Aディナー

 数年前、エトルキア帝国とルフト連邦という2つの大国の間に大きな戦争があった。旧文明のオーバーテクノロジー――いわゆる「魔術」――を信奉するエトルキアは魔術の扱いに長けた子供を即戦力として戦場に送り込む特殊部隊をいくつも編成した。私たちもその1つ、第497錬成連隊の一員だった。

 人の死の意味も知らないまま、ただ大破壊をもたらすすべだけを刷り込まれ、数え切れないほどのルフトの都市を焼いた。

 だがエトルキアは負けた。大人の指揮官たちは基地と私たちを捨てて逃げ出し、私たちはルフトの捕虜になった。法廷も判決もない、捕われたその時から戦犯としての待遇だった。

 旧文明の戦闘機の精密なレプリカを使ったこの戦闘も、カメラを通して見ている観客たちにとっては娯楽のゲームに過ぎない。私たちの命をいかに有意義に消費するか、という問題に過ぎない。


……………


 監獄塔に戻った私たちをオリヴィアが出迎えた。戦闘のモニター映像を見ていたのだろう、「よくやったわね」と私たちの頭を撫でた。

 彼女の朗らかさは気分がよかった。でもたとえ私たちが死んでいても彼女は朗らかなままなのだろうな、という気がした。頭の上に乗った彼女の手にはそんな軽さが感じられた。

 私たちは飛行服を脱いだ。そしてオリヴィアは私たちに手錠をかけた。

「むーう、触媒があればこんなのイチコロなのになぁ」ミミが両手をぶんぶん振り回しながらぼやいた。

 触媒というのは要は杖のことだ。どんな強力な魔術師でも触媒がなければ魔術を扱えない。そして監獄には、触媒も、触媒になりそうな素材も、全くと言っていいほど存在しなかった。魔術を持たない私たちはあまりに無力で、逆に言えば監獄は私たちを封じ込めておくのにうってつけの場所だった。たとえ戦闘機に乗せても、空域から出さない限りルフトにとって私たちは無害な存在だった。


 私たちはもとの大部屋には戻らなかった。連れてこられたのは初めて見る2人部屋だった。左右に小さなベッドがあり、壁には洗面台と鏡がついていた。前の部屋よりいくつか上の階層だろう。相変わらず表は檻だが廊下の照明はしっかりしていた。

 オリヴィアがいなくなるとミミはベッドの上で飛び跳ねた。

「やった、ベッドだよ、ユキちゃん、ふっかふか」ミミは飛び跳ねながら小刻みに言った。

「やめろよフレームが曲がるだろ」私は空いている方のベッドに腰掛けながら言った。

 ミミが飛び跳ねたせいで自動的にベッドの所有権が決まってしまっていた。

「でも、なんであの部屋に戻んないんだろ?」ミミは跳ねるのをやめてベッドの上で突っ立ったまま訊いた。ベッドはまだ苦しそうにギィギィ呻いていた。

「あの部屋の子供とも戦うかもしれないからだろ。同じ部屋から出ていったら相手がわかっちゃうだろ。そこでケンカになるかもしれないし」

「それもそうか」


 10分ほどしてオリヴィアが夕食のトレーを持って戻ってきた。いい匂いがすると思ったけど、メインがチキンカツだった。今までの食事では肉や魚自体ほとんど出たことがなかった。

