第23話 報告

 ノマール城が風使いたちの手によって落ちた、というバリシナンテスの報告を受けたベルカント軍は、喜びよりも驚きの方が大きかった。重臣たちの中には「差し出がましいことをしおって……」と思った者もいたが、ポンテ卿自身は子供のように無邪気に喜んだ。


「風使いたちめ、やりおるわ!情報を得るだけでなく城そのものまで落としたか。素晴らしい戦果だ。この戦が一段落した暁には必ず大きな褒賞を授けることを約束するぞ!」

 

 重臣たちもポンテ卿から公式にこうした言葉が発せられた以上、それに異論を挟んでわざわざ不興を買う必要はない。


「だがそれも今少し後のことだ。今はエゾナレスに追撃を加えるべき時だ!」


 そう発するとベルカント軍は混乱しているエゾナレス軍に追撃を開始した。


 時刻は午前3時頃。草木も眠る丑三つ時そのもの、しかも昼間の戦いでは敗北と言って良い結果を収めたベルカント軍だったが、逃げる敵を追うだけの簡単な戦となれば体力も気力もあっさりと復活する。むしろ昼間の借りを返してやろうと奮い立つ騎士も多かった。

 エゾナレス軍はすでに軍隊としての体を成しておらず、抵抗らしい抵抗もほとんどなく、3つの都市とそれに従属する15の村が降伏してきた。これによりエゾナレス領の5分の1が一夜にしてベルカント領になったのである。

 エゾナレスに対するさらなる追撃も考えたポンテ卿だったが、さらなる侵攻は大河コボステ川を渡河しての戦いとなり時間がかかること、後方のガッサンディア裏切りの報が気になることなどもあり、ここで一旦作戦は終了となった。




 前線基地となっていたナガトワの陣営に帰還したポンテ卿のもとに様々な人間たちが集まってきていた。

 まず最初に呼ばれたのは風使いたちだった。

 これはノマール城を落とした功を称えて……という名誉の意味ではなく、今回関わった人間たちの情報をポンテ卿に入れておくため、という実用的な意味による。

 本来は諜報活動という任務を与えられていたことを思えば(本来の任務などもう意味をなさなくなっていたが)当然である。


「おお。風使いたち!良く戻ったな!」


 ポンテ卿は風使いたちが陣幕に入ってきた瞬間に手を取らんばかりに近寄ってきた。

 慌ててひざまずこうとする5人をポンテ卿自身が押し止めた。

 今回は風使い4人にポグレンを伴っての拝謁である。


「堅苦しい儀礼は良い!お主らにそういったものを浴びせられると、ワシの方が全身が痒くなってくるわい!」


 ポンテ卿自身にこう言われては彼らもそれに合わせざるを得ない。5人は少し下がり軽く腰を落として応答する形をとった。これが貴人に対する最低限の礼儀であった。

 ポンテ卿の背後には2人の少年兵が控えているだけである。もちろん陣幕の向こう側には多くの兵士が詰めており、もし万が一の事態があれば直ちに護衛の兵が出てくる仕組みにはなっている。

 それでもポンテ卿のこの相変わらずのフランクさに、毎回ディストールは戸惑わされる。


(これも俺らが正規の騎士でないことの表れだよな。ま、それも良し悪しか……)


 分かりきっていたことだが、ディストールはまた同じことを思った。 

 正規の騎士であればポンテ卿とこうして密会のような形で会うことも、意見を直接交換するようなことも決してない。

 一介の騎士が王に対して意見を通そうとするならば、まずは軍議に参加できるほどの身分にならなければ話にならない。仮にそこまでの身分に出世したとしても軍議には明確な序列がある。下の身分の者は求められるまで意見を述べないのが慣例だし、末席の方の騎士に意見が求められることなど非常に稀なことだ。

 ポンテ卿は卑しい身分の者には優しい一方、古くからの門閥騎士には厳しく、特に無能でありながら代々の家柄ゆえに重要な役職に就いているような尊大な騎士には殊更に厳しかった。合理的で先進的な彼の性格を最も表す一つのエピソードであろう。


「ポンテ王、今回は我々だけの功ではないんです。……こちらのポグレンさんのお陰で作戦は成功したんです」


 ディストールは、後ろでおっかなびっくり控えているポグレンをポンテ卿の前にぐいっと押し出した。


「……あ、どうも初めまして。ナガトワ家の三男のポグレンと申します。この度は……」


 語尾のはっきりしない締まらない挨拶をしたポグレンだったが、ポンテ卿にとってそんなことはどうでも良かった。


「おお、ポグレン君!君がナガトワ家の三男だというのは本当なのか!?先に当主と話した際には君の話は一切出なかったのは、こうして別動隊としてベルカントに大きな戦果をもたらすためだったのだな!実に立派な孝行息子だな!」


