第四章 赤い月

-1- 花火

 先導する八咫蝶をパルクールで追いかけながら、舞花は屋敷のことを心配していた。

 ――私の巫影体は間に合っただろうか?

 半分の力を分け与えた分身が、うまくやってくれたのか気になっていた。

 それでも奇襲でなら殃我を倒せるだろうと、読んだのだ。

 ビル屋上へ登るとき、否応なしに力が半減してしまったことを思い知る。

 両手をついて、猿のように不格好に登らないとならない。

 八咫蝶についていくのがやっとでは、記志の救出に間に合うかどうか。 


 ビルを飛び降りたとき、聞き慣れたエンジン音に思わず振り返った。

 赤の無人バイクが曲がり角から颯爽とあらわれて、目の前でピタリと止まった。

 YAMAHA MT-07改、ゼロナナだった。


「来てくれたのね、ゼロナナ」


 ゼロナナはヘッドライトを点滅させて答えてくれた。

 相棒にうなずいて、シートにまたがった。

 八咫蝶を空間ディスプレイに設置し、羅針盤の役割を命じる。

 これでどんなに加速しても、八咫蝶を追い抜くことはない。


 可変式ヘルメットを額に当てて装着する。

 フルフェイスヘルメットに変形したことを確認してから、アクセルを全開にして一気に走り出した。

 渋滞が始まっている時間帯だった。

 車両の間を縫うように切り抜けていく。


 八咫蝶の示す方角は鳳凰院家屋敷とは真反対の方角だった。

 やがて道が二車線しかない、細い山の峠道に入り、なだらかなカーブを攻め抜けていく。

 すると、山の高さに昇った月が視界に入ってきた。

 赤く大きな、みごとな満月だった。


「赤い月?」


 舞花はなにか引っかかりを覚えた。

 ゼロナナのパネルを操作して、流止のデータベースから検索をかける。

 ヒットしたキーワードに、舞花は驚きを隠せなかった。


「嘘! 《魔骸ノ宴》条件が成立しているなんて」


 赤い月の晩に、魔骸蟲転生の儀を行うと強力な魔物となって夜に解き放される。

 月が赤くなることだけではない。

 星のめぐり合わせ、気象、その年の殃我の数など、様々な条件が整わないとならない。

 数百年に一度成立するかどうかであり、儀式の条件が不確定過ぎるため既に途絶えたものと思われていた。

 

 その時、何かか飛来してタイヤの足元が爆発した。

 寸前ですり抜けられたので、体勢は崩していない。

 すぐ見上げると、そこには翼を生やしたガーゴイルのような殃我たちが、夕暮れを迎えつつある空を覆っていた。


 いつも苦戦する、空を飛ぶ殃我がこんなに大量にいるとはどういうことなのか。

 鍔凪乙女最強と称される、神速の《万重》も弱点がある。

 それは空を飛べないことだ。

 だから、空を飛ぶ殃我にはいつも苦戦させられる。

 高いところに登ったり、剣を投げたりしてなんとか戦ってきた。でもこんなにたくさんの殃我は、未経験だ。


 殃我になりたての素体にちかい殃我なら、巫術札で討滅できるかもしれない。

 それを確かめるため、舞花はゼロナナの前輪をフルブレーキングして、後輪を浮かせた。

 そして身体を振って、Uターンさせると今度は急発進した。

 反動で前輪が浮いて、サーチライトで空を照らしだす。


 そこに映った殃我たちは、青白い二本角の鬼で、当然脚はなかった。その姿は、双子のように全て同じだった。

 つまり素体だということが確認できた。 


「よし、これなら聖炎式巫術でいけるわ」


 舞花は巫術札をありったけ取り出すと、聖炎をまとった式神蝶を作り上げて、空の殃我に放った。

 一つ一つの蝶は、狙いを定めて自動追尾し、殃我に命中した。

 空では爆発が起こり、ガーゴイル殃我は落下して燃え尽きていった。


「よし!」


 効果を確認した舞花は、再び進路に戻るべくUターンして、ガーゴイル殃我の制空域を脱する。

 あとは、ホーミングしてくれる式神蝶たちに任せればいい。

 聖炎の花火を背にして、舞花はすでに夕暮れが過ぎた峠を駆け抜けていった。

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