許さず数カ所を斬りつけることに成功した。
しかし、聖炎が燃えることはなかった。
雫は一旦間合いを離しつつ、マフラーを切り刻んで氷漬けにした。
「やっぱこれくらいじゃ終わらねぇか。なぁ、雪汝先輩よ」
「なんで私の名前を知っている? 皇以外に話したことはないのに。まさか識子が?」
「ちげぇーよ。師匠じゃなくて、相棒が教えてくれたのさ」
相棒である《氷雪乃牙》を握って突き出してみせた。
それを聞いた雪汝と呼んだ女は、眉間に大きなシワを寄せて訝しんだ。
「まさか、きさま。鍔凪の深淵に入ったのか? 歴代の鍔凪乙女たちでも、入ることが出来た者は数名としかないと言われているのに」
「へぇ、そうかい。あたしは、偶然入れたけどな」
得意げに言う雫に、雪汝は怒気を荒げた。
「ふざけるな! 深淵に入れば鍔凪と深く繋がり、絶対的な力を手に入れることができる。私でさえ、なんど挑戦したか分からない。だから私は、皇に力を求めたのだ」
「それが裏切った理由かよ。で、絶対的な力とやらは手に入れたのか?」
「殃我の国として、斑目皇が君臨したあかつきに頂くのだ」
「なぁんだ。口約束かよ」
「誓約だ! 詐欺を平気で行う人間といっしょにするなよ、クロガキ!」
「あ、てめぇ。今の御時世、それ言ったら色々面倒なんだかんな。取り消せ」
「悪がそんな事を一々気にするかよ」
「あっそ。悪だって認めるわけね。じゃあ、容赦しねぇぜ。あたしはあんたを倒して、相棒の一番だって証明してやるんだからな」
雫は手を開いて、親指に《氷雪乃牙》をかける。
そして気合とともに、パァン! と合掌した。
「咲装!」
雫の周りに雪結晶で出来た花びらが舞う。
真っ白な咲乙女の衣が弾け飛び、一糸まとわぬ褐色肌になると小さな吹雪が身体にまとわりつく。
次々と水着が現出し纏われていく。
氷花びらが弾け飛ぶと、空色の水着を身に纏った雫が現れた。
「鍔凪乙女《雪雫》、今からお前を討滅する女の名だ。閻魔様に伝えとけ!」
「なんだその咲装は? あははは! 不完全ではないか」
両手両足に鎧が顕現されていない、ただの水着姿をみた雪汝は、わざとらしく笑ってみせた。
雫はそれをとがめるかわりに、槍をバツの字に振った。
すると、強烈な凍気が雪汝を吹き抜けていき、両手が一瞬で氷漬けになった。
雪汝は笑うのをやめた。そして、得体の知れない力で氷がとかされてしまった。
《雪雫》の氷はそう簡単にとかされるものではない。舞花でさえ、まともにくらえばしばらく動けないのだ。
雪汝は残った氷を払うと、右手を掲げるように言った。
「なるほど……。では、深淵でどれほどの力を得たのが、見せてもらおうか」
「簡単に溶かしやがって! もっときっついのお見舞いしてやっからな」
雫が構えると雪汝の手に、氷漬けにされていたマフラーが手に吸い付くように飛んでいく。
それらは一つとなって、みるみる槍の形状を模したのだ。
穂が一つのとても鋭利で長い刃をもつ、大身槍と呼ばれる槍に似ていた。
そして、槍同士がいきなり切り結んだ。
雫が少しだけ体を動かし重心を外すと、雪汝はその反対へ動いた。
そこへ《氷雪乃牙》が振り抜かれると、雪汝はそれを槍で受け止めていなす。
その流れから柄尻を振り下ろし、一瞬止めてタメを作った。
雫はそれに対して動けずにいると、柄尻がそのまま押し込まれる。
いなすことができず、ギリギリの判断で身体を大きく反らして突きを躱した。
そのまま二回ほどバク転し、一旦仕切り直した。
このような攻防が瞬く間に行われている。
ときには、一切の動きがない場面もあった。
ほんの一瞬だけ、筋肉を緊張させる。たったそれだけで雪汝は反応して踵を滑らせた。
その時の雫の読みはこうだった。
向かって右へ突き、雪汝を左へわずかに動かす。
その瞬間に右足を軸に左足で蹴り上げる。
だが雪汝はそれを読んで、足払いを仕掛けてくる。
そこへ雫が柄尻を振り上げて崩し、本命の凍気をぶつけようとした。
しかし、足払いを直前でとめて穂を喉元に突きつけるという、雫が詰んだ形になってしまった。
だから引き続き、動かずに相対していく。
まさに達人同士の駆け引きである。
立っているだけで、本当に体力を消耗する。
舞花との稽古も、最近はこのような硬直状態になることが多くなった。
もしもサボっていたら、とっくに雫は殺されていただろう。
この膠着状態はずっと続くかに思えた。
雪汝が不意に槍をふった。すると、槍の形状から鞭の形状に一瞬で変わった。
武器が変わったことで戦況が一変する。
今までの読みは完全に通じなくなった。
こうなったら先手必勝とばかりに、雫は足を踏みだした。
