第3話〜走る、走る、走る

走る、走る、走る。


木の根に足を取られ、枝に頬を打たれ、打撲と擦り傷で全身が熱い。


けれど足を止めるという選択肢だけは選べない。


一体どれだけ逃げ続けただろうか。


体感では何時間も走り続けているように思えるが、実際にはほんの数分程度でしかないのかもしれない。


付かず離れず追いかけてくる足音は途切れることはなく、ユウキが転べば蹴り転がされる。


足を止めれば、近くの木々に持っている鉈のようなものを打ち付けて走るのを強要される。


遊ばれていた。


弄ばれていた。


再び転んだ。


同時に足首に鋭い痛みが走った。


起き上がれないでいると、”ヤツ”が姿を現した。


醜悪な顔をした化け物。


濁った赤い瞳にボロを纏った体躯。


尖った牙の覗く口からはよだれを垂らし、手に持ったボロボロの鉈の峰を手に打ち付けて嗤う。


まるで悪意から産み落とされた餓鬼のようだった。


”ソレ”はユウキが立ち上がれずにいることを知ると、馬鹿にしたように汚らしい耳障りな声をあげて笑った。


すると周囲からいくつもの足音が近づいてきた。


1、2、3……。


全部で7体のソレらはユウキを囲むように立ち、舌舐めずりをして錆びたシャッターのような声で不協和音を奏でる。


そのうちの一体が手に持った棍棒でユウキの脇腹を打ち据えた。


「がっ…⁉︎」


声をあげたユウキに沸き立つソレらは、まるで虫を嬲りものにして楽しむ子供のよう。


ただしこれらに無邪気さなどなく、ただただ悪意と粘りつくような醜悪さがあった。


蹴られ、殴られ、打ち据えられる。


泥塗れだったユウキの学ランに赤黒いものが混じり、ついには鉈の峰で殴られた右腕の前腕部の骨から生木をへし折るような音が響いた。


「……‼︎……っ⁉︎」


限度を超えた痛みに悲鳴すら出ない。


無意識に暴れるユウキをソレらが押さえつけ、さらに折れた右腕を執拗に踏み躙った。


「あああああぁあああぁぁぁぁっ‼︎⁉︎」


肺を絞り出すように声をあげた。


喉が焼ける。


しかし腕の痛みは消せない。


ソレらの笑い声が高らかに響き渡る。


何故、なぜ、ナゼ?


なぜ自分はここに居るのか?


なぜ自分がこんな目に合わなければならないのか?


疑問が、恐怖が、痛みが全身を駆け巡る。


見開かれた瞳に映る、ユウキの頭に向けて振り下ろされる鉈。


峰ではなく、錆びて、ボロボロで、しかし人の頭など簡単に、それこそカボチャのように潰せる凶器。


目を閉じた。


折れた腕も使って頭を庇った。


しかしその程度では訪れるであろう絶望は防げない。


全身を丸めて、力を込めて。


しかし。


いつまで経っても絶望はやって来なかった。


まぶたを開く恐怖よりも。


それよりも何もわからない未知の恐怖が勝った。


瞳を開いたユウキの視界に飛び込んできたのは。


宙に吊るされた7体のソレらと。


いつの間にか傍に立って居た、二組の人影だった。

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