第2話

 


 翌日の日曜日、早朝に目を覚ました大典は、確認・・するために実家に急いだ。――合鍵を使うと、暉男の部屋に走った。


「……お祖父ちゃん、……俺」


 中からは返答がなかった。


 早起きの暉男がこの時間に寝ているはずがない。大典はそう思いながら恐る恐るドアノブを掴んだ。そして、ゆっくりと回した。徐々に広がる部屋の光景に、別段変わった様子はなかった。ところが、寝室に目をやった途端、目を丸くした。布団に仰向けの暉男がこっちを見ていたのだ。


「ヒヤッ」


 大典は思わず後退りした。


「……お祖父ちゃん?」


 こわごわ呼んでみた。だが、その見開いた目は動かなかった。



 救急車を呼んだ大典は、警察で事情を聴かれた。


「――祖父が夢に出てきたので、なんか胸騒ぎがして駆けつけてみたら、……こんなことに。祖父が呼んだんですかね?……お祖父ちゃん」


 大典は心痛の面持ちを作ると、その顔をおもむろに沈めた。



 外傷がなかったことから、警察は、心臓の持病があった暉男の死因を虚血性心疾患きょけつせいしんしっかん。つまり、突然死と結論付けた。



 ――全財産を相続した大典は、朝霞の自宅を売りに出すと、住んでいた和光市のワンルームマンションを出て、即金で買った近くの分譲マンションに引っ越した。勿論、警備員のバイトも辞めた。高級外車を乗り回してナンパした女と豪遊したり、高いレートの賭け麻雀をしたりと、やりたい放題だった。



 ――そんな時、予期せぬ一通のメールが届いた。


〈大典さん、お久しぶりです。阿武宇子です。莫大な遺産を相続したようですね?おめでとうございます。私にも少し分けてくれないかな?携帯電話のトリックの件は警察には喋らないから〉


「!……」


 脳天を鈍器で叩かれたような衝撃を覚えた。


 ……見られていたのか。よりによって、脅迫文に使いやがって。チッ。


 近々携帯を買うと言う宇子にメアドを教えたのを思い出した大典は舌打ちをした。



 拾った携帯をトリックの材料にするには、その・・時間、実家に居なかったという、第三者の証言が必要だった。それを宇子にすると、和光市でパチンコをするまでの足取りの証言者にした。アリバイ工作のために。


 宇子と一緒に家を出たのもその意図があってのことだ。俺が先に出れば、その後に宇子が携帯を発見する可能性があるからだ。……だが、その前に携帯を隠すのを見られていたとは。……さて、どうする?大典は、宇子の扱い方を考えた。――結局、殺せるチャンスが来るまで厚遇することにした。



 宇子は今、ブランドのファッションに身を包み、俺が買い与えた隣室に住んでいる。俺を見張るためか、隣室を希望したのは宇子だった。そして、ホストクラブで買った若い男を取っ替え引っ替えして、第二の人生とやらを謳歌おうかしていた。俺が得た、汚ない金で。



「――あなたが先生の枕元に携帯電話を隠すのを見てしまった。何をするのかと思って、あなたと駅で別れた後、私は先生の家に戻ったの。預かっている勝手口の合鍵で中に入ると、先生の部屋の前まで行った。


 けど、携帯電話の利用方法が分からなかった私には為す術なすすべがなかった。薬を飲んで横になっている先生の部屋に勝手に入るわけにもいかず、諦めて帰ろうとした時だった。


 ♪

 パンパンパンパン!パンクで決めろっ!

 パンパンパンパン!パンクで飛ばせっ!


 先生の部屋から物凄い音量のロックが聞こえた。あまりの騒音に驚いて、そこを離れようとした瞬間、


『うっ!ううーうー……』


 と、苦しそうにうめく先生の声が聞こえた。部屋に入ろうときびすを返した。だが、私の足は止まった。時間外に無断で侵入したことを後でとがめられるのも嫌だし。でも、もしこの状況があなたの書いた脚本だったとしたら、ドラマの結末を知りたいと思った。だから、救急車を呼ばないで帰宅した。


 あの時、こんな天国が待っている予感が私の中にあったのかも。あ、それからメールの件だけど、私、携帯電話は持ってないけどパソコンは持ってるの」


 それが、脅迫のメールを寄越した後、喫茶店で会った時の宇子の話した内容だ。その時、宇子は薄ら笑いを浮かべていた。



 ――俺はあの時、拾った携帯を暉男の枕元に隠すと、宇子と一緒に家を出た。証言者を作るために。駅で別れると、すぐに来た電車に乗って和光市で降りた。その足でパチンコ店に入り、来店したことを印象づけるために、故意に顔馴染みの店員と喋った。


 缶ビールやタバコを買いに出たのは、拾った携帯に発信するため。勿論、公衆電話から。公衆電話は自販機の並びにあったのだ。音量を最大にした拾った携帯は、ロックの着うたに設定していた。


 暉男は、突然鳴った耳元のロックに驚き、発作を起こすはずだ。携帯を触ったこともない暉男は、電源の切り方も分からずパニクるはずだ。案の定、暉男は心臓発作で死んだ。


 その翌朝、実家に行ったのは、宇子がやって来る前に拾った携帯を撤収する必要があったからだ。その携帯は壊して、すでに処分していた。

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