-2- 裏切り者

 八咫蝶に従い、峠の分かれ道を降りる。

 すっかり日は暮れて、ゼロナナのヘッドライトが行く先を照らしていた。


 式神蝶たちが舞花を囲うように飛んできた。

 これは聖炎式巫術で使った式神じゃない。


「戻ってきたのね、私の分身ちゃん」 


 それらが拘束で回り始めるとゲートが開いた。

 ゼロナナの行く先に打ち出されたものは、舞花の巫影体だった。

 巫影体は笑顔でサムズアップすると、幽体のように薄くなった。そして、ゼロナナの舞花と交錯した。


 舞花の身体が回復していくのを感じる。

 分けていた巫力が帰ってきたからだ。

 巫影体の経験した出来事が脳裏に映しだされていく。

 そして舞花は、自分の唇にそっと触れた。


「……カッコつけ過ぎちゃったかしらね。でも今は!」


 行き交う車両もないので、ハイビームに切り替えて前方を照らした。

 そのとき、一人の女が立っているのを見つけた。

 そのすさまじい殺気に思わず急ブレーキをかけてしまう。なんとかして車体を制御し、進行方向に対して直角に滑らせてブレーキングさせた。

 タイヤ跡が数十メートルほど続き、なんとか止まめることができた。


「身体が真っ二つに斬られるヴィジョンなんて、久しぶりに見せられたわ。只者じゃないわね」

 

 警戒しながらゼロナナから降りる。

 鍔凪を左のブレスレットから引き抜き、《万重乃煌》を顕現させた。

 そして、ゆっくりと刀身をかたむけて、ヘッドライトの光を女に向けて反射させた。

 花びらの刃紋をたたえた光が、女の体に花弁模様を浮かび上がらせる。


 その光は青く淡く、オーラのような輝きだった。

 初めて見る反応に訝しんだが、人ではないことは確かなようだ。

 それにどんな形であれ、青く光るならば殃我で間違いはない。


 女はその行為に苛立ち、腕で振り払った。

 すると光が吹き飛ぶように打ち消されていく。

 舞花にまでその闇の風が吹いてきたため、剣で振り払った。


 巫力が戻ったというのに、凄まじい剣気を否応なしに感じた。咲乙女の衣の上からでも、しびれるように鳥肌が走った。

 舞花は左上を直角に突き出し、弓のように剣を引き絞った。鳳凰院流の基本構えである。

 一瞬の隙が命取りになると、直感した。


 改めて女の様子を伺う。

 全身がくすんだ白色で、吹き上がる風でマフラーがなびいている。

 すぐ下でなかなかの大きい谷間が主張している。

 見えている肌は、殃我特有の青白いものというより、白人の肌色に近い。

 形よい胸を包み込むようにハイレグレオタードのような服が、ぴったりとフィットしている。

 そこから伸びる太ももは半分をニーハイソックスにつつまれていた。

 鍔凪乙女のような姿かもしれないが、あの布はよく見るとかなり透けている。肌が白くて気づきにくかった。薄っすらと乳首やヘソが見えている。

 もちろん、下も同様だ。


 そんな破廉恥な姿からは、想像を絶するプレッシャーを感じた。

 これは間違いなく戦場で鍛え上げてきた、達人の剣気だ。


「ここは通さない」


 不意に発した女の声が、暗い峠の木々を揺らした。

 舞花はそれが風による偶然のこととは分かっていても、威圧されてしまう。

 

「鍔凪乙女、お前が邪魔なの。死んでもらうわ」

「邪魔? お前はさっき一緒に男の子をさらった男の仲間なのか」

「仲間なんてとんでもない。私は皇にお使えする下僕しもべにすぎない。身も心も皇のものよ」

「皇とは何者だ」


 時間が惜しいのは分かっている。

 だが敵から情報を聞き出せるタイミングはここしかない。

 先程からの理性的な態度は、他の殃我とは一線を画していたからだ。

 

「じゃあ教えてやる。皇の名は斑目皇! 殃我を束ねる皇として、国に君臨する支配者よ」

「そんな馬鹿な! 殃我を束ねるなんてできるわけない」

「今まで放ってきた殃我たちは、全て皇の命令で動いていたもの」

「百歩ゆずって本当だとして、じゃあ目的は何? 国を作るためとでもいうの?」

「そう。まずは腐ったセントラルシティを作り変え、殃我の国を立ち上げる。そしてやがては日本全てに、殃我のはびこらせるの」

「そして、世界中の人間を食料にするってわけ? 冗談じゃない。そんな中二病な野望のために、人の思いが記憶が存在が食い物にされるなんて、まっぴらよ!」


 女は言葉を返すかわりに、マフラーを飛ばしてきた。

 すぐに反応して剣で受け流すと、赤と青が混ざりあう火花が激しく散った。


「これ、ただのマフラーじゃない。全体が殃我の触手か」


 それに乗じて踏み込もうとすると、すぐにマフラーが引っ込みやりのように飛んでくる。

 女はマフラーを伸縮させて、舞花に踏み込ませまいと突きを繰り返してきたのだ。

 舞花は一旦間合いを取ると、剣を鞘に戻した。

 そしてすぐさま抜刀する。


「咲装!」


 身につけていた咲乙女の衣が白き花びらと散り、日本人特有の絹のような肌が全てあらわになる。

 剣をもう一度振り払う。胸が大きく弾むと、花びらが全く別の形にまとわれていく。

 ブラ咲く大きな花を誇らしげに見せて、ビキニ姿の鎧剣士となった。


「鍔凪乙女《万重》、推参!」

「お前が、今の《万重》か」

「何をいって……?」


 再びマフラーの連撃が繰り出された。

 神速の捌きで懐に潜ろうとするも、蛇のように変化するマフラーに阻まれてどうしても懐に入れない。

 相手の動きはそこまで速いわけではないのにもかかわらず、どうしても間合いに入れない。

 舞花はある仮説が浮かんで、再び距離をとった。

 女は不敵に笑うと、マフラーの連撃を続けながら言った。


「気がついたようね。《万重》は昔から鳳凰院流の技を使う。その動きは手にとるように分かる。まるで動きが変わってなくて、笑っちゃうわ」


 ここまで間合いに入れない戦いは初めてだ。

 幻惑しようと、死角をつこうと、全ていなされてしまう。

 しかもマフラーの攻撃も隙がなく、受け損ないが命取りになりかねない。

 これはもう、熟練とかいうものではない。

 女は明らかに、鳳凰院流を深いところまで知っている。

 なぜかはわからない。だが、倒して進まなければ記志を救うことが出来ない。


 舞花は覚悟を決めるように一呼吸すると、いなすさなかに《万重乃煌》を逆手に持った。

 そのままマフラーの攻撃をさばいてみせたとき、女は半笑いで言った。


「何の真似かしら? 苦し紛れの付け焼き刃が私に通用すると思ってるの? 舐められたものね」

「そうでもない」


 舞花は姿勢を低くすると、地面スレスレまで顎を近づけるように駆けていく。

 無防備に見える背中を狙って、マフラーが鋭い突きを繰り出した。

 しかし、背中に回るようになった剣がそれを的確にいなしていく。同時にどんどん深く踏み込んでいく。


 先ほどとは打って変わり、間合いが詰まっていく。

 女は焦りのあまり、全方位からのマフラーの連撃をみまった。


 その刹那、


 舞花は左手をついて、勢いのまま逆立ちになる。

 完全に意表を付かれたマフラー包囲網が、全て舞花の残像めがけて刺さっていく。

 そのまま身を丸めて、ゆっくりと空転する。

 まるでそこだけ世界が止まっているような錯覚を、女は覚えた。

 その瞬間舞花は逆手で、一刀両断に女を斬り捨てた。

 片膝をついて着地する。

 ポーズ決めめと、ミニスカがはだけて、青縞ショーツがちらりとあらわになった。


「鳳凰院……いえ、我流《倒木刃トウボクジン》とでも名付けましょうか」

「我流……だと?」

「ええ。一対多数を旨をする鳳凰院流に、こんな一対一の戦い方なんてないもの」

「この私が……鍔凪乙女《雪雫》だったこの私が、我流なんかに」

「今なんて!?」

「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」


 聖炎が燃え広がるも、一瞬で光となって消えてしまった。

 舞花はその散りざまをみて、訝しんだ。


「これは実体じゃない、巫影体だわ。それに鍔凪乙女って、嘘でしょ」


 流止に裏切り者がいるなんて、聞いたことがない。

 とにかく今は考えにふける時間が惜しい。

 舞花はゼロナナのところに戻り、車体がブレることも構わず急加速した。

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