ラブレター ~追憶のププリーヌ~

せんのあすむ

魔女の落とし子

 私の名前はププリヌセア=メヒーネスト=アレコヌイスト=ホディ=アシャレナーハム=レホ=クーデルウス=メシュナアハ=トヒナ=ウル=レショネーソン。呪文みたいだけどこれが私の名前。呪文みたいって言うか呪文なのかな。意味は忘れたけどこの一言一句が私が生きてるためには必要なんだって。でも長すぎるから普段はププリーヌって名乗ってる。

 私は、魔法によって人に似せた依代に生を固定された魔法生物。平たく言って生きてる人形なの。でも人形だから歳をとらないし姿も変わらないし、魔法を解かれないかぎり死なないし、もう600年くらいになるのかな。仲良くなっても人間はすぐ死んじゃうし、人間以外の生き物もそれは同じだし、何だか飽きちゃった。

 だから人間が魔獣の森と恐れて近寄ってこないこの森の一番大きな木の根元でたぶん200年くらいぼんやりしてる。

 私は魔法のおかげで腐らないし壊れないけど、200年の間に落ち葉とか埃とか積もってそこに草が生えて木が生えてほとんどもう森の一部みたいになってた。だけどそれでもよかった。だって別に面白いことも起こらないし。いつまでこのままなのか分からなくても、何にも困らなかった。なんたって私は不死不滅の生きてる人形だから。私には無限に時間があるからね。この森がどんな風に変わっていくのか見てるだけでも十分だったんだ。

 それなのにある時、森で大火事があった。昔から時々火事はあったけど大体いつも自然に消えてたのに、今度のはそうじゃなかった。誰かが森のあちこちにわざと火をつけたって、動物たちが言ってた。どうやら人間の仕業らしかった。ヒドいことするなあって私は思った。

 火は一ヶ月くらい燃えつづけて、森のほとんどが焼けてしまった。私がもたれかかってた大きな木も燃えて崩れてしまった。元々、幹の中が空洞になってて枯れ始めてたところに火が入ったみたいで中から燃えてしまったみたい。

 もちろん私は魔法の力で守られてるからこの位じゃ平気。私に積もってた落ち葉が変化した土もそこに生えた草も焼けて、私は100年ぶりくらいに元の姿になったのだった。灰まみれだけど。

 それでも何もする気も起きなかったし、放っておいたらまた草が生えて木が生えて100年もしたら森に戻るしと思ってそのままにしてた。

 すると私の前に、鎧を着て馬に乗った人間が何十人も現れた。その中で一番偉そうな顔をしたヒゲの男の人が私を見て言った。

「ついに見つけたぞ! 魔女の落とし子を!!」

 魔女の落とし子? 何それ? 私のことなの?

 意味が分からなかった。確かに私は魔法によって作られた魔法生物だけど、私を作ったのは魔女じゃなくて魔法使いのおじいさんだった。この人たち、私を他の何かと間違ってるのかな。でも逆らうのも面倒くさかったから、何も言わずになすがままになってた。呪文が書かれたお札を何枚も貼られて棺に入れられてその上からまたお札が貼られたみたいだった。

 それから棺に入れられた状態で馬が引く荷車に載せられた気がした。そのままどこかへ運ばれて行った。途中、私に貼られたお札を一枚はがして読んでみた。光が無くても私には読めた。

 あ、これ、スペル間違ってる。これじゃタダの落書きだよ。しかもこれ、封印とかの術式じゃない。多分これ、痛み止めのお札じゃないのかな。スペル間違ってるから痛み止めにもならないけど。

 あ、こっちは商売繁盛を祈願するお札だ。これもスペル間違ってる。こっちは安産祈願? スペルは合ってるけど私は人形だから安産とか関係ないんだけどなあ。

 棺に貼られたお札からも何の力も感じなかったから、たぶん全部この調子のデタラメなお札なんだと思った。この人たち、魔法を知らないんじゃないかな。

 私がそんなことを思いながら棺の中で待ってると、馬とか人とかを交代させながら三日以上休み無く走り続けたみたいだった。きっと、私がいる森にくる途中に待たせておいて、リレーみたいにして運んでるんだと思った。私は人形だから食べなくても寝なくても平気だしトイレも行かないから平気だけど、ずいぶんと急いでるなあっていうのはすごく感じた。

 私の感覚では三日ほど経ったと思ったら今度は道の感じが変わったのに気付いた。石畳の上を走ってる感じで、しかもスピードもゆっくりになった。それだけじゃなくて人の声とかもたくさん聞こえる。町の中に入ったのかなって思った。

 こんなにたくさんの人間の気配を感じたのは何百年ぶりだろう。ただ、話してる言葉が、私が知ってたものと違ってた。魔法のおかげで意味は分かるけど、聞いたことのない言葉だった。

 それからしばらくして荷車が止まって、私は棺に入れられたまま下ろされるのを感じた。それからも人に担がれて運ばれていった。するとちょっとだけ結界の力を感じる場所に着た。あんまり効果は無さそうだったけど、確かに結界だ。それも、王宮とかに施されてたタイプのだと思う。ずいぶん昔に作られたものをそのまま使ってる感じなのかな。それで効果が薄れちゃってるのかな。

 やっぱり、この人たちは魔法とか知らないんだと思った。よく知らないままで何となく使ってる感じなのか。すると、私が入った棺が床に下ろされた。ようやく目的の場所に着いたってこと?

「陛下、魔女の落とし子を連れて参りました」

 それは、あの偉そうな顔をしたヒゲの男の人の声だった。この人は私と一緒に来てたのか。それにしても陛下って、王様のこと? 私、王様のところへ連れてこられたってこと? 王様が私に何の用があるんだろう。全然思い当たることが無かった。そりゃ昔はお城にいたこともあったような気はするけど、その時だってお姫様とかの遊び相手してただけだったのにな。

 棺の中からでも感じるくらいに周りが物々しい雰囲気になって、それからそっと棺の蓋が開けられた。そこから見えた光景は、ああ、見たことあるこの感じっていうのだった。王様とかが謁見するホールだ。

「おお~」

 っていうどよめきが周りで起こるのが分かった。「これが魔女の落とし子か」「何て禍々しい」とか小声で言ってる人もいた。禍々しいって、失礼な。私、そんな邪悪な存在じゃないよ。なんてちょっとイラッときたけど我慢した。そういえば私、灰まみれだったんだ。そのせいで見た目が怖くなってるのかも。

 棺の頭の方が持ち上げられて、少し斜めにされた。すると私からも、玉座に座る王様とお妃様の姿が見えた。王様は何となく不機嫌そうな顔をした怖い感じの人で、お妃様は神経質そうな感じの目付きの鋭い人だった。

 私が視線を向けると、二人共ビクッって感じで腰を浮かせた。何かあったらすぐに逃げられるようにしてるんだって思った。でも、私は別に何もしないよ。どうしてそんなに怖がるの?


 これが、私を巡って人間達が繰り広げる騒動の始まりになったのだった。


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