泣き虫メイド

 びしょ濡れの服をあり合わせのローブに着替えさせられて、私は偉い人の部屋の椅子に座らされてた。王様とか偉い学者の人が楽しみにしてるから大事にしないといけないってことらしかった。

 海賊見習いの男の子は私の従者として一緒にいることになった。

「まあ、ありがとうな。あのままだったら俺、縛り首だったし。海賊は子供でも縛り首だからな」

 そうなんだ。私はそういうのよく知らないけど、あれでお別れっていうのもちょっと寂しいかなって思っただけだから、お礼とかは要らないよ。

 次の日の夕方、船が港について私は籠みたいのに乗せられて運び出された。それからまた馬車に乗せられて、港の近くのお屋敷みたいなところに連れてこられた。ヒゲの偉そうな軍人さんが、この港を仕切ってる領主の屋敷だって言ってた。でも領主って言ったら王様だよねって思ったけど、私を探してる王様はもっと偉い王様で、ここから馬車で三日くらいかかるところにいるんだって。そんなところまで私を運んでいくの? 大変だね。

 だから今日はここで泊まって、明日の朝に出発なんだって。

 領主の屋敷で立派な部屋に私は置かれた。私の従者ということで連れてこられた男の子は、従者だからってことで部屋は別々にされた。一応、私の部屋にも出入りできるけど、何だか見張りみたいな男の人も一緒だった。

 従者って言っても私は人形だから何にもすることがない。私が歩くときに履物を差し出したり、脱いだ履物を持ったりするくらいだった。しかも歩くって言ってもこの部屋の前まで籠に乗せられて運ばれたから、籠から降りて部屋に入ったときに履いただけなんだよね。だから男の子はすごく暇そうだった。


 日が暮れた頃に女の人が来て、「従者の人の食事はこちらで」と言って男の子を連れていった。見張りの人もいなくなって私一人になったと思ったら、今度はさっきのとは別の、ゆるくウェーブした亜麻色の髪の女の子が「失礼します」って言って入ってきた。海賊見習いの男の子よりはちょっと上みたいだけど、それでも13歳とか14歳くらいの女の子だと思った。メイドなのにずいぶんと暗い顔をした無愛想な子だと思った。

「これからは私がお世話をします」

 って女の子が言った。

「え? 私のお世話はあの男の子がするはずだけど…?」

 って私が言っても、「私がお世話をします」としか言わなかった。そして男の子は帰ってこなかった。

 その女の子は自分の名前を名乗ったけど、私はもう人間の名前は覚えないことにしてるから覚えなかった。覚えたってすぐ私の前からいなくなるから無駄だもの。海賊見習いの男の子だってもういなくなっちゃった。きっとこの子もすぐいなくなるに決まってる。だから覚えない。

 女の子はクローゼットから服を取り出して、私を着替えさせた。私の服を脱がせたとき、

「本当に人形なんだ…」

 って女の子が呟いた。だけど、私の背中に書かれた文字を見た時、その子が「あっ」って声を漏らした。

「この言葉、知ってる。お祖母ちゃん家にあった絵に書かれてたのと一緒。アシャレナーハムって、確か『いつまでも』とか『永遠』とかいう意味…」

 そう言った後、女の子は黙ってしまった。見たら泣いてた。泣きながら私に新しい服を着せていった。私に服を着せた後も、部屋の隅で立ったまま、やっぱりポロポロと涙を流してた。何がそんなに悲しいのか分からなかったけど、私にはどうでもいいことだった。


 夜がふけて、窓から月が見えてた。そうか、今夜は満月なんだって思った。メイドの女の子はさすがにもう泣いてなかった。でも暗い顔はそのままだった。とその時、窓の外で物音がした気がした。そしたら窓から何かが飛び込んできて、床に刺さった。火のついた矢だった。メイドの女の子が驚いて、タオルで叩いて火を消そうとしてた。

 その火がようやく消えた時には、外がすごく騒がしくなってた。怒鳴り声とか悲鳴とかだった。『戦だ』って私は思った。またこんなことに巻き込まれるのかってちょっとうんざりした気分だった。

 騒がしいのがこの部屋のすぐ前まで来て、バーン!って扉が乱暴に開けられた。すっごく体の大きな、猪みたいな感じの兵隊さんだった。

「見付けたぞ! 魔女の落とし子!!」

 ってその兵隊さんが言った。やっぱりそれかって私は思った。兵隊さんが私の腕を掴もうとした時、

「駄目!!」

 って叫んであのメイドの女の子が兵隊さんの腕に掴みかかった。だけど、

「邪魔だ、どけっ!!」

 と怒鳴った兵隊さんに吹っ飛ばされて、女の子はバーンって壁にぶつかった。それで気を失ったみたいで動かなくなった女の子は放っておいて、猪みたいな兵隊さんは私を抱き上げて部屋の外に走り出した。部屋の外にも何人も兵隊さんがいて、何だか煙が入ってきてた。さすがに私はほんとにうんざりしてきてて、

「もう! いい加減にして!」

 って声を上げてしまってた。そしてちょっとした魔法を使ってしまった。

「ぎゃあっ!!」

 私を抱きかかえてた猪みたいな兵隊さんが叫んで、そのままドターンと倒れてしまった。雷撃の魔法だった。そんなにすごく強いのじゃないけど、人間くらいなら気絶させられる程度のことはできる魔法だった。

 私は床に降り立って、元の部屋に飛び込んだ。そして倒れてる女の子を抱き上げて、窓から飛び降りた。私は力は大したことないから女の子の重みで地面にべちゃってなっちゃったけど、女の子は私の上になってたから大丈夫みたいだった。もう一度、女の子を抱き上げて振り返って見たら、屋敷のあちこちから炎が上がってた。私を探すためにこれをやったのかと思うと、何だか腹が立った。どうしてこんなことするのって思った。

 できたら海賊の男の子のことも探したかったけど、無理みたいだった。さっきの兵隊さんの仲間らしいのが来たから、雷撃の魔法をお見舞いしてやった。でもこの人たちも魔法使えないみたいで、この程度の魔法でも次々倒すことができた。本当ならこんなの、子供の遊びみたいなものなのに。防御魔法が使える人なら、全然通用しないのに。


 道とかもよく分からないからとにかく走った。海の方に行ったら行き止まりになると思って山の方に向かって走った。そしたら後ろから誰かが追いかけてくるのに気がついた。私、人形だから女の子背負ってたって疲れないけど足が遅いからすぐに追いつかれてしまう。

 もう! しつこい!!

 私は振り返ってまた雷撃の魔法をお見舞いしてやろうと思って構えた。でも私の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「よかった、お前も逃げられたんだな」

 それは、あの海賊見習いの男の子の声だった。私は暗くても見えるから、顔を見たら間違いなくあの子だった。

「屋敷から逃げ出すときにお前の姿が見えたから追いかけてきたんだ。それにしてもそいつ、誰だ?」

 男の子が、私が背負ってる女の子を見ながら言った。でも誰だって聞かれても私も知らない。ただ何となく連れてきちゃっただけだし。

「誰だろう…?」

 って答えただけだった。


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