同世界転生
鯨飲
転生
俺はこれから殺される。
仕事帰りの路地裏で俺は窮地に立たされていた。なぜなら今、フードを被った人間に銃を突きつけられているからだ。
俺は手に提げていた紙袋を地面に置き、両手を上げて命を乞う。
できれば味わうことがないまま死にたかった、嫌な緊迫感が俺が襲う。雨上がりの蒸し暑さだけが原因ではない、嫌な汗が俺の顔を伝った。
銃口は、指の太さ程のサイズだ。しかし俺の目には、自身を呑み込む程に大きく映った。
無機質で真っ黒なその穴は、まるで獲物を狙う鮫が持つ、虚のような目に見えた。
だがどこかで俺はこうなることを察していた。
俺は貿易会社の社長で、これまで他社との競争のためには手段を選ばずに様々なことを行ってきた。
時には、他社が不利になるような虚偽の情報を流したりもした。そして、多くの人間を打ち負かして、その犠牲を糧にして勝ち残り、のし上がってきた。
どうやら、それはやり過ぎだったらしい。多くの人間から、恨みを買い過ぎた。俺の人生もここで終わりなのか。
でもせめて今日であって欲しくはなかったなぁ。今日は娘の誕生日なのに。
相手の放った弾丸は、そんなことを考えている俺などお構いなしに、俺の身体を貫いた。
そして、俺は濡れたアスファルトに倒れ込んだ。近くにある水溜りに、フードの中身が写っていた。
その顔を俺は、はっきりと覚えた。そして俺の命は終わりを告げた。
それから、どれくらいの時間が経ったのか分からない。
俺が意識を取り戻したのは、何だか、目蓋を閉じていても眩く感じるほどの明るさが俺を照らしていたからだ。
そうか、俺はこれから死後の世界へと向かうことになるのか。天国か、それとも地獄、どちらだろうなぁ。まぁ恐らく地獄だろうな。
せめて、緩めの閻魔大王であって欲しいなぁ、そんな馬鹿なことを考えていると、
「希流くん、希流くん」
誰かが子供に呼びかける声がする。目を開くと、赤ちゃん用のモビールがあった。下はアスファルトではなく、ふかふかの毛布だった。
そう、俺はベビーベッドの上にいた。また、自分の手を見てみると、異様に小さい。そう俺は赤ん坊に生まれ変わっていたのである。
どういうことだ。意味が分からない。頭がおかしくなりそうだ。しかしここで混乱しても仕方がない。
俺は平静さを取り戻し、状況を取り敢えず、受け止めることにした。このクレバーさが、貿易会社の社長を務めることができた由縁だ。そう俺は自分に言い聞かせた。
どうやら、「希流くん」というのは、俺の名前らしい。カッコいいとは思うが、少し生きにくい名前だと感じた。希望が流れたらダメなんじゃないか?と思ったが、もう付けられてしまった名前なので、仕方がない。それとも、最近はこういうのが主流なのだろうか。
さん付けで呼ばれたりしたら、薬品の名前になるのも、何か嫌な感じだ。
そして、呼びかけてくるのは、俺の新しい母親だ。当然だが知らない人間だ。一体なんて言う名前なのだろうか。
そのようなことを考えていたら、もう一人、ベビーベッドの側に寄ってきた。その人物のことを見て、俺は衝撃を受けた。
そいつは俺のことを殺した張本人だったのだ。
「希流くん、よく眠れましたかー?パパですよー」
奴は俺に話しかけてくる。満面の笑みで。まるで俺との間には何事も無かったかのように。
まぁ、それは当たり前なのだが。話を聞いていると、色々な情報が入ってきた。
まず、俺の新しい父であり、俺を殺した張本人である奴の名前は莢(きょう)というらしい。
ちなみに漢字は、ベビーベッド脇の机の上に置かれていた、会社からの手紙で確認した。
またその手紙から、奴は俺が以前激しく競争し、その結果、規模の縮小を余儀なくされた会社で働いているサラリーマンだということが分かった。なるほど、その恨みで俺を殺したのか。
情報を整理したのはいいが、これからどうしようか。奴には、俺が感じたような苦しみを味わって欲しい。
だが、ただ殺すのでは面白くない。そこで俺は思いついた。
子供である俺が犯罪者になればいいんだ。そうすれば、奴の家庭は崩壊する、最大の不幸だ。
また、犯罪者になることが分かったら、こいつは俺のことを手放すかもしれない。息子を自らの判断で手放す、その苦しみも味わってもらおう。
生き地獄を存分に堪能してもらおうじゃないか。
まずは、こいつの不安から煽っていくことにしよう。さて、どうしたらよいものか。
そうだ、サイコパスのフリをして奴に、
「息子が将来犯罪者になるのではないか」
と不安になって仕方がなくしてやろう。こんなことをベビーベッドで考えながら俺は時を過ごし、成長を待った。
ベッドに寝そべっていると、奴が顔を覗きに来るので、腹が立ったが、その笑顔もやがては消えゆくものだと思うと、楽しみで堪らなかった。
そうして、月日は流れ、俺は幼稚園に通い始める三才になった。
俺は早速、行動を起こした。手始めにまず、幼稚園でのお絵かきの時間に、人が血だらけで倒れている絵をクレヨンで描いた。
そして、それを持って帰って奴に見せた。
奴はその絵を見て、一瞬訝しげな表情をしたが、その後すぐに笑顔になり、
「ああー、そういうことか。昨日見た刑事ドラマのシーンを再現して書いたんだね?いやー上手く描けてるなー。見ないで描けるなんてすごいや、才能だよ!これは将来、画家にもなれるんじゃないか?」
奴は何にも分かってなかった。奴はその後、自分の妻にもそれを見せ、二人して親バカに勤しんでいた。
奴の察しが悪いことが分かった俺は、新たな作戦を実行した。 俺は生き物を殺し始めた。そしてその死骸を親に見せた。これなら分かりやすいだろう。
最初のうちは、アリなどの小さな虫、やがてカマキリやカブトムシを殺した。
そして回数を重ねるうちに、猫や鳩などの動物の死骸を父親に見せた。さすがに、猫や鳩を殺すのは精神衛生的に無理なので、道路で交通事故に遭った動物の死骸を拾って、それを見せた。
奴は酷く動揺し、焦りのあまり額から汗が滲み出ていた。
「どうして、こんな残酷なことができるんだ?!生き物が可愛そうだとは思わないのか?」
奴は声を荒げて叫ぶ。
「えー、殺したいから殺した。僕、命を奪うのが好きなんだよ。今はまだ、猫とかで我慢しとくよ。」
俺はこのように返しておいた。
奴はショックのあまり、絶句し、その場から立ち去った。奴の愕然とした表情は、俺に達成感を与えてくれた。
そしてある日の朝、俺は奴に起こされた。最近は俺のことを不気味がって、中々近づいてもこなかったので、俺は少し驚いた。
「どうしたの、パパ?」
「今から病院に行く。お前を先生に見てもらうんだ。」
これは、心理カウンセリングを受けるということだな。俺は直感でそのことが分かった。
よし、このカウセリングで問題のある回答ばかりしてやろう。そう俺は思い立った。そこで俺は家のパソコンで異常な人間性を持つ子供の特徴や回答傾向を調べてから病院に行った。
病院では、精神科医と二人きりにさせられたため、俺の受け答えに恐れおののく奴の表情を見ることができなくて、残念だった。
そして、しばらく経ったある日、死骸を探しに出掛けようと、玄関で靴を履いていたら、奴は後ろから話しかけてきた
「なぁ、今時間あるか?」
「何?パパ。何の用?」
「とっても大事な話だ。将来に関することのな。」
おお、来た来た。もう止めてくれと懇願するのか?それとも俺を施設に送るのか?
「ついてきてくれ。」
そう言って奴は、俺を車に誘導した。ついに奴は、俺を手放すことを決心したのだ。奴の目には涙が浮かんでいた。車に乗って、しばらく走ると、人気ががないところで停車した。
「よし、降りろ。」
「うん。」
そして、歩きながら、奴は話し始めた。
「この前、病院に連れて行っただろ?実はあれ、お前の心を診てもらってたんだ。その結果が届いたんだ。」
「そうなんだ。それで、どうだったの?」
結果は分かりきっていたが、俺は白々しく返事をした。
「人間として最悪だったよ。お前は、他人の命に対する倫理感が著しく欠如しているらしい。将来、他者に危害を及ぼしたり、犯罪者となる可能性が極めて高いそうだ。」
「へぇーそうなんだ。それで?どうするの?」
俺は少しワクワクしながら聞いた。
「どうするかは、すぐに分かる。」
歩いているうちに俺たちは、倉庫の前に到着していた。奴は、重そうな倉庫の扉に手を掛け、ゆっくりと開いた。
すると、徐々に開いていく隙間から人影が確認できた。そこには縄で縛られた男がいた。
口はガムテープで閉じられているので、何を言っているかは分からないが、命乞いをしているのは分かる。
「これが俺の仕事だ。」
「え?」
俺は奴の言ったことが理解できなかった。
「うちは、代々暗殺一家だ。お前で十三代目になるな。まぁ最近は、企業の顧問弁護士みたいに、会社の専属殺し屋として活動することが多いけどな。そこで、お前の初仕事だ。この男を殺せ。」
奴は俺に銃を渡してきた。俺は、躊躇した表情を奴に向ける。すると奴はこう言った、
「どうした?生き物を殺すのは好きなんだろ?」
同世界転生 鯨飲 @yukidaruma8
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