 ノマール城を落とした際にバリシナンテスから送った使いの者を通して、ポグレンという協力者がいることはポンテ卿に事前に説明していた。


「……ほら、ポグレンさん」


 ポンテ卿を前に緊張して、中々切り出せないポグレン青年をナシェーリがそっと後ろから背中を押した。

 ここでの振る舞いと話の持って行き方によって、今回のポグレンの行動の意味は全然変わってくるのだ。


「あの実は……僕、元々は今回の戦に関わるつもりではなかったんです。いや、今回というか戦というものには関わることはないだろうと思っていたんです」


 たどたどしく語り始めたポグレンに少し面食らった様子のポンテ卿だったが、苛立つこともなくにこやかに彼を見守り、話の続きを促した。


「……どういうことなのだ?君はナガトワ家の三男坊ではないのか?」


「いえ、それは間違いないのですが……元々騎士には向かない性格でして、成人を迎える頃には出奔して諸国を巡る旅に出ていたのです」


 それからポグレンは自身の資質が如何に騎士に向かず、家の方針と反りが合わなかったかを述べた。

 そして、それから近隣諸国を巡る旅の様子についても説明を始めた。……さすがに女ったらしのスキルでもって各国に愛人を作ったという部分に関しては省いたが。

 とりとめのない話を依然として興味深げに聞いているポンテ卿だったが、何が言いたいのかはっきりしないポグレンの長話に後ろで聞いていたディストールの方がヒヤヒヤした。 


「……ポグレンさん、そろそろポグレンさんがどうしたいのかを国王に申し上げた方が良いな」


 そっとそう耳打ちすると、思い出したようにポグレンはポンテ卿に向き直った。

 

「……そんな風に旅を楽しみ見聞を広げていた状況だったのですが、丁度ノマールの町に滞在していた時にこちらのディストール君たちと知り合い、そして我がナガトワの地に戦火が及んでいることを知ったのです。……自分は騎士には到底なれないと思って家を出た身でしたが、自分の家が危機に陥っている状況を知り……居ても立ってもいられなくなりました!そしてディストール君に協力を願い出て今回の作戦を実行したのです!」


(……おどおどと頼りない人間かと思ってたけど、やるねえポグレンさん!) 


 ポグレンの語り口は本当に家の危機を憂い、行動を起こした勇者の情熱に溢れていた。

 最初の出だしが朴訥としたものだっただけに、こうした熱のある語り口が演技だとはポンテ卿も微塵も思わないだろう。

「こういう演出で喋ろう」などという計算ではなく、話しているうちに自分のその言葉に本気になってしまい、ただ純粋に自分の気持ちを言葉にするだけで魅了してしまう人蕩らし……それがこのポグレンという男の本質なのだ。世の中にはこうした人間がごく稀にだが存在する。


「……そうか、一度は捨てたつもりの家でもその危機を知れば、その身体に流れる血が見捨てることを許さなかったか……」


 感動屋のポンテ卿はすでに感慨深げに軽く目を閉じ、ポグレンの話に深く頷いた。


「……自分はいまだナガトワ家への帰参を許されてはおりません。また自ら出奔した以上、自分からそれを願い出る資格もありません。……大変差し出がましいお願いではございますが、今回の僕の行動を功績と思ってくださるのでしたら、帰参が許されるよう我が家に取りなして頂ければ……これに勝る幸せはございません」


 そう言うとポグレンはポンテ卿に向かい、殊勝に頭を垂れた。


「……相分かった!ポグレン君の今回の功績はとても大きなものだ。我がベルカントを救ったと言っても過言ではなかろう。……取りなしなどはお安いご用じゃ。……そして今回の功績によりエゾナレス領の3つの村をナガトワ家の領地として与えることを約束しよう!」


 これはポンテ卿の粋な計らいと言えよう。

 ナガトワ家の領地拡大という褒章の報せをポグレンその人に告げたのである。家にとって大変名誉であるこの報せを持って帰ってきた息子を邪険に扱うことは、ポグレンの父親が如何に厳格な騎士でも難しいだろう。

 

「さて、風使いの者たちよ……」

 ポンテ卿が彼らに呼び掛けると、ポグレンは少し位置をずらし下がった。

 ポンテ卿はいつものにこやかな表情だったが、ディストールは内心ヒヤヒヤしていた。

 言うまでもなくノマール城を陥落させる、などという依頼を彼らはポンテ卿から受けていない。依頼はあくまでエゾナレス軍の状況を逐次送ってくる……という斥候活動だったからだ。

 ポグレンに対しては全肯定という感じで功績を称えたポンテ卿だったが、それはあくまで彼が騎士でありナガトワ家という貴族を代表しているからかもしれない。「余計なことをするな!」という怒りが今になって向けられる可能性もゼロではないだろう。

 それでもディストールは「ポンテ卿からは必ずお誉めの言葉が下される!」と自分に言い聞かせていた。

 

自分たちがポンテ卿のお気に入りだからではない。

 前にも述べた通り、ポンテ卿は身分の低い者にも快活で親しみやすい人柄だが、同時に非常に冷徹な部分も持ち合わせている人物である。   

 ポンテ卿自身が産まれる前からベルカント国に仕えていた譜代の重臣も、国政を進めるのに不要であると判断すれば役職は解いたし、他国に通じ自家の利益を追った貴族に関しては追放された例が何件もある。

