第4話 静止した闇の中で

  僕は眠りから目覚めた。開けっぱなしのカーテンからは秋の日差しが降り注ぐ。緩慢な動きで枕元にあるスマホで時間を確認する。8時半。生活リズムに狂いのない僕はいつの間にか目覚ましなしでもこの時間に起床してしまう。それは自分では止めることができないし、眠たくてもその時間には確実に起きてしまう。まるで、何かに操られているようだ。知らない誰かが僕を体の作りを設定して、それに無理やり従わされているようだ。その誰かを強いていうならば、過去の僕である。建物、人、道、目に映るもの全てが黒色だった高校生活。僕を容赦無く傷ついけ、悪びれることもなく去っていく。弱い人間は悪い。これは同じ歳の同じ地区の同じくらいの頭を持った人間を集めて、違いを際立たせた、視界を極端に狭まらせる場所が勝て然もなくばシネと脅迫してくる。それが世界の心理であるかのように。僕の心は盲目になり、くすんでいき、それに関連して体も荒れていた。そして、18の時、とりあえず物理的な体の修復をするためにこの生活リズムを始めたのだ。日がな1日ずっと空想の世界に浸っていた。物語という他人の空想。本、漫画、映画、アニメ、ゲームなどを一日中見たり、やったりした。だが、眠る前はどうしてもこの空想から抜け出さなければならなかった。寝ながらドラマCDを聞いたりもしたが、いっこうに眠れず朝を迎えてしまった。僕にとって0時前に眠るという行為は僕にとって多大な苦痛を伴った。明日が怖い。未来が僕を鎖でがんじがらめにし、八つ裂きにしようと必死に力を加えている。ベッドの上で身が裂けそうな痛みと終わることのない絶望に耐えながら遥か彼方からくる眠りを待ち続けていた。外という世界が怖かった。傷つけ、蹴落とし、見知らぬ顔をする世界が怖かった。そして、誰も僕に無関心だということが怖かったのだ。ただ、道端の虫のように踏みつけられても何も思われないように、ターミネーター殺される一般人のようにただすり潰されていくものにはなりたくなかった。僕は誰でも振り返るような力、もの、名声、金、なんでもいい。確固たるアイデンティティーが欲しかった。だが、徐々に何も起こらない日々に安堵するようになった。明日になっても何もない。これが僕の救いとなった。全ては僕の範疇にあるし、僕の意思通りに動かせる。他人の空想の世界は僕(主人公)にとって都合の良い運命(シナリオ)を用意してくれる。主人公にとって不幸な運命でもそれ自体がある種のアイデンティティーの確立に役立ち、幸運をもたらす場合も多い。それに嫌なら見ることを止める選択肢だって与えられている。この閉鎖された世界で神になったと言っても過言ではない。こうした根拠のない安心感は精神的余裕を生み、緩やかな平穏な日々は平穏さは絡まった未来の鎖を一時的に緩めてくれた。だが、僕の中に潜む承認欲求はそんなものでは抑え切れないほどに大きく、醜く、どす黒いものだった。元来、僕という人間は人を見下すことに生きがいを感じていたほどだったのだ。人より良い成績を取り、地元では3番めの進学校に進む。人よりもテストの点数がいいと体が震えるくらいに楽しい気分になった。その反対もある。馬鹿にしていた相手に点数が負けると今にも泣き崩れそうなくらいの絶望と自分の存在意義に亀裂が入った。そんな人間がなぜ1番の進学校ではないかという理由については、努力することが嫌いだからだ。でも、人よりも優れた成績を取りたい。つまり、何もしなくてもいい成績の取れる天才になりたかったのだ。付け加えるなら、全てが思い通りにいくような、くじですら一等を取れるような人間になりたかったのだ。無論そんな人間はいないことは承知の上でなりたかったのだ。だが、それは止められない欲求なのだ。事実、僕は今でもなぜ世界が自分の思い通りにいかないのかがわからない。世界が主観的なものなら思い通りになってもいいはずなのに。しかし、起こる事象は都合のいいものばかりではないのが事実だ。そのことに対して、一時期は、いや、今も、ドロドロと真っ赤に発光しているマグマのような怒りを心のうちに秘めている。そして、極度の比較症は僕を内側から破壊した。

 

 

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