第5話 僕は死に至る病

 目は開いている。朝の光が僕を照らし出す。目を開けた時は眩しくて目が刺さるように痛かった。この部屋は西向きで直射日光は入ってこないものの、十分な明るさを保っていた。目が慣れていくうちにだんだんと朝の光によって部屋全体がぼやっと浮き出ている。輪郭は曖昧で自分が寝ている場所すら定かではない部屋。天井まで聳え立つ本棚は僕の右下にあるのか、それとも真下にあるのか。そんな主観的で観念的な部屋にいた。

 目覚めてからすでに一時間が経過していた。その間、何もせず、ただただボーッと考えていた。何も生産性もなく、かと言って、気分が良くなるわけでもない。むしろ、気分は悪くなり、次の行動にも支障が出てくる最低のものだ。まったりとした憂鬱感が体をベッドの上で粘着シートのようにベットリとひっつける。右腕を上げるにはいつもの倍の力を必要とするし、上げた後もねばねばとした糸が腕の周りにへばりついている。それを振り払おうと上下左右に振るが、糸は絡まったまんま剥がれず、余計に絡まってしまった。それにより、腕の力はどんどんと抜けていき。やがて上げていることすら困難になっていった。そのままズブズブとベッドの中に沈んでいきそうな感覚に抵抗して、仰向けから左向きの姿勢に変える。その時、背中や足からはいろんな汁や臓器が出ている気がした。そして、完全に左向きの姿勢に変わった時には、今寝ていた場所に僕の中身が全て出て、僕と寸分違わない、見た目は全く違う、何かが横たわっている気がした。所詮、僕の中身なんて汚物と大差ないので何も気にせずに起き上がる。額には少しの汗がにじみ出ていた。Tシャツの袖で丁寧に拭き取ってから立ち上がる。頭がふわりとして、足の力が抜けてくる。ベッドフレームに手を置いて、倒れないように支える。ただじっと目を閉じ、ゆっくりと呼吸をしてふわりとした感覚が去っていくのを待つ。数十秒くらいで立ちくらみは収まり、スマホを持って一回のリビングへと降りた。

 リビングは12畳ほどで幅が僕のには僕の漫画、ラノベや母のファッション雑誌、料理本などが置かれている。僕と母で本の大きさが違うので、上段ほとんど僕のもので下段が母のものになっている。例外的に母のタレント本や僕の大判コミックなどが混ざっている。まるでコーヒーの上に垂らしたミルクのように、境界線は曖昧だがはっきりとした領域というものは存在している。

 台所に向かい、朝のトーストを焼いている間に紅茶を入れる。黄色いリプトンの表紙が輝いているように見える。ちんという軽快な音が出来上がりを知らせる。火傷しないように食パンの端を持ち、素早く皿に移す。冷蔵庫からマーガリンを取り出し、塗っていく。マーガリンは熱いパンの上で引き延ばされ、すぐに形が曖昧になり、液状化し、染み込んで形跡だけを残してなくなった。

 リビングの椅子に座り、TVをつける。すると、同時にブルーレイレコーダーも起動し始める。数十秒待ってから、映像が映る。急に大きな音が鳴ったのでびっくりしてリモコンの音量ボタンを連打し、25から14くらいまでに下げる。無音に慣れていた耳が急な刺激にキンとなる。昨日、母が音量をそのままにしていったことは明白だ。我が家では最後にテレビを使う人は音量を下げるというのが決まりだ。でないと、朝から不快な気分になるからだ。今みたいに。だが、僕はいつでも不快な気分だし、特に朝はそうだ。朝日はなぜ律儀に昇るのだろう。何千万年と働き続けているなら、1日くらい休めばいいのに。いや、この表現はおかしい。動いているのは太陽ではなく地球なのだ。ならば、地球が休めばいい。それか、明日にでも過労死してくれるなら嬉しいものだ。

 一回舌打ちをしてから、録画してあるアニメを見る。cmとopを飛ばして見始める。右手に宿した能力で敵の能力を打ち消し、絶対に勝てない相手をことごとく倒していく。世界の変革やらに関わる重要人物で、計画のイレギュラー的存在だ。性格もよく、周りに女もたくさんいる。そして、周りから必要とされ、周りを必要としている。胸の内に漂っているモヤモヤとした気持ちを抱いたまま見続ける。なぜ、嫉妬という気持ちというのが存在しているのだろう。現実的でない話。たとえ、こんな空想の物語の人間にすら嫉妬してしまう僕はどこか病気なのだろうか。僕は周りから必要ともされていないし、周りを必要とも思っていない。確かに、認められたいなどの「周り」を必要とはしているが、親身に寄り添ってくれるものや、愛なんてものは必要としていない。それに愛なら親からの愛で事足りている。僕がこんな落ちこぼれになっても文句一つ言わない。それは見放しているのではないか?と取る人もいるかもしれないが、それは間違っている。確かに、愛の鞭なんて言葉もあるが、その鞭でとどめをさしてしまったら元も子もないのだ。あの時、僕自身、心身ともにひどく傷ついていし、死の淵を彷徨っていた。死の縁でたくさんのものを落としてしまった。それは精神的にも、物理的にもだ。例を挙げるなら、卒業アルバムだ。


 

 

 

 

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