携帯は突然歌う!
紫 李鳥
第1話
朝霞にある実家を出た
Tシャツにジーパンで通う大典も、警備会社の制服に着替えると、きりっと引き締まって見えた。大典が警備しているのは、大手企業ビルの一階受付付近だった。挙動不審者や不審な手荷物などのチェックをする。
勤務中に喋ることはまずない。等身大パネルのように直立不動で、帽子のつばに閉ざされた黒目だけを、機械的に左右に動かすのだ。バイトとは言え、几帳面な性格の大典は、勤務態度も良く、社長から厚い信頼を得ていた。
しかし、そんな大典にも欠点があった。それは、ギャンブルだった。パチンコに競馬に麻雀。休日は必ずパチンコをする。時には給料の半分を注ぎ込むこともあった。その度に、家賃や食費、携帯代にも事欠いていた。
五年前に交通事故で両親を亡くしていたため、現在実家には祖父の
実家は裕福なほうだが、暉男と折り合いが悪く、居心地が悪かった。家を出たのはそれも理由の一つだった。暉男は金を持っている割に
「二十三にもなって仕事もせんで、いい身分じゃのう」
暉男はそういう類いの言葉を何度となく吐き捨てていた。そんな暉男を毛嫌いしていた大典は、暉男を失脚させる
……祖父が死ねば、財産はすべて俺の物になる。
その日も、仕事を終えた大典はお決まりのように、池袋の居酒屋で晩飯を兼ねた酒を呑んでいた。仕事の後のこの一杯は、至福のひとときだった。チューハイ二杯に肉じゃがと銀だらの煮付け、ポテトサラダ。少し高くつく晩飯だが、その辺の銭勘定には無頓着だった。
居酒屋を出た後、酔いざましにと、近くの公園で一服している時だった。
ブルル~ブルル~
携帯のバイブがすぐ傍から聞こえた。その音に顔を向けると、腰掛けているベンチの上の携帯が青い光を点滅させていた。周りには誰も居ない。少し離れた車道に流しのタクシーが一台停まっているだけだった。
……忘れ物か?
ストラップがないことや、マナーモードに設定していることから、その黒っぽい携帯は男物と思われた。そこに暫く居たが持ち主は現れず、青い光は点滅を続けていた。――
久しぶりに実家に帰った。自分の家なのに、鍵を使うのが犯罪のような気がして、知らず知らずブザーを押していた。出てきたのは、両親を亡くしてから雇った通いの家政婦、
「ま、大典さん、お帰りなさいませ。お久しぶりでございます」
喜色満面で迎えた。
「ああ、久しぶり」
無愛想に応えると、靴を脱いだ。
「……大典です」
暉男の部屋のドアに声を掛けた。中から息苦しい沈黙と歓迎していない空気が感じられ、そのドアの隔たりを分厚くしていた。
「……なんだ?……ま、入れ」
相変わらず怒ったような物の言い方だった。ドアを開けると、書斎を兼ねた寝室の布団に暉男が居た。
「……どうしたんですか」
暉男には心臓の持病があった。だが、寝込むようなことはこれまでなかった。
……この分じゃ、死期も近いか?大典は腹の中でほくそ笑んだ。
「なぁに、いつもの持病じゃ、大したことはない。それより、ちゃんと働いているのか?」
相変わらず
「ああ、どうにかやってる」
「大学まで行かせてやったんだ。ちゃんと就職して、自立しろ。男は仕事が基本だ。自分の力で稼いで家庭を持て。それが当たり前の生き方だ。わしの金を当てにするな。分かったな?」
「……ああ」
相も変わらず説教か?恩着せがましいじじいだぜ。ったくよー。大典は腹の中で舌打ちした。
帰宅すると、例の拾った携帯を机の引き出しから出した。
……あのまま布団生活をさせても、何の足しにもならない。じじいが死なない限り、一銭の金も入らないのだ。一番
次の土曜日、見舞いを口実にガーベラの花束を手にすると実家に帰った。宇子が居る時間を見計らって。
布団の中から、いつもの厳めしい顔を向けた暉男は、その
電車で和光市に着いたのが19時前。駅前のパチンコ店に入った。顔馴染みの店員と軽口を叩くと、パチンコ店の横にある自販機の缶ビールを買いに店を出た。戻るとすぐに自販機のタバコを買いに店を出た。20時。缶ビールを空にした大典はまた店を出て買いに行った。戻ると閉店まで居た。
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