第11話 青白いアネモネ
奴を見つけてから数日後、目前に迫った文化祭の準備のため居残りをしていた。正確には強要されたと言った方が正しい。こんな場所には一秒たりとも長く居たくないのだが、学校生活を営んでいるうえで必要なことだからしているだけだ。
「シズル君と優君とでごみ捨てに行ってくれない?」
文化祭の実行委員長が言ってきた。僕はしぶしぶ床に2つ置かれたパンパンにゴミ袋を持つ。中には折り紙の切れ端やビニールテープ、びりびりになった段ボールなどが詰め込まれている。最初、優君という奴が誰か分からなかったが誰でもよかった。だが、隣にあるゴミ袋を持ったのは奴だった。優も僕と同じで顔から漏れ出す不満といら立ちを抑え込んでいるような表情をしている。眼鏡の奥にある目は死んでいた。この腐った空間で体を蝕んでいくものをできるだけ見ないように、聞かないように、感じないように努力しているのだろう。優は僕が隣にいることすら知らない様子で教室から出ていた。そのあとを僕は追いかけた。
長い廊下、窓の外では生徒たちが色とりどりの飾りつけをしていた。血のような赤色、虫の体液のような黄色、芋虫のような白色が無機質な黄土色を侵食していく。不細工な女子たちはしょうもないギャグでより一層顔を崩している。ある者はカエルのように大きく口を開いて、体をくの字に曲げている。ある者はピエロのように口角を上げ、紙をくしゃくしゃにしたような下品な顔を作っている。その横では男子と女子がこのカオスな空間で肩に手をまわしてお互いの体をくっつけて笑っている。
気持ち悪い。
僕の表情はより一層歪む。奴のほうに視線を向けてみると、口を一文字に噤み、眉間にはしわが寄っていた。奴も同じように感じているんだ。同じ感覚を持った人がいるだけで僕の心は少し穏やかな気持ちになった。
窓の外の中庭には垂れ幕の位置調整をするために大きな声を出している男子がいた。ふと近くの花壇に青みがかった白色のアネモネの花が咲いていた。それを眺めながら自然に口が開いた。
「アネモネって好き?」
優は僕が話しかけてきたことに少し驚いた表情を見せた。
「アネモネってどれのこと? 花? エウレカ? コインロッカー?」
「全部」
優は少し考えた。多分一つひとつ思い出しているのだろう。
「花は分からない。エウレカだったら一番好きなのがホランド。コインロッカーは好き。
お前は?」
「花自体興味ない。エウレカだとエウレカが一番好き。コインロッカーはキクが好き」
優はふぅーんと興味がなさそうな感じで返事をした。
廊下を抜け、下駄箱が並んだ玄関に着く。一つひとつの穴に番号が振られていて、様々な運動靴の後ろ姿が見える。僕らはその下駄箱に目もくれることなく素通りしていく。本来は下靴を履き替えなければならないのだが、そんなことは守らない。躊躇なくルールを破る僕らはこの空間の異端児である。
ゴミ捨て場に着き手に持っているゴミ袋をプラステックでできたダウトボックスに雑に投げ入れる。わしゃわしゃわしゃというビニールの音が夏と秋の間、蒸し暑さが残る苛立ちの日々を駆け抜けていった。ああ、どこかに飛び立ちたい。真っ青な空と輝く太陽は地べたに這いずり回る僕らを見下ろし、蔑み、嘲笑しているようだった。
優は助走をつけて投げ入れる。そして余った勢いを止めることなく右足でダストボックスを蹴る。バキッという音とともにグレーのプラステックに亀裂が入る。
「これくらいで割れるなよ。軟いな」
優はダストボックスに言葉を投げかける。その口調はどこか苛立ちが含まれていた。
僕たちは何事もなかったかのようにその場を去った。玄関前、三階建の校舎は物々しく佇んでいた。右上からの太陽の光が当たって、半分は明るく、半分は影になっていてどこか社会の本質、人間の二面性を暗示しているようだった。
「この学校好き?」
僕は優に質問した。この数分の行動を見ただけでも答えのわかる質問だ。だが、僕は本人の口から聞きたいのだ。それによって、仲間意識を感じ、共感するものがいることをはっきりとしたかった。
優は片方の口角を上げ、何当たり前のことを聞いてんだよ!っていう目をした。
「大っ嫌いだね。今すぐにでも全部燃やしてやりたいほどにね!」
僕も片方の口角を上げ、口を開いた。
「だよな」
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