地下牢の看守
私を見た王様は、
「地下牢に厳重に閉じ込めておけ!」
ってすごく不機嫌そうに怒鳴った。意味が分からなかった。私、何にもしてないのにどうして地下牢に閉じ込められるの? それでも逆らうのも面倒くさかったから何も言わなかった。そしたら本当に棺ごと地下牢に入れられちゃった。別にいいけどさ。それにしたって説明もなくこの扱いってヒドいよね。
正直言って私はふてくされてた。あの森が好きってわけでもなかったけど居心地は悪くなかったのにあんな乱暴に燃やしちゃって、人を棺に押し込めてその挙句にこれって、冗談にしても無茶苦茶だよ。だからって何もしないけど。って言うかできないんだよね。私、何の力もないから。
少しくらいは魔法も知ってるけど大したものじゃないし、腕力だって人間の女の子と変わらない。足も早くない。本当にお姫様の遊び相手くらいしかできることないんだよ。たぶん、そのために作られたんだって私も思ってた。それがどうしてこんなことになっちゃったんだろう。私このまま、地下牢でずっといることになるのかなあ。
そんなこと思ってたら、何か人の声が聞こえてきた。男の人の声だった。ぶつぶつぶつぶつと独り言みたいに何か言ってる感じだった。最初はよく聞き取れなかったのがだんだん慣れてきたのか、しばらくすると内容が分かってきた。
それは呪いの呪文だった。ちょっとだけ頭を起こして声のする方を見たら、檻の向こうにおじさんが一人立ってて、そのおじさんが呪文を唱えてたんだよね。だけど私が気になったのは、それを唱えてるのが誰かっていうことより、呪文の内容だった。呪文の内容を要約すると、
『我が君に呪いあれ、不幸の種を撒き育て実らせ、そして刈り取るべし。10年も20年も30年も不幸が絶えぬことを』
って感じだった。でも、何か変だよね。『我が君』って言ったら、普通は自分にとって大切な人のことだよね。その人に不幸がくることを願うっておかしくない?
だけどその私の疑問はすぐに解けた。そのおじさん、呪文だけじゃなくて独り言で愚痴もこぼしてたから。今の王様に対する愚痴だった。ううん、愚痴って言うかそれ自体が呪いの言葉かな。どうやらこのおじさん、前の王様の家臣だったらしいんだけど、今の王様が騙し討ちで前の王様を殺しちゃってそれで王様が変わったみたい。でもおじさんは家族のために今の王様に忠誠を誓って、なのにあんまり信用されなくてそれ以来ずっと地下牢の看守やらされてるんだって。おじさんの独り言を聞いてるだけで大体の事情が分かっちゃった。相当、鬱憤が溜まってるんだなって思った。
だからきっと、呪文で呪いたいのは王様のはずだって思ったんだけど、おじさんの呪文だと、自分が嫌ってる王様にじゃなくて、大切な人に呪いがかかっちゃうんだよね。ただ、このおじさんからは魔法の力をほとんど感じないから効果はものすごく小さいと思う。
そんなのが一ヶ月くらい続いたのかな。ある時、私はつい、言ってしまった。
「おじさん、その呪文間違ってるよ」
私にとってはどうでもいいから放っておこうとも思ったけど、こうやって毎日毎日間違った呪文を唱えられてたらさすがに気になって、つい口に出ちゃった。
「うお! びっくりした!? お前、喋れたのかよ!?」
おじさんが慌てて私の方を振り返ってそう言った。そんなおじさんに向かって私はもう一度言った。
「おじさん、呪う相手のところで『我が君』って言ってるんだよ。それじゃ、おじさんの大切な誰かが呪われちゃうよ」
私がそう言ったら、おじさんの顔が一気に青くなった。心当たりがあるんだね。
「じゃあ、あいつの病気は俺のせいだったってのか…」
おじさんは独り言みたいにそう言った。独り言が癖になっちゃってるのかな。でもそれからおじさんは、私に詳しい事情を話し始めた。それは、おじさんの奥さんが病気になって寝込んでて、いくらお医者さんにみせても薬をもらってもよくならないんだって。当たり前だよね。おじさんの呪いのせいだもん。おじさんの魔法の力が弱かったから、逆にその程度で済んでるって言ってもいいかも。
私がそう教えてあげたら、おじさんは泣いてお礼を言ってた。「ありがとう、ありがとう」って。
その日からおじさんは、牢屋の鍵を開けて中に入って私の体を拭いたりしてくれた。呪文を唱えるのを止めたら奥さんの病気もすぐによくなったって言ってた。体を拭いてくれたのはそのお礼だって。それと、私がどうしてここに閉じ込められることになったのかの理由も教えてくれた。
それは王様が、誰かが私を使って自分を暗殺しにくるっていうのを恐れてるからってことだった。しかも、私を持ってる人が世界一の王様になれるっていう伝説があるとも言ってたって。
…無茶苦茶だよ。何その話? そんな話、私初耳だよ?
確かに暗殺用の魔法人形が作られたっていう話は私も聞いたことがある。私は見たことないけど、私が昔いたところの隣の国の王様がそれで暗殺されたっていう話はあった。それとは別に、それを持ってたら世界を支配できるみたいな伝説のある魔法の貴物があるっていう噂も聞いたことはある。でもどっちも私とは全然関係ないんだけどなあ。
おじさんの話だと、昔は魔法使いもたくさんいて、魔法がすごく盛んだったんだけど、だんだんそれを使える人が少なくなってきて今じゃ魔法使いって言われてる人は世界でも5人もいないっていうことだった。つまり、今はもう、魔法はほとんど滅んじゃったっていうことみたい。だからよく知らないで何となくで使っちゃってるんだ。お札とかも昔のを真似したりして適当に作ったものだったみたい。道理でデタラメなのしかないと思った。
そのせいでおじさんは、うっかり自分の奥さんを呪っちゃったりしたんだね。よくしらないものを適当に使うからそんなことになるんだよ。気をつけなきゃ。
「そうだな、気をつけるよ」
おじさんはそう言ってくれてたから、一応、正しい呪文も教えておいてあげた。使わないって約束してもらった上でね。それなのにおじさん、私に聞こえないところでその呪文を唱えてたみたい。何度も唱えたことで力が積み重なって私にも感じ取れるくらいになったからバレちゃったんだ。
「おじさん、使わないって約束だったのに…」
私がおじさんの約束破りに気がついたその日、隣の国が攻め込んできた。おじさん、これはおじさんのせいだよ。おじさんの唱えてた呪文は、その人を不幸にする呪文なんだ。と言うことは、その人が不幸だと感じることが降りかかるっていうことなんだよ。この国の王様にとっての不幸っていうのは、自分が王様じゃなくなっちゃうことだったんだ。
おじさんは泣いて謝ったけど、もう遅かった。その国は隣の国に攻め滅ぼされて王様は死刑になった。そして私は地下牢から運び出され、隣の国へと運ばれたのだった。
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