しかし雪汝の鞭が容赦なく襲いかかる。
機先をあせってしまった雫は、変幻自在の鞭さばきをかわしきれなかった。
身体中を痛めつけられ、最後の重い一撃で吹き飛ばされてしまった。
全身に青いミミズ腫れが走って、火傷のように痛い。水着もところどころほつれたり切れ目が入ったりしていた。
もしも咲装してなければ、咲乙女の衣がビリビリ引き裂かれて、今頃はあられもない姿で気を失っていたかもしれない。
雫が起き上がったところへ、鞭が再び浴びせられた。
まるで蛇のように縦横無尽に、ブーメランのように軌道を曲げて襲いかかってくる。
鞭使いを相手にしたことが一度もなかった雫は、いいように弄ばれていた。
「チクショウ。あたしにそんな趣味はねぇってのに」
まさにSMプレイの女王様と下僕である。
雪汝が笑いながら攻撃していれば、まだプレイみたいに思うことも出来た。しかし、鞭に込められたものは殺意そのものだ。気迫で息を吐きこそすれ、終始無言で打ってくる。
そのたびに、出したくもない悶え声が漏れてしまう。
しかし、打たれる箇所から水しぶきのようなものが吹き出すようになった。
出血ではない。
雪汝が異変に気がつき、さらに力強くふるった。
そして彼女の足元にモヤが流れ込んできて、ようやく気がついた。
「《雪雫》、おまえ、凍気のバリアを作ったな? 私の鞭よりも早く張るなんて、小賢しい」
「何いってんだ。こんなにあたしの身体を傷物にしといて」
もともと《雪雫》の周りには氷のバリアが薄く張られている。硬度はかなり高く、小型拳銃くらいでは傷一つつかない。
だが雪汝の鞭はそれ以上の威力で、一振り一振りがマグナム弾並だった。
それがあまりにも速いため、バリアの改良に時間がかかってしまったのだ。
それでも構わず、鞭のしなる音がうなり続けた。
キーン、キーンと甲高い音を鳴らして氷壁が割れるも、それは薄い膜のようなものだ。
一枚割れるだけで、それ以上のダメージが通らない。
「分厚い一枚の氷じゃ、一瞬で砕かれちまう。だから、薄い氷と厚い氷を組み合わせて、柔軟性を加えてみたのさ」
「ちっ。ここまで凍気を自在にあやつるとは。深淵に入った者の力というやつか」
雪汝は舌打ちすると、憎たらしく評した。
もはや打つ手がなくなったか、動きをとめた雪汝に雫が滑走した。
すでに地面に張っていた氷面を滑り、槍を構えて凍気でブーストする。
すると雪汝の周りに、氷のアーチがまたたく間にできあがった。
これならどこにも逃さない。
「あたしのありったけの巫力をくらえ! 《
「な!? 私の身体まで氷漬けに、動けない……」
「とりゃ!」
突如現れた氷の龍が雫とともに滑走し、刃となって雪汝を噛み砕いた。
うがたれたその身体めがけて、渾身の力で《氷雪乃牙》を突き刺した。
雪汝の身体から真っ白な血が吹き出し、口からも吐血した。
その汚れた血が青く燃え盛っていく。
「これで、あたしが正統な《雪雫》の継承者だ」
「力さえあれば……、斑目皇……私の愛しい息子……」
槍を引き抜いたと同時に、最後の言葉を発した雪汝は青い炎につつまれて討滅していった。
そして咲装がとけて、元の純白な咲乙女の衣に戻った。
「あれ? そのまま舞花のところに駆けつけようと思ったのに、戻っちまった」
《見てたよぉ♪ ホントに雪汝に勝っちゃったんだね。すごいすごーい》
「その声はスノちゃんか。おまえ、現実世界でしゃべるのかよ」
《え!? あれあれ? 聞こえてるの、チョーやば!?》
緊張感の欠片もない鍔凪の声に、雫の力が一気に抜けていった。
目の前に鍔凪をぶら下げて文句を言った。
「あのなっ。今ここは戦場だぞ。ちったぁ、気合い入れろ」
《スノちゃんの声聞こえている方が、チョベリバだっての! 雫ちゃんどこまでチートなのよ》
「そんなことより、なんで咲装解けたんだよ。舞花のところにこのまま行こうと思ってたのに」
《そんなことって、もうすごい大事なことなのに! 分かったわよ、教えてあげる。解けたのは
「てことは?」耳のピアスから着信音が鳴った。「ルイか。おまえ、舞花のところに着いてたんだな。……《神魔の儀》? なにそれ」
《なんですって!!》
スノちゃんの大声に、耳が割れそうになった。
雫は耳の穴に指を入れながら、もう一度文句を言った。
「いいかげんにしろ! 通信が聞こえないだろ」
《どれだけその儀式が危ないのか、分かってんでしょうね?》
突然真面目になったスノちゃんに、雫は嫌な予感がした。
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