通学路、振り返るとそこにいる(ホラー)

ぬまちゃん

声をかけられて

 お昼休みに塾の宿題をやっていたら、クラスメートの久美子がおずおずとやって来た。


「ねえねえ、今日は一緒に帰ろう!」

「どうしたの? いつもは部活動で最終下校時間まで学校にいるのに」

「あ、うん。ちょっと困った事があってさ。夜遅くに一人で通学路を通りたくないんだよね」

「ああ、そうなんだ。良いよ、どうせ私は学校から塾に直行だから一緒に帰ろう!」


 そして、放課後になった。帰り支度を終えて教室を出ようと思ったけど、一緒に帰る約束をした久美子が見当たらない……。あれ? トイレにでも行ったのかしらと思って、教室で待っていた。そこへ、たまたま教室に戻って来たクラスメートに「久美子を見かけなかった?」と聞いたら「え? 久美子ならさっきバタバタしながら帰ったよ」と言われた。


 え? だって、今日は一緒に帰ろうって、久美子から誘って来たのに――勝手に一人で帰っちゃったということ――それってないんじゃない? 私は少しムッとして教室を出て塾に向かった。


 ◇ ◇ ◇


 翌日の朝。


 私は、朝一番に久美子の座っている席に行って、少しイラっとした感情のこもった声で、私との約束を反故にした理由を問いただした。


「おはよう、久美子。昨日はどうしちゃったの? 一緒に帰ろうって約束したのに急に帰っちゃったでしょう? 別に私は怒ってないけど、帰るのなら一言ぐらい声をかけて欲しかったな……」

「ああ、ごめんね。真紀。なんか、真紀と一緒に帰ったらアナタまで巻き込んじゃうのかも、って思って……ホント、ごめんね」

「別に、私は気にしてないよ。でもさ、乗りかかった船だし。久美子が困っているなら私も相談にのるからさ。もしも変な男にストーカーされてるなら、一人より二人だよ」

「う、うん。そうだよね。そうなんだけど……。分かった、そこまで言ってくれるのなら、今日こそ一緒に帰ろう。学校を速攻で出れば暗くなる前に駅まで行けるものね」


 久美子はうつむきながら、言葉を選ぶように私に返事をする。久美子のオドオドした感じからすると、悪質なストーカーに狙われているのだろう。私が付いていれば簡単には近づけないだろうし、場合によってはスマホで写メして警察に提出してやろうかしら。


 ◇ ◇ ◇


 そして、放課後。


 久美子は返り支度をしている私の横に来て「真紀。さあ、暗くなる前にさっさと帰ろう!」とせかすように告げる。……それから不思議なことを言った。


「私と一緒に帰る時にさ。もしも、もしもだけど、誰かに声をかけられても絶対に振り向いちゃダメだよ」

「分かってるって、久美子。ストーカーと目を合わせると向こうは感情的になっちゃうから刃傷沙汰になることがあるってことでしょう?」

「ううん、そうじゃなくて……。とにかく約束してね。絶対に振り向かないって」

「分かった、わかった。約束するからさ。声をかけられても振り向かないって約束するよ」


 私達は、校門を出て大急ぎで駅に向かって歩き始めた。秋の日の落ち方は早い。まさにつるべ落としのように、ストンと落ちていく。久美子は言葉少なげに、後ろを気にしながら、速足で進む。私も、久美子を守るように半歩後ろを同じペースで歩く。

 歩きながら、半歩前を歩く久美子がボソボソと話始める。


「この道を少し行ったところにコンビニがあって、その後公園まで街頭が無くて暗い場所があるでしょ? その道の横に小さなお地蔵さんが6体並んでるの知ってる?」

「ああ、あれね。あれはお地蔵さんじゃなくて、道祖神ていうのよ。なんでも古くからある道には必ずあるらしいの。昔の人の旅の安全を守るための神様なんだってね」

「ふうん。お地蔵様じゃあないのか。でも道祖神ていうんだから神様なんだよね? ばちなんか当たらないでしょ?」

「え? どういうこと。神様だって悪い事されたらばちを当てる事って古今東西沢山あるよ。ほら神話とか昔話とかでもそうじゃない? ……」


 私が道祖神の話をしたら、彼女は急に立ち止まってこちらを振り返った。彼女の顔は夕日の逆光で良く分からなかった。


「私と智子……あの道祖神にいたずらしちゃったんだよね。悪気はなかったんだよ、ホントだよ。つい出来心っていうか――ほら気の迷いっていうか――」

「え? 智子って、このあいだ交通事故で亡くなった……」

「うん、彼女と一緒に、道祖神の顔に落書きしちゃったの。なんか、むしゃくしゃしてたんだよね、八つ当たりってやつかな」

「それはダメだよ久美子、そんな事されたら誰だって怒るでしょ?」

「うん、そうだよね。今思えば馬鹿なことしたなと思うんだけどさ……。でさ、それ以来、智子が変なこと言うようになったんだ。『あそこを通ると、声をかけられる』て……」


 逆光で表情が見えないが、久美子の声は震えていた。


「それで、私と一緒に帰りの通学路を歩いて欲しいと言われてたんだ。だけどあたしは部活動が忙しくて、そのチャンスが無かった――そしたら、あの事故が起こったんだ」


 久美子は両手で私の手をぎゅっとつかむ。彼女の手も声と同じように小刻みに震えていた。そして、秋の短い太陽は、すっかり地平線に沈んでしまい、私達の回りには夜のとばりが迫っていた。


「私、智子のお母さんから事故の時の様子を教えてもらったんだ。なんでも智子は、道祖神のある暗がりからコンビニ前の道路に逃げるように飛び出して来たって……」

「大丈夫だよ、久美子。あんたは道祖神にいたずらしたこと後悔してるんでしょ? だったらもう許してくれてるよ。私も一緒に歩いてあげるから、このままコンビニから公園まで一気に通っちゃおう」


 私は怯えてる久美子を励ますために、そう言って彼女の横にならんだ。彼女は前を向き直して右手で私の左手をぐっとつかむ。彼女の手のひらはジトっと湿っていた。


 それから、私と彼女は、二人で手をつないだままコンビニから街頭のない道祖伸のある場所を通過して公園の前まで無心になって歩いていった。二人はその間無言だった。


 公園の灯りが見え始めて、ほっとしたと思った時だった。横にいる彼女が突然立ち止まって顔は動かさずに私に聞いてきた。


「ねえ、今、声をかけられなかった? 『おい、そこのおまえ』て」

「え? そんなことないよ。私には聞こえなかったけど。後ろを振り返って確認しようか?」

「だめ! 絶対に振り向いちゃダメだよ。このまま、前を向いて公園の前までとにかく歩こう」


 彼女は、哀願する口調で私に話しかけて来る。私はストーカー対策として準備していた盗撮用スマホをスカートのポケットからそっと出して後ろに向かって無音シャッターを切った。


 二人で手をつないだまま公園前の明るい場所まで歩ききって、私は彼女に声をかけた。


「どう? まだ変な声聞こえる?」

「ううん。もう聞こえないみたい。ありがとう真紀、きっとさっきの声も幻聴だったんだね。真紀には聞こえなかったんでしょう?」

「うん、全然聞こえなかったよ。どんなこと言ってたの?」

「え! うん、……、なんかね、『おい、そこのおまえ。おまえだろう……』って私のことを呼びつけて怒っている感じだった」

「大丈夫だよ! ほらもう公園まで来たし。あとは駅まで明るい道だし」

「そうだね、そうだよね。ここから先の道は明るいし、人通りも多いし……。ありがとう真紀。ホント助かったよ」


 私達は、そのあと駅まで二人で歩いて別れた。私は駅から塾に向かい、彼女は電車に乗って帰って行った。


◇ ◇ ◇


 次の朝。


 私が学校に来たら、教室は大騒ぎになっていた。なんでも学校の生徒が交通事故にあって亡くなったらしいという噂だった。

 このあいだ、交通事故にあって亡くなったばかりなのに、また一人同じクラスの子が亡くなったのだ。教室中が大騒ぎになるのは当然だった。

 先生が青い顔をして教室に入って来た。昨日から一睡もしてないのは目の下のクマを見ればわかる。


「おはよう。皆には悲しいお知らせがあります。落ち着いて聞いてください。昨日の夜、クラスメートの久美子さんが自宅近くの交差点で亡くなり――」


 私は、先生の話を最後まで聞くことが出来なかった。だって、駅までは何事もなく一緒に帰れたのに。彼女の自宅近くで事故って、どういうこと?


 私は急いで昨日盗撮したはずの画像をスマホに表示した。


 ……


 その画像には、ほの暗い画面の向こうに何かの影が6体ぼんやりと映っていました。後ろを見ないでシャッターを押したので道の横にある道祖神が映りこんでしまったのでしょう……


 ただ不思議なのは、6体の道祖神の足元に交差点が映りこんでいたのです。だって、コンビニから公園までの通学路は一本道だから交差点なんか無かったはずなのに。

 そして、その交差点に、後ろを振り返った状態で飛び出している、私達の制服を着た女の子がハッキリと映っていたのです――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

通学路、振り返るとそこにいる(ホラー) ぬまちゃん @numachan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