第11話 レオの過去-1

「レオ。お前は本当に何をやっても駄目な奴だな。魔力も無い、剣技も下手。一体何なら出来るんだ?」


 短く切りそろえられた、青味がかった銀色の髪。騎士だというのに日焼けしていない肌。年相応に皺の入った顔。それから、ゴミでも見るように見下す冷たい目。


「申し訳ありません、父さん」


 まだ頬に脂肪の残る幼いレオは、両手を地面についたままそう言った。練習用の剣は、レオの後方に落ちている。


「謝る暇があるならもう一度斬りかかってこい!」


 父の振った木剣が、バチ、と彼の横面を叩いた。レオの顔はみるみる赤く腫れていった。


「父さん、そんな奴の相手をしている暇があるのなら僕に魔法でも教えてください」


 家の中から別の少年が現れた。父と同じく銀髪の髪をしたその少年は、嘲笑うような目でレオを見下した。


「・・・そうだな、スファン。ではお前の部屋に行こう。レオ、この剣も一緒に片付けておけ」


 父はそう言うと自分の持っていた練習用の木剣を地面に放った。レオの目の前に落ちたその木剣には、乾きかけた血が付いていた。レオは顔を上げて、スファンと一緒に家に戻っていく父の背中を見ていた。父は一度も振り返らずに家に戻入っていった。

 レオは地面に座り込んだ。いくら木剣とは言え、あちこちにできた擦り傷からは血が滲んでいた。両手と両ひざには土がついている。それを叩き落として、父の木剣を拾った。それから立ち上がると、後ろに飛ばされた木剣を拾おうと前に屈んだ。その弾みか、彼の丸い瞳からボロッと涙が零れた。レオは唇を噛みしめながら、声を殺した。

 彼は土で汚れた袖で涙を拭うと、父の剣を握りなおした。それから、一度、二度と連続して木剣を振る。――と、突然顔をしかめて地面に倒れ込む。ズボンの裾を捲って自分の足を見てみると、父に打たれた箇所が青あざになって腫れていた。

 だがレオはもう一度立ち上がると再び木剣を振り出した。彼の練習は、日が落ちるまで続いた。


「馬鹿の一つ覚えみたく、剣を振るしか脳が無いのか?――あぁ、そういえば魔力も無いのか」


 スファンだった。とっぷりと日が暮れた頃、庭で鍛錬をするレオに言った。


「・・・スファン兄さん。勉強はもういいのですか」

「あぁ、魔法の勉強はもう飽きた!父さんの教え方が冗長なもんで眠くなってしまったよ」

「・・・」


 レオは何も言わずに剣を振り続けた。


「おい、聞いてんのか!」

「・・・えぇ、聞いてます」

「なら返事くらいしろ!だからお前は駄目なんだよ!!」


 そう言って庭に向かって唾を吐くと、スファンは廊下の奥に消えていった。


「俺は駄目な奴、か・・・」


 レオは呟くと、持っていた木剣を突然地面に投げ捨てた。木剣は地面に打ち付けられた衝撃で割れてしまった。再びレオの黒い瞳に涙が溜まる。今度は嗚咽を我慢することができなかった。レオは小さく丸くなると、できるだけ声が聞こえないように泣いた。


「――まぁ、レオ。こんなところに居たの?」


 優しい声。レオは顔を上げなかった。


「こんなに遅くまで、剣の練習をしていたの?」


 レオは顔を上げずに頷いた。


「こんなに泥だらけになって、傷まで・・・手当をするから、母さんの部屋にいらっしゃい。そのあと夕食にしましょう」


 ついにレオは顔を上げた。彼の顔は土と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。カールした赤毛を腰まで伸ばしたレオの母親は、彼の顔をハンカチで優しく拭くと、タコだらけの彼の手を取って自室へと連れて行った。

 母親は木桶に入れた暖かい湯でレオの汚れを拭きとった。傷には薬草をすり潰したものを塗り、その上から包帯を巻いた。薬草を塗る時にレオが唇を噛んで我慢している様子を見て、彼女はそっとレオの髪を撫でた。

 レオの手当が粗方終わると、母親はキッチンから沢山のパンと暖かいシチューを持ってきた。


「みんなには内緒ね」


 そう言って、陶器に入ったプリンもレオに渡した。練習続きですっかり疲れていたレオは、あっという間にパンとシチューを平らげたが、プリンは半分しか食べなかった。


「あら、お腹いっぱい?」


 そう聞く母親に、レオはプリンを差し出した。


「半分、あげるよ」

「――あら」


 母親は嬉しそうに微笑むと、レオの差し出したプリンを受け取る。スプーンで掬って口に運ぶと「美味しいね」と言った。


 それから約10年程経った頃、レオは黒い制服を着て、アクノス城の謁見の間に立っていた。兄二人には敵わなかったが、母の身長はとうに越してしまった。頬の贅肉はすっかり落ち、彼の顔に幼さはもう残っていない。細かった手足には程よく筋肉がつき、長年に渡る鍛錬の中で出来た傷跡がいくつか肌に残っていた。

 レオの周囲には彼と同じように制服を着用した男女が約100名程立っていた。彼らは皆若く、一番幼く見える者は16か18歳くらいにしか見えない。ほとんどが緊張した面持ちで背筋を伸ばして立っており、ほんの数名だけが目をギラつかせて玉座に座る王を見つめていた。


「皆、よく三年間の鍛錬に耐えた」


 しゃがれた国王の声。


「これよりお主らを第三隊の隊員とする。王の為、国の為、その身を尽くして働くように」


 隊士達は王の言葉に感激したような面持ちで敬礼をした。うら若い2人の侍女が、国王の後ろから隊員を見下ろしていた。


◆◆◆


「いやぁ~これでやっと国王騎士団だよ!長かったぁ~!!」


 レオの肩に腕を回しながら、中肉中背の男は言った。

 中庭では、第三隊に任命された隊士達が集まっていた。酒瓶片手に騒いでいる者たちまでいる始末だが、この日ばかりは城を警護している隊士もとやかく言ったりしなかった。


「シヴィラ、俺はお前が一切痩せないまま卒業試験を合格できたことが驚きだ」

「なぬ!?レオ、僕がただのデブだと思っているのか!?」

「思ってるよ」


 レオはそう言って笑った。


「確かに僕は卒業試験はギリギリだった。正直成績は下から数えた方が早いレベルだ。でもな、そういう奴ほど本番には強いんだぜ!?」

「どーだか」

「真面目に聞けって!」


 返事をしようと思っていたレオの視界に、彼と同じ色の髪をした男の姿が映った。さっきまで楽しそうに笑っていた彼の表情から、一気に笑みが消えた。レオはギロリ、とその男を睨みつけた。


「・・・実の兄に向ってその目は無いだろ、レオ」

「お久しぶりです。カイ兄さん」


 カイと呼ばれた男はレオと同じ色の髪をハーフアップに纏めていた。背はレオより一回り高い。がっしりとした体つきをしており、赤い制服がよく似合っている。彼の太い腕に巻かれた腕章には、獅子の絵柄が刺繍されていた。


「お前の事だ、耐えられずに逃げ出すと思っていたよ。スファン兄さんと賭けようと思ったが、どちらも逃げ出す方に賭けようとするからゲームにならなかったんだ。だがこれは賭けていなくて良かったな」

「・・・そうですか」

「ま、配属先が第三隊っていうのは予想通りだな。もし俺の第二隊に来られたらどうしようかと思っていたが、来ないでくれて助かった」

「・・・」

「せいぜい敵前逃亡みたいな、家名に泥を塗るような死に方だけはしないように。じゃあな」


 カイは手を振ると城の方へと戻っていった。


「何あれ、くっそ嫌なやつ!!あれお前の兄貴か!?」


 シヴィラはカイの去っていた方に向かって舌を突き出して見せた。


「ああ、あんなのでも一応兄貴だ。第二隊の副隊長。その内隊長になるだろうって言われてる」

「なんだそりゃ!じゃあお前もその内隊長になれるってわけ?」

「・・・俺は、違うよ」

「違うって?」

「・・・何でもいいだろ」

「あ、おい!」


 レオはシヴィラを置いて、騒ぎ立てる同僚の間を抜けるようにして兵舎の方へ去っていった。

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