本の虫
次に私が連れてこられたのは、ヒゲだらけのライオンみたいな顔をした王様の所だった。
「これが魔女の落とし子か」
その王様もそんなこと言ってたけど、違うんだけどなあ。ただその王様は、召使いの人たちに命令して私を綺麗に洗ってくれた上にドレスまで着せてくれた。前の王様とは大違いだった。しかも、隣の国を攻めたのは、あっちの王様が私を見付けたのが分かったからだった。地下牢の看守のおじさんの呪文の影響も無い訳じゃなかったけど、ちょっと攻め込むのが早まった程度の違いだったみたい。
しかも、攻め込んだって言っても攻撃されたのはお城だけで、町の人たちはほとんど無事だったって。それどころか、あの王様の横暴さに嫌気がさしてたその国の人たちは逆に喜んだ人が多かったって。ゴメンねおじさん。おじさんのせいとか言っちゃって。あのおじさん、どうしてるかなあ。
でも私がどうしてそんなことを知ることになったかって言ったら、この国で私が保管されることになった書庫に理由があった。そこはたくさんの本が置かれた部屋で、こんな立派なのは私も見るのは初めてかもしれなかった。そこの一番奥にある小部屋に私は置かれてたんだけど、そこには私以外にももう一人、人間の住人がいたのだった。
その人は、若いのか歳をとってるのかよく分からない感じのヒョロッとした体格の、いつも本ばかり読んでる人だった。その人が、色々私に話しかけてくれて、そういうことが分かったの。
しかもその人は、昔の本とかの事も調べてるみたいだった。それである時、私に言ったんだ。
「君の体に刻まれた文字、ププリヌセア=メヒーネスト=アレコヌイスト=ホディ=アシャレナーハム=レホ=クーデルウス=メシュナアハ=トヒナ=ウル=レショネーソンは、どうやら1000年も前に滅んだ王国の言葉だったみたいだね」
だって。だから私、今度こそ黙ってようと決めてたのに、思わず答えちゃった。
「え? それ、私の名前だよ?」
そしたらその人も驚いて、
「君、喋れるの?」
って。バレちゃったから今さら隠しても仕方ないけど、はい、喋れます。でもそれはいいんだけど、他にもちょっと気になること言ってたね。1000年前に滅んだ王国とか。その人の話だと、私の体に刻まれてた私の名前は、確かにその王国の言葉だったみたい。だけどそれじゃ、ちょっとおかしいんだよね。私が作られたのが600年くらい前のはずなんだけどなあ。
けれどその謎はすぐに解けた。私の時間の感覚がおかしくなってたんだ。私、いつの間にか時間の感覚が倍くらいズレてた。二日経ってようやく私にとっては一日くらいの感覚になってたんだ。だから私にとっては600年くらいだと思ってたのが、実際には1000年以上経ってたってことだった。
しかも、その国の言葉はほとんどもう伝わってなくて、意味も分からなくなってしまってるらしい。ただ唯一、『ププリヌセア』っていうのが、『愛するあなたへ』っていう意味らしいのだけは分かってるって言ってた。
私の名前にそんな意味があったなんて知らなかった。
私が喋れることを知ったその人は、たくさんの古い本を持ってきて、次々私に見せた。今では知ってる人がほとんどいなくなってしまった古い言葉で書かれた本だって。私もそんなにたくさんの言葉を知ってる訳じゃない。人が話してる言葉は魔法で心を読み取るから意味が分かるけど、本に書かれた言葉は知らないと読めなかった。でも、いくつかは知ってる言葉があったから、読んであげた。
その人は私が読んであげた言葉を熱心に記してた。すごく嬉しそうだった。それを見てるうちに私も何だか楽しくなってきて、自分から読んであげるようになった。
この書庫の奥の部屋には普段は誰も近付かない。私とその本の虫の人だけの場所だった。王様さえ来なかった。私は毎日本を読んであげて、その人はそれを記した。そんな感じの日が二ヶ月くらい続いた。今度はちゃんとその人が寝て起きてってしてるのを見てたから間違いないと思う。
だけどある日、いつもは誰もこない部屋に偉そうなおじいさんが何人も来て、私が読んで本の虫の人が内容を記した本と紙とを持っていってしまった。昔の本のこととかを調べてる学者さんだってその人は言った。
え? でも、あの本を読んだのは私で、それを記したのは本の虫の人だよね。それなのにあのおじいさんたちが調べたことになるっていうこと? 何かそれ、ズルくない?
私はそう思ったけど、本の虫の人は笑ってた。でも「仕方ない」って言いながら笑ってたその顔がちょっと寂しそうにも見えた気がした。何か全然、仕方なさそうに思えなかった。
それからさらに一ヶ月くらい経って、急に王様が来た。本の虫の人は慌てて床に伏せて頭を下げた。そしたら王様が言った。
「この人形を海の向こうの国の学者のところに持っていくことにした」
だって。本の虫の人は泣きそうな顔をしたけど、王様が出て行った後でまた、「仕方ない」って言った。私は、本当にそれでいいの?って思ったけど、口には出さなかった。言ってもまた『仕方ない』って言うと思ったから。
次の日、私は偉そうなおじいさんたちに連れられてその部屋を出た。途中、衣装部屋みたいなところで今まで着てたのよりさらに立派なドレスに着替えさせられて馬車に乗せられた。何だかお姫様みたいって思った
馬車で港まで行って、今度は船に乗せられた。偉そうなおじいさんたちに囲まれてもあんまり嬉しくなかったけど、海を見られたのは少し楽しかった。何百年ぶりだろう。やっぱり大きいな。
だけど、海に出て三日目。すごい嵐になった。船に乗ってた人たちは大慌てで何とかしようと頑張ってた。でもダメだった。怪物みたいな大波がバーンってぶつかってきて、船はメチャクチャになった。
波に押し流されて船に乗ってた人も荷物も海に放り出された。私も何もできなくて、とにかくかき回されてさすがに壊れそうって思った。
他の人たちがどうなったのかも分からないままグッチャグチャにかき回されて、気がついたらどこかの浜に打ち上げられてた。他には誰もいなかった。
どうしていいか分からなかったし何かしなきゃならないこともなかったから、私はそこで横になってた。カニが私の顔の上を歩いていったり、服の中に何かの生き物が入り込んで動き回ったりしてた。
それでまた何日か経ったある時、急に、
「おい! 誰か倒れてるぞ!!」
って人の声がした。そしたら何人もの男の人が来た。なんか汚い格好した、乱暴そうな感じの人たちだった。
海賊だ…!
私はそう思った。その男の人たちの中で一番偉そうな人が、
「すげえドレス着てるから、どっかのお姫様に違いねえ。連れて行って謝礼をたんまりもらおうぜ。ダメならどっかで売っ払っちまえばいい」
とか言い出した。
私はまた、変なことになったなって思っちゃったのだった。
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