第5話 オコメさんと池の鯉
倉庫前でのこと。自ら擬人化の者だということを林さんにうっかり言ってしまった。
林さんは、誰にも言わない。と、約束してくれて、
「だって私だけの研きゅ…いえ、私と妖精さんだけの秘密ですから。」と言っていた。
…ミトさんもいたんだけどな。
─只今、お仕事で花壇の整備しております。用務員のオコメと申します。
中庭に来てみると、一人佇む女子生徒を見かけました。
嫌だわ。あの子最近、あのネコの問題児と一緒にいる子だわ。と、少し身構えてしまいます。
中庭には小さな人口池があり、花壇に水をやった後、池に居る鯉に餌を与えようとしていた所でした。
……あの子何やっているのかしら?
よく見たらガタガタと震えているではありませんか!
「どうしたの!?」
オコメは急いで声を掛けます。
彼女は池の中を指さしました。
「…ここの水に触れようとしたら、大きな口が現れて…。」
「…びっくりしてしまったんですね…。鯉ですよ。いつもこの時間にエサをあげているんです。だから、貴方から食べ物を貰えると思ったのでしょう…。」
「怖く無いですよ。ほら、上には飛び出さない様にネットが張ってありますし、あなたが落ちることもありません!」
と、言ってあげると彼女は少しほっとしていました。
そのとき、太陽の光を浴びてその子の髪が薄茶色に変化しました─
…………これは!
「レトルトちゃん?!」
「…え?」
私は元々ミニブタでした。庭付き一戸建ての少し裕福な家庭に住んでいました。
オコメは成長するとミニとはいえないくらいの大きさになりまして、
今までは室内で生活しておりましたが、お庭の方に新しく小屋を建てて貰うことになったのです。
その隣にはゴールデンレトリバーのレトルトちゃんの小屋がありました。
オコメとレトルトは仲良しでした。
ある夜のこと─寝る前にいつもの様にレトルトちゃんと会話をしていました。
(この家の人はとても良くしてくれるから、いつか恩返しとかしたいなー。)
(じゃあ、ぼくの分までお願いね。残念だけど、ぼくは出来そうにないから…)
(どういうことです?)
(このお家に来てから大分時間がたったんだ─)
そして朝、目覚めたらオコメは人間の体に変わっていたのでした─。
「あなた、生まれ変わりですよね!」
「え、……そうなのかな…。」
「その毛並みは、レトルトちゃんにそっくりです!」
人間の姿になってあの朝は大騒ぎだったけど、養子として迎い入れてくれた優しい家族─。
「あんなに小さかったコユズちゃんも今はもうランドセルを背負っています!」
「…?」
人間の姿になってからというもの、レトルトちゃんと会話が出来なくなってしまったけれど…
(人になれて良かったね)
と、言ってくれているかの様に嬉しそうに足元で尻尾を振ってくれたのでした。
オコメは就職するのが家族への恩返しになるのではと考えました。人間社会の作法や技能を身につけ─
用務員の採用を貰ったその日、家族はお祝いしてくださいました。
幸せいっぱいなその日の夜、キャンプ用の寝袋を借りて、レトルトちゃんと暖炉の側で一緒に眠ったのです。
そして、ふいに早く目が覚めた深夜─レトルトちゃんが言っていた"時間"について初めて知るのです。
彼は暖炉の穏やかな火の光に包まれて、生物としての時間を全うしたのでした─
「オコメは…オコメは、今でも幸せですが、あなたがいなくて寂しいです…。」
「……寂しい?」
今でもオコメを気遣ってくれる優しい子なんですね。心配そうなつぶらな黒い瞳…。
だから、そんな優しい子が、不良のネコ娘と居るには訳があるに違いありません!
そして、オコメは用務員として、裏からこの子を守ってあげようと誓ったのです─
「おい、お前…何してんの?腰がひけてんぞ。」
ミトさんが話かけてきました。
「コイ?にエサあげてる。ビチビチして怖いけど、慣れたら意外と…優越感、感じてきた!」
「先ほど、用務員さんと何話されていたんです?」
林さんもいつの間にか来ていた。
「…オコメさんのレトルトちゃんの…話?」
「ああ、レンジで温めるタイプのご飯のことですね─。」
林さんは、何故だか少しがっかりしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます