第10話〜無知は命を繋ぐ糸に

ユウキとチョコが仮拠点の泉のほとりに行くと、オクタが早朝仕留めたばかりとおぼしきうさぎを捌いているところだった。


あいも変わらず鎧姿で、ユウキは彼女の仮面下の素顔を含めて素肌すら見たことがない。


それはオウルもそうなのだが。


さすがに水浴びなどを覗くほど命知らずではない。


「わふっ!」


小麦色の毛玉のような見た目でも元野生の犬(?)らしくチョコは肉が好きだ。


ユウキの元から離れ、トコトコトコ!と転がるようにオクタの足元に突進して行く。


「チョコ、危ないですよ」


案の定勢いのまま止まれず、コロコロと転がってオクタの足にぶつかりそうになったところで、不意にチョコが宙に浮いた。


そしてゆっくりと少し離れた場所に着地する。


オクタの《不可視の糸》。


手足のように繊細に操る糸は、まるで見えざる手のように細かい作業もできる。


現にオクタは泉のほとりにある小岩に腰掛けながら本を読んでいて、宙に浮いたうさぎが勝手に切り別れては鍋に入って行く。


「オクタさん、手伝うことはありますか?」


ユウキが近付きながらそう言うと、


「そうですね。では丁度いいので火種を出して焚き火を用意して下さい。後は鍋を火にかけるだけですので」


そう言ってオクタは本を閉じた。


「私はオウル様を呼んできます」


「分かりました」


ユウキは当たり前のように泉の上を歩いて行く(おそらく《不可視の糸》による表面張力で浮いている)オクタを見送った。


そして後は火を付けるだけの薪の前にしゃがみこむ。


「よし」


集中して、薪に向けた指先に《闘気》とは別のものを、丹田ではなく心臓の真横辺りから流れる魔力を意識して流し込む。


そして火のイメージと共に、ライターに着火する感覚で指先に火を灯した。


すると指先から数ミリほどのところに小さな火が生じる。


そう、魔法だ。


この世界には魔法がある。


ユウキの魔力の保有量はそれほどでもないため大したことはできないが、それでも簡単な魔法が使えるようになったときは興奮して魔力切れで気絶するまで魔法を使っていたものだ。


ちなみにユウキは火打ち石を使って火を付けることもできる。


一通りの技術を覚えてから魔法を教わり、なぜ簡単な方法(魔法)があるのにアナログな手法を使うのか尋ねたところ、


「無知は命を繋ぐ糸に気付けないと言うことですよ」


と言われ、なんとなく意味を理解した。


確かに、生きるには知識と技術はあって無駄はない。


安易な方法だけに頼っていたら、たった一つの方法しか知らなければ、それができなくなれば詰んでしまう。


火をつけるという行為にしても方法は幾つでもあるし、使える手はいくつあっても嵩張るわけでもない。


ましてやここは漫画やアニメの世界ではなく現実なのだから、安易な手法だけを使っていたらいずれ足元をすくわれるようになる。


それをこの半年で嫌になる程痛感した。


歩き方一つ、そこらに生えている植物一つ、火の付け方一つ取っても『知らない』というのは恐ろしいことだ。


「わふー♪」


「こらこら、まだ火にかけたばかりなんだから我慢しなって。二人が戻ってくるまで我慢しような」

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