第25話〜森の守護者
眠るチョコを鉛のように重い腕で抱き、ユウキ達は森に向かって歩いていた。
ユウキが寝かされていたのは木造の宿舎のような場所で、外にはまばらに家や畑がある田舎の風景が広がっている。
不思議と人の気配は希薄で、過ごしやすい穏やかな気候に長閑な風景に、まるで時代を超えて過去にやって来たような気分になる。
時守の里は、まるで時間の流れに取り残されたような、穏やかな時の流れる場所だった。
時折オクタたちのように仮面をつけた、服装は農夫のような人たちにあいさつをされる。
仮面さえなければ違和感なく、本当に平和な田舎のような場所だった。
「ここ、いいところでしょ」
キョロキョロと里を見るユウキの姿に気を良くしたのか、年相応の笑顔を浮かべるバーシャン。
とはいえ仮面越しでは見えないが、なんとなく雰囲気は伝わった。
「うん。なんか穏やかな場所だね」
「私が生まれるよりずっと前にオウル様がかつての仲間達と作り上げたらしいわ。確かお姉様もお手伝いしたとか」
「ええ。かつての騒乱の時代の折、戦う術を持たぬ者達を保護するため、オウル様が戦友や個人的な繋がりを使ってこの里を作り上げました。恐らく外の世界が滅んだとしてもこの里だけはこの場所にあり続けるでしょうね。それほど特殊な場所です」
それは旅の道中に聞いたこの大陸の歴史。
今からほんの20年前。
主だった国々で大規模な戦争があった。
元は勇者をめぐる争いが発端となり、騒乱の最中叛旗を翻した各地の奴隷達がさらに周辺の国々を巻き込んでの争い。
多くの歴史ある街や国が消え、各地の聖獣や叡智あるものたちが死に絶え、あるいは姿をくらました。
そしてこの世界が滅びる寸前までいった戦争もいつしか終息を迎え、世界は一応の平穏を迎えることができたのだ。
「この里はユウキが認識できる以上に広いから迷わないでね。あとこれから行く森の奥には未だに傷の癒えない方や浮世から退いた存在もいるし、あまり騒がないこと!」
「あ、うん。分かったよ」
(オクタさん、何歳なんだ?)
この世界の歴史はある程度教わっていたため、この里ができるに至った流れはなんとなく分かった。
とはいえ戦争を体験したことのないユウキにとっては一番気になるのがオクタの年齢であったのは、平和ボケが未だに抜けきらないと嘆くべきなのか。
しかし戦争を体験している時点で最低でも二十歳は越え、口ぶりからするとさらに…。
ともあれ今は何事もなく、ユウキたちは目視できる森に向かって歩を進めていった。
コーン…………コーン…………コーン………
森に入る少し前から聞こえていた音が段々と大きくなって来た。
どうやら森で作業している人がいるらしい。
「まずは森の守護をしてくれている人に話を通すわよ。ちょっと真面目すぎる方だけど、余程のことがない限り怒ることもないから安心して」
そう言ってバーシャンが先頭に立ちどんどん森の奥へと進んで行く。
森は明らかに人の手が入っていることの分かる様子だった。
舗装された道などないが、踏み固められた歩きやすい道が自然の流れで作られている。
そして歩くこと十数分。
ユウキは森の守護者に出会った。
浅黒い鋼のような皮膚と、筋肉が隆起しはち切れんばかりの肉体。
言い表すならば筋肉の鎧か。
森の木々を思わせる長髪を後ろに一まとめにした小山のような巨人だ。
全長は5メートルを優に越えることだろう。
露出した肌には無数の傷跡。
背中には黒光りする棍棒、そして腰には巨大な斧が下げられていた。
傍らには先ほど切り倒されたばかりと見える木々が積み重ねられ、どうやらユウキたちが森に入った時点で出迎える用意は出来ていたらしい。
輪切りにされた丸太が三つ、ユウキたちの目の前に並べられていた。
巨人族と一言に言っても、この世界には何種類もの種族がいる。
人にしては大柄程度の大きさの種族もいれば、森の木々すら芝生程度に見える程の巨体の種族もいる。
オクタが旅の合間にしてくれたこの大陸の話の中には、かつて大津波を引き起こし現れた数百メートルを優に越える大巨人たちの記録もあるという。
さすがファンタジーの世界と言うべきなのか、しかしそういった存在もまたこの世界ではおとぎ話や伝説に語られるだけということも多い。
ちなみにオクタがこれまでに見た中で一番大きな生き物は一つの国をまるまる背負った亀で、全長はおそらく十数キロに及んでいたとか。
「久しぶりですね、ガゴン。調子はどうかしら?」
巨人、ガゴンは無言で頷く。
「そうですか。泉へ行きたいのだけれど、今日は大丈夫かしら」
またも頷くガゴン。
「そう、ありがとう。ごめんなさい、久しぶりですし、ゆっくり話したいけれど、病み上がりの子がいるので」
ガゴンは気にするな、という風に首を振る。
そして横を指差すと無言で立ち上がり、作業に戻っていった。
「どうやら今日はこちらの道が安全のようですね。では行きますか。くれぐれも離れて迷子にならないように」
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