 国王と言えどその立場はそれほど強いものではなく、単に貴族たちを束ねる代表……という性格の強かったこの時代において、ポンテ卿の取った態度は革命的であった。

 ポンテ卿のそうした態度に最初は動揺し反発もしていたベルカントの騎士たちだったが、やがてそれがベルカントを強くして巡り巡って自家の利益になることを理解してからは、積極的にポンテ卿に協力しその権威を尊重するようになっていった。

 つまりディストールが信じていたのは、ポンテ卿の合理性である。

 ポンテ卿は単に慣例に従った王ではなく、本気でベルカントを強くしようと考えている人物だ。風使いたちを重用しているのもその一つである。

 だから少々命令と違ったことを彼らが行ったとしても(正確には彼らは部下ではないので命令ではなく、あくまで依頼だが)、結果的にはエゾナレス軍を撃破するという大きな目標を達成したわけだから、合理性を重んじるポンテ卿の機嫌を損なうことはなかろう……という算段である。

 

「……お主たちに依頼したのはエゾナレス軍の情報を逐一送ってくる、という点だったと思うが……」

 

 ポンテ卿はにこやかな表情のまま眼だけを細め、彼らに向き直った。


「そ、それは……申し訳もございません!!」

 

 慌てたバリシナンテスが、土下座もせんばかりに頭を下げた。

 ディストールも表情にこそ出さなかったが(ヤバイ!これは……死んだかもな)と一瞬覚悟した。ポンテ卿が普段にこやかなだけに、その表情の落差には肝が縮んだ。

 幾ら彼らが身軽で多少の風を操る能力があろうとも、周囲を分厚くベルカントの兵士たちに囲まれた状況で逃げおおすことは叶わないだろう。

 ポンテ卿はバリシナンテスの反応にポカンと口を開け、彼を見つめていた。

 だがすぐにその意味を理解したようで、豪快に笑い出した。


「何だ、バリシナンテス!わしがそのことでお主たちを責めるとでも思ったのか!?……昼間の戦の状況であればここからノマール城を落とすのに2、3日はかかったであろう。互いの兵も数十人以上は犠牲になったかもしれない。……それを労せず互いの損耗も全くなく我が手の内に落ちてきたのだ。大いに感謝こそすれ、責める理由があろうか!」


 バリシナンテスはその反応を見て、ほっと安堵し大きく胸を撫で下ろした。

 ディストールも大いに安堵したが、同時にポンテ卿に対して(やはりこの人は器が違う!)という感想を持たざるを得なかった。

 昼間の戦はどちらかというとベルカントが敗けていたはずである。それにも関わらずポンテ卿が述べたのはベルカントの勝利が前提となった発言であり、むしろ戦後の処理をどう上手く進めていくかという部分であった。敵であるエゾナレス領ももはやベルカントのものであり、戦後いかに上手く統治していくか……という部分に意識がいっているのである。


「どうじゃ?風使いたちよ。こうしてまどろっこしい気遣いをお互いするのも煩わしいであろう?以前バリシナンテスに問うたこともあるが、中途半端なお雇い稼業はやめてベルカント家に直接仕えんか?」

 

 ポンテ卿は相変わらずのおどけた口調で言ったが、何度もこう言ってくるということは恐らく本気でそう思っているのだろう。

 バリシナンテスはそう判断しディストールの方を見つめた。ポンテ卿のスカウトが恐らく正式なものである以上、自分たちのリーダーが判断すべきことだ。

 以前の軽口としか思えないスカウトに関しても報告していたことが良かったのだろう。見つめるだけでディストールにもその意図が伝わったようだ。

 ディストールは一歩前進しポンテ卿と向き合った。これだけでこちらもレンベークの風使いを代表しての正式な発言であることが伝わるだろう。


「ポンテ様、大変身に余る光栄であり、とても嬉しくます。ベルカントと我々レンベークの村との付き合いも数十年になる、と先祖から聞き及んでおります。特に近年は地理的な影響もあり、ベルカント様以外の依頼をほぼ受けていない状態ではあります。……しかし我々レンベークの村は100年以上の伝統ある風使いの村としてこれまでやってきました。その伝統を我々の代で絶やしてしまうことは先祖に対する申し訳も立たず……」


「あー、分かった。もうよい」


 ディストールの言葉は礼を失わないように配慮されたものではあったが、それゆえにポンテ卿の申し出を正式に断るものになってしまった。

 こうなっては流石のポンテ卿も鼻白んだらしく、ディストールの発言を遮って止めた。

 だがすぐに自らのそうした態度を悔いるように、ニコリと表情を作りディストールに向き直った。


「お主らの心意気はよく分かった。それを無理に自らの配下に組み込もうとするワシの方が無粋じゃったな。……ベルカントの諜報はお主たちだけが頼りなのじゃ。風使いたちよ、どうか今後ともよろしく頼む!」


 そう告げてポンテ卿は彼らに向かって頭を下げ。

 これには全員が驚き、慌てて地面に頭を擦り付けた。





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