第26話〜白い雪の化身

いつしか森は人の手が入っていない状態に変わっていた。


不思議なことに、この森には四季があるらしかった。


それは季節の移り変わりという意味ではなく、紅葉した樹木が並んでいたかと思えば、いつの間にやら桜によく似た木が色付いていたりする。


季節など関係なく、まるで切り取られて来たように四季が混在していて、なおかつそれらが違和感なく存在しているのだ。


ちなみに気温などに変化は見られず、天候も穏やかなものだった。




途中何度か休憩を挟み、辿り着いたのは水晶のように透き通った木々に囲まれた泉。


水面に浮かぶのは睡蓮によく似た植物で、青い燐光を放つ淡い花が咲いている。


そしてその燐光に似た光を放ちながら飛んでいるのは妖精というやつであろうか。


幻想的な光景にユウキはしばらく無言で魅入ってしまった。


「……この世界に来て、初めて異世界らしい景色に出会った気がするな」


空は晴れているのに泉にだけ雪が舞っていた。


水面を睡蓮と妖精が煌めかせ、そして柔らかく舞い降る雪は水面にたどり着くと波紋を残して儚く消えゆく。


いや、よく見れば逆だ。


透き通った水面に波紋が広がると、そこから雪が生まれている。


そして空気に溶け込むように解けて消えるのだ。


この世界を旅して回った半年の間にも言葉を失うほどの絶景には何度か遭遇したが、地球では決してありえないこの光景は格別だった。


この森はある意味でもっとも異世界らしい空間のようだ。


泉に近づくと涼しげな澄んだ空気が肺を満たしていくのが分かった。


心が洗われるような清涼感、そしてどこか神聖さも感じた。


気がつけば魅入ったまま思考が止まっていたらしい。


泉の奥、水面と畔りにかかるように建てられた社。


そこにどこまでも白い雪の化身がいた。


現れたのではなく、最初からいた。


この場に、これだけ近くにいながら、それでもなぜ即座に気付けなかったのか不思議なほどに圧倒的な存在感。


清らかさと静謐さ、そして思わず息を呑むほどの神聖さを放つ純白な獣。


それは一匹の大きな狼だった。


そして丸まって眠る狼にもたれかかるようにして眠っているのはオウルだった。


「あの方はオウル様の契約獣である聖獣、スノウフェンリルのユキ様です」


オクタの声は、あまりに美しすぎる一枚の絵のようなその光景に呑まれたユウキの耳を素通りしていった。

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