第22話 勝利

「……ふう~、エゾナレスは退却していったみたいね。上出来なんじゃない?」


 一段落といった様子でナシェーリが皆に呼び掛けた。


「上出来なんてもんじゃねえよ!上手く行き過ぎだよ!」

 

「なに、ディス?上手くいってよかったんじゃないの?」

 

 高揚したディストールの声は戦場の匂いを色濃く残