海賊見習い

 どこかの国に船で連れていかれる途中に嵐で海に投げ出された私は、どこか分からない浜に打ち上げられ、そこで海賊に拾われてまた船に乗ってたのだった。

 でも海賊たちは、私が立派なドレスを着てたからどこかのお姫様と勘違いしたみたい。全然違うのにね。っていうかまず人間じゃないから。私、人形だから。

 私が人間かどうかも確かめないでこの人たちどうするつもりなんだろ? 

 私は船の奥の物置みたいなところに閉じ込められてた。鎖とかつながれてた訳じゃないけど、いっつもドアの前に誰かいて、見張られてるのは分かった。そんな私の世話をしてくれる男の子がいた。一日一回食べ物を持ってきてくれたり、物置の中を少しだけ掃除したりって感じで。たぶん、12歳とかくらいじゃないかなって思った。

 だけどその子は、私が人形だってことに気がついてたみたいだった。食べ物を持ってきてくれたときに、

「お前、人形だろ?」

 って聞いてきたから。私は黙ったまま頷いた。それからその男の子は、私のために持ってきたパンと水を、物置に入るなり自分で食べた。私が食べないのが分かったから、私が食べたことにして自分が食べてるんだって分かった。きっとこの男の子もちゃんと食べ物をもらえてないんだろうな。

「俺も親に売られたんだ。でも俺を買った商人の船がこいつらに襲われて、俺は海賊になるから仲間に入れてくれって頼んで乗せてもらったんだ。だから今は海賊見習いさ。でも見習いだから食い物の分け前も少なくて。だからお前が食べないのをもらってんだよ。こういうズルいことしないと海賊としては立派になれないんだぜ」

 何だか自慢っぽく言ってるけど、あんまり自慢になるようなことじゃないと私は思った。でも生きるって大変なんだなとも思った。私は死なないから、生きてるってことがよく分からない。食べなくても平気だし寝なくても平気だし。

 物置の外でもその男の子は怒鳴られたりしながら朝から晩まで働いてるんだって分かった。

 そんな感じで10日くらい経ったとき、男の子が言った。

「明日、港に入るぜ。そこでお前のことを調べるんだって。どこのお姫様か分かったら連れて行って謝礼金をたんまりって話だけど、お前、お姫様じゃないよな?」

 もちろん私は黙って頷いた。

「そっか。じゃあ、売られることになるだろうけど、お前人形だから大丈夫だよな。今までも一杯いろんなところにもらわれて行ったんだろ?」

 この男の子、子供なのにいろんなこと分かってるなって思った。もしかしたら結構すごい海賊になるかもって気がした。


 だけどその日、海賊の船は大変なことになった。海賊退治のために船を出してた軍隊に見つかって、大騒ぎになった。男の子が私のところに来て言った。

「軍隊の船が五隻もいやがる。何とか逃げ切ろうって頑張ってるけど、やべーかも知れねー。でも俺は諦めねーからな。俺も戦ってやるぜ! お前のことは守ってやれねーけど、何とか助かるように祈っておいてやるよ」

 そう言って男の子が出て行ったら、急にバーン!ってすごい音がしてバリバリバリッって船が壊れるのが分かった。大砲で撃たれたんだって思った。悲鳴とか怒鳴り声とかで目茶苦茶だった。男の子の声も聞こえた気がした。

 また、バーン! バリバリバリッってなった。それからだんだん船が傾いていった。私のところからじゃ何がどうなってるか分からないけど、ああ、この船はもうダメだなっていうのだけは感じた。

 ギャーッ、とか、ワーッ、とかの声がして、もっと船が傾いてきて、物置の中にあったものもガラガラと転がり出して、私はその下敷きになった。痛いとか苦しいとかは私は感じないから平気だけど、他の人は大変だな。

「ちくしょーっ!!」

 って声が聞こえた。あの男の子の声だと思った。でもバリバリとかバキバキとかメリメリとかいろんな音があっちこっちからしてきて、もう人の声なのか船が壊れる音なのかも分からなくなっていった。

 壁だったところが完全に床みたいになって、水も入ってきた。私は荷物の下敷きになったまま水の中に沈んで、どうにもできなかった。

 だけどもっと水が入ってきたら今度は荷物が浮かんで、私は体を動かすことが出来るようになった、それでちょっとだけ動いて、水の上に顔を出した。

 見たら、そこにあるのは空だった。壁が壊れて外が見えてた。私は水に浮かんだままぼんやり考えてた。あの男の子がどうなったのかって。死んじゃったのかなって思った。


 人が死ぬところはこれまで数え切れないくらい見てきたからいまさら何とも思わない。ただ、せっかく知り合ってもこうやっていなくなっちゃうのはやっぱり嬉しくないのは正直な気持ちだった。

 いつの間にか騒ぎは収まって、ミシミシ、メリメリってきしむ音はまだしてるけど、さっきまでと比べたら静かになった。人の声もちょっとはしてる気がする。生きてる人もいるんだなって分かった。

 それからまた時間が経って、今度は本当に人の話し声が聞こえてきた。壁のところを誰かが歩いてるみたいな音もする。と思ったら、壊れたところからこちらを覗き込んだ人がいた。そしたらその人は私を見て驚いた顔をして大声で叫んだ。

「女の子だ! 女の子が捕まってるぞ!!」

 その声に人が集まってきて、私はその人たちに引っ張り上げられたのだった。軍服を来た兵隊さんだった。そのうちの一人が言った。

「これ、人間じゃないぞ? 人形だ! 生きてる人形だ!!」

 するとまた騒ぎになった。その人たちがわーわー騒いで私をボートに乗せて大きな船へと運び込んだ。船の確か甲板とか言うところに寝かされて、軍服を来た人たちに取り囲まれた。その中にいた、立派なヒゲを生やした偉そうな人が言った。

「間違いない、これは我が国に運ばれる途中に嵐で流されたという魔女の落とし子だ。まさか海賊に拾われていたとは。これは国王もお喜びになるだろう」

 え~? また魔女の落とし子? しかも私が連れていかれるはずだった国の軍隊に拾われたんだ。ここまでくると運が良いのか悪いのか。

 でもその時、私を取り囲んでる軍人さんたちの後ろに鎖につながれて連れていかれる人たちの姿が見えた。海賊たちだった。それだけじゃない。そこにはあの男の子の姿もあった。それを見た私は、思わず言ってしまってた。

「軍人さん。その男の子は私の従者です。海賊じゃありません。今すぐ私のところにつれてきなさい。でないと呪われますよ」

 もちろんただの口から出まかせだった。だけど、突然私が喋ったせいもあったのか軍人さんたちは腰をぬかしそうなくらいに驚いて、慌てて私の言う通りに男の子を連れてきてくれた。そして何がなんだか分からないって顔してるその男の子に私は言ったのだった。


「ちゃんと私のお世話をしてください。でないと呪われますよ」


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