「わぁ、ユキちゃん肉だよ肉」ミミはよだれをじゅるじゅる言わせながら配膳受けから2人分のトレーを受け取った。

「これって今日のご褒美?」ミミはオリヴィアに聞いた。

「そう。勝ったペアはいつもよりいいご飯が食べられるのよ。次も頑張ってね」


 私はトレーを膝の上に置いて、まずミルクで口を潤してからチキンカツに取り掛かった。口の中に油の甘みが広がって、溺れそうなくらいのよだれが湧き上がってきた。

「うまいね」

「うまいうまい」

「でもこれはCディナーだよ。たぶん」

「C?」

「言ってみれば参加賞だな。戦って生き残ればみんなこれが食えるんだよ。戦闘をカメラで撮ってるのは知ってるだろ?」

「うん」

「見どころがあればもっと良くなるんだよ。Bディナーは煮込み、Aディナーはステーキって言われてる」

 その時オリヴィアとは別の天使がディナーのカートを押して廊下を通過した。トレーには黒い鉄板が置いてあって、その上でじゅうじゅう油が跳ねていた。

「あれは?」ミミがぽーっとしながら訊いた。

「あれがAディナーだよ」私もぽーっとしながら答えた。

 そのすぐあと、ステーキの焼けるいい匂いが部屋の中まで吹き込んできた。ミミは本当によだれを垂らしていた。


 ユキ&ミミペア第2戦、高度6000m。乗機は引き続き疾風。

 開始から18時間経って一晩明けても相手が動かないので偵察に打って出ていた。きっと相手も待ちに徹しているのだろう。

 そしてやはりベース上空8000mほどをあてどもなく旋回しているのが飛行機雲でわかった。

「上を取るのは無理だな。時間がかかるし、こっちも雲を引くから確実にバレる」

「じゃあ下から行く?」

「バカ、待つんだよ」

 とは言ったものの、相手が気づいたらしい。飛行機雲が円を描くのをやめてこちらに向かってきた。

「逃げよう。2000も高度差があるんだ。相手がどんな機種でも降ってこられたら不利だよ」

「えー、ここでやっつけちゃおうよ。上手く反撃できたらAディナーだよ」

「反撃できなかったらCディナーも食えないぞ」

「あー、もう、仕方ないなあ」

「仕方ないもクソもあるか」

 ミミは渋々反転についてきた。高度を下げながら加速して雲の下に潜り込む。

 雲の厚い日だった。隠れられるのはいいが、出くわすのは恐い。下手に相手の動きを探らずにまっすぐ逃げた。


 20kmも距離をとってから積雲の間に出て上昇に移った。高度8000mまで上がって相手のベースに向かいながら探していると、今度は下に敵機が見えた。まだ雲の上からこちらを探しているようだ。

「見えたよユキちゃん!」ミミは疾風を背面飛行にして真下を見上げた・・・・

「国籍マーク」私は訊いた。

「両手鍋に白星」

「アメリカ。次、機種」

「液冷単発。主翼エッジが左右まっすぐ。尾翼が楕円」

 私は右翼を下げて自分で敵機を見た。銀色の飛行機がチロチロと太陽を反射していた。

「P-40だよ。特徴を訊いてんじゃないの。機種を言え機種を」

「重くて非力なやつでしょ?」

「そうだよ。わかってるじゃんか」

「スピードでも単純旋回でも勝てるっしょ?」

「性能だけで勝てると思うなよ」

「ドッグファイトしてAディナー食おうぜ」

「それはダメだって」

「じゃあ突っ込めばいいんだ」


 敵機は依然2機揃って雲の上をぐるぐる飛んでいた。私たちがまだ下にいると思い込んでいるのだろう。自分たちの高度が下がっていることさえ気づいていないかもしれない。

 自分の体が宙に浮かんでいる、という感覚は人間の思考力を鈍らせる。冷静な判断ができる確率は地面にいる時よりずっと低くなる。

「よっしゃあ、突っ込め!」ミミはそう言ったもののなかなか機体を降下に入れなかった。

「……あれ、止めないの?」

「いいタイミングだよ。待ってても下に逃げられる」私は答えた。

 本当に今攻撃すべきなのか迷いはあった。でもこの瞬間に何もしない方がまずい気がした。待つのは悪手かもしれない。私たちの方から偵察に出た以上、待っていても相手が先に燃料切れになるとは断定できない。

「よっしゃあ、Aディナーだ!」ミミは気を取り直して雄叫びを上げた。

「私はここで待ってるから、回るなよ。突っ込んで、上がってくる。それだけ」

「りょーかーい!」


 ミミの疾風はまるでマイナスGを楽しむかのようにゆっくりと機首を下げ、ちょうど45度を過ぎたあたりでくるりと上下を反転して逆落しに降下していった。

 背面から降下に入れば真下が見える。つまり敵機を視界に捉えておける。正立で足下が見えないまま機首を下げていくより確実な攻撃方法だ。でも結構なパイロットが恐怖を感じて無意識に避けてしまう姿勢でもある。ミミの度胸は本物だ。


 敵機はミミ機に気づき、高度を下げて雲に逃げ込んだ

 ミミは雲の中には入らず、敵機の軌道を読んで雲の中に2秒ほど薙ぎ払いに射撃しながら機首を引き上げて上昇に移った。降下で稼いだ速度を高度に還元していく。

 すると敵機はすかさず雲から出てミミを追った。速度差があるので追いつきようがない。狙えるのは一瞬だが、それでもチャンスがあることに変わりはない。


 そのチャンスを潰すのが私の役割だ。

 私も操縦桿を切って横倒しに降下を始めている。

 ミミの後ろについた1機に照準を合わせる。

 1機が突っ込んで敵を釣り、もう1機が釣れた敵を仕留める。それが連携戦術だ。並んで飛ぶだけがペアじゃない。

 だが私もうかうかしていると敵のもう1機に後ろを取られることになる。そうなれば今度はミミが私をフォローする番だ。

 だが、目の前の敵が速度を殺してこちらに機首を向けた。捨て身でターゲットを変えたのだ。

 私はすぐに操縦桿を回して相手の正面から離脱した。まだ射程には遠いが、左右に曳光弾の火線が走り、そしてガツンガツンと衝撃が機体を震わせた。

 直撃弾だ。P-40はレートの高い12.7mm機銃を6挺積んでいる。手数にやられた。


 でも数発食らったくらいで諦めるのは早すぎる。スピードは溜まっている。私はすぐに立て直して上昇に移った。

 振り返ると私を撃った敵は機首を振ったせいでスピードが死んで仰向けになったままほとんど空中で静止したような具合だった。その下からもう1機の敵が追いかけてこようとしていた。

 だがちょうどその2機を貫く方向に火線が走った。

 ミミだ。疾風が上から下に駆け抜けた。疾風は20mm機関砲を積んでいる。当たった時の威力は12.7mmの比じゃない。1機は主翼が根元から砕け散り、1機はパイロットか操舵索に当たったらしく急にまっすぐ飛び始めた。そのまま雲に突っ込み、数秒置いて「ドーン」と地面にぶつかる衝撃が聞こえてきた。


 私は機体を水平に戻してスロットルレバーを引いた。パワーを下げるとエンジンががたがた震え始めた。風防のガラスは漏れたオイルで真っ黒に染まっていた。

 自分の体を確かめたのはそのあとだ。ケガはしていないらしい。血も染みていない。試しに操縦桿を横に倒して機体をロールさせると側板から光が差し込んできて胴体に穴が開いているのがはっきり分かった。衝撃音からして被弾は2,3発だろう。一応エンジンも回っているし、致命打にならなかったのは幸いだった。

「ユキちゃん、大丈夫?」ミミがすぐ横に機体を寄せて訊いた。

「大丈夫。でもオイルで前が見えない。着陸の時横について高度読んでもらえる?」

「いいよ。あーあ。こんなことになるなら突っ込まなきゃよかったな」


 結局エンジンは過熱になりながらも監獄島まで回り続けて、着陸も上手くいった。戦犯が整備に手を出すわけにもいかないのですぐ部屋に追いやられたが、私たちにはディナーが待っていた。時刻的には昼食だけど、戦闘のあとの食事はなんとなく「ディナー」という感じがした。

 そしてあの特徴的な鉄板焼きの音が聞こえてきた。

「ねえねえ、Aディナーじゃない?」

「かもね」

 私たちはベッドに突っ伏していたけど、起き上がって正座した。

 でもカートに乗っていたのはAディナーが1皿とBディナーが1皿だった。

 オリヴィアはまずミミを呼んだ。

「最後の2連抜きは見事だったわ。よくコースを読んだわね」

 そう言ってオリヴィアがミミに渡したのはAディナーだった。

 ミミは「えへへ」と照れながらトレーを受け取った。

「ユキ、いい指揮だったけれど、ダイブの軌道はもう少し慎重に選べたでしょうね。機体を傷つけたのはマイナスだわ。よってミミほどの評価はあげられない」

 私はBディナーのトレーを受け取った。ボウルに顔を近づけるとビーフシチューのいい匂いがしたけど、少しでも顔を上げるとステーキの香りに掻き消されてしまった。


「ミミ、さっき謝ったよね」私はオリヴィアがいなくなってから訊いた。

「何が?」ミミは早くも肉にかぶりつきながら答えた。

「突っ込まなきゃよかったって。その分くらい分けてくれてもいいんじゃないかな」

「やだよ、私のだもん」

「なんだよ!」

 私は怒鳴ってみてから、短絡的な思考だな、と自覚した。まるで空の上で冷静な判断ができないのと同じだった。

「ごめん。私は別にCでもいいや」私は言った。

「急にどしたの」

「AとかBなんて私たちに無茶な戦い方をさせるための釣りなんだよ。できるだけスリルのある戦い方をして、それでさっさと墜ちていけって言われてるみたいだ。ディナーなんか目指してたら危ない戦い方しかできなくなる」

「いいよ」

「いい?」

「ユキちゃんは安全な戦い方をしたい。それって相手を圧倒するってことでしょ。その方がいいじゃん」

「珍しくわかってるな」

「だって私はステーキ食べれたし」

「シチューはいいのかよ」

「Bくらいなら張り切らなくてももらえそうじゃん」

「なんかムカつくな」

「えへへ」

「褒めてない」


 私はBディナーのありがたみがわからなくなっている自分に気づいた。やっぱり冷静な判断を失っていたのだろう。

 戦闘に負けて死ぬのは単に敵に対する負けだ。でもディナーにほだされてヘマを打つのはこのゲーム、システムそのものに対する敗北なのだ。

 一度戦闘に入れば生きるか死ぬかわからない。それは仕方がない、と思えた。でも戦闘に出てきて戦う気もない相手に負けるのは癪だった。

 だからもうAディナーなんか目指さない。私はそう決意して、今のうちにBディナーをよく味わっておくことにした。





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