第8話 レオの挑戦

 レオは腰のベルトに吊るしていた袋から地図を取り出すと、道端でそれを広げた。一番左手には巨大なアクノス城が描かれている。その右側にはオリヒオの街。現在セリーニ達が居る場所だ。オリヒオの街の右手には北から南にかけてながれる運河があり、その運河を横切るように橋の絵が描かれている。その橋を指さしながらレオは言った。


「この街を南に行くと運河を横切る橋があるはずです。その橋を渡り、パルセスの街へと向かいましょう。そこからさらに東に向かえば、魔王が目撃された街があります」

「分かった」とセリーニ。

「ひとまず馬車を捕まえます」


 崩れた屋台を建て直す男がたくましい腕で汗を拭い、その横では女性が集まってオオガラスがどれ程恐ろしかったかを口々に喋っている。地面に散らばった野菜や果物は片付けられ、傷ついていない食物だけが店先に並んでいた。国王騎士団の騎士が未だに警戒を続けていたが、街はほぼ日常を取り戻しているようだった。

 二人は街道を南に下り、中央広場を抜けるとさらに真っすぐ歩いた。


「すまない、そこの馬車」


 レオは南門付近に待機していた御者の男に声をかけた。男は40~50代くらいの大男で、髪は綺麗に剃り落し口の周りに黒い髭を蓄えている。職業柄か、全身黒く日焼けしていた。


「パルセスまで」


 そう言ってレオは腰のポーチから銀貨を取り出そうとしたが、御者が妙な顔をして彼のことを見ていることに気が付いた。


「南の橋を通っていきたいんだが」

「橋ィ!?何言ってんだ、あれはつい先日、落とされたばっかりだろうが!」

「落とされた!?」

「そうよ。なんでも最近魔物が増えたせいで、魔物に落とされたんだと。だからあそこに行ったって東に渡れやしねぇよ」

「それならパルセスの街はどうなっているんだ?」

「知らねぇよ。そこらへんに居る騎士様にでも聞いてみな。ったく、こっちは商売あがったりだ!」


 御者はペッと唾を吐くと、馬を引いてどこかへ行ってしまった。

 

「・・・ドラゴンって」

「今頃城に帰っているでしょうね」


 セリーニの言葉に被せるように、レオはそう言った。


「「・・・・・・」」


 二人は御者の居なくなった南門を見ながら途方に暮れた。


「パゴノ山を登るしか無いんじゃないか?」


 セリーニは言った。アクティノが「ぱごの」と真似をする。


「だとしても、パゴノ山の入り口は氷壁に閉ざされていると聞きます。先ずはその氷壁を壊さないことには・・・」

「どのくらいの大きさ?場合によっては壊せるかも」そう言って自身の拳を目の高さまで持ち上げるセリーニ。

「やめておいたほうが良いだろうねー」


 背後から男の声がした。二人が振り向くと、そこにはエラフリスが立っていた。「やぁ」と言いながら片手を上げる。彼のもう一方の手は、淡い水色のワンピースを着た可愛らしい少女の腰に回されていた。レオはエラフリスの事を見て、あきらかに顔をしかめた。


「止めた方がいい?」とセリーニ。

「雪山だよ?セリーニが壁を崩して大きな音を立ててみなよ、良くて雪崩、悪くて妖精にとり殺されるよ」


 エラフリスと一緒にいた少女が、「こわーい」と言って彼に抱きついた。


「妖精っていうのは?」

「雪の妖精。パゴノ山に住んでいるって言われてる。あの山から帰ってこなくなった人達は妖精に喰われたんだって言われているけど、本当の所は分からない。ただ、帰ってこなくなる人が居るのは本当だよ。今じゃ誰もあの山に入ろうとしない」

「強いのか?」

「さぁ?僕も会った事は無いからね。兎に角、ドラゴンで河を超えたほうがずっと安全だ。そこの騎士様ならドラゴンの一匹や二匹連れてるでしょ?」


 そう言われて、セリーニとレオは黙り込んだ。


「・・・え、居ないの?」

「ドラゴンが居るならわざわざ山なんて越えませんよ」レオはエラフリスの顔も見ずにそう言った。

「まぁ、確かにね。まだこの街にいたのはそういう理由か。――ま、僕はこれからデートだから、あとは頑張って」


 エラフリスは少女を連れ、街道沿いのカフェに入ろうと踵を返した。だが、セリーニが彼のジャケットをがしりと掴んだ。


「・・・?セリーニも来る?」


 振り返りながらエラフリスが言った。少女が「えー」と頬を膨らませている。


「エラフリス、あんた、魔法使えたよね?」

「・・・どうだったかな」

「しかもそれ、炎だったよね?」

「覚えてないなぁー」

「報酬なら弾む。レオが」

「エッ」


 突然のことに、レオが思わず声を上げた。


「どうせ後で国からお金出るだろ」

「そ、それは・・・まぁ・・・」レオはたじろいでいる。

「なら問題ないな」

「いや、問題はあるよ」


 エラフリスは体を再びこちらに向けた。


「僕はお金を払ってもらってもやりたくない」

「どうして」

「危険なことに首を突っ込みたくないから」

「・・・麓までで良い。もし魔物が来たら私が倒す」

「うーん・・・でもなぁ。納得いかないなぁ。僕がいうことを聞く理由がない」


 出すカードが無くなり、セリーニは言葉に詰まる。


「では、男らしく勝負というのはどうか」


 レオがそう言って剣に手をかける。レオの様子に驚いた少女が、小さな悲鳴を上げて逃げて行ってしまった。少女の後ろ姿を横目に見ながら、エラフリスは心底がっかりした様子でため息をついた。


「これだから野蛮人は」

「なんだと!?」

「大体ね、そういうのは君の得意分野だろ?自分の得意分野で僕に勝ったとして、かっこ悪いと思わないわけ?」

「ぐ・・・減らず口を・・・。では、どんな勝負なら受けるのか」

「そうだなぁ~。じゃあ、こうしよう。これから2時間猶予を上げる。その間に、レオ、君が1人でも女の子をナンパして連れてこられたら僕は君たちに協力しよう」

「――なっ!?」


 セリーニは頭を抱えた。


「逃げるならそれでも構わないよ?僕は新しい女の子を見つけ、君たちが雪山で立往生している中で女の子とたのしーい夜を過ごすってだけだから」


 エラフリスは心底楽しそうに微笑んでいる。


「逃げるか!!」そう口走ってしまってから、レオは我に返ったようだった。

「良い意気だね!じゃあ今からきっかり2時間後、正午ごろにこの南門に集合だ。ちなみに、お金で釣るなんて卑怯な手は使わないでね」


 そう言われた時、レオの目が明らかに泳いだ。


「不正だって分かっても僕は協力しないから。・・・可哀そうだから、セリーニにアドバイスを受ける事は許可するよ。それじゃ、頑張って」


 嬉々とした表情のまま、エラフリスはカフェへ入って行った。レオは耳まで真っ赤に染めながら、「セリーニさん!行きますよ!!」と大声で言うなり大股に中央広場へと向かうのだった。



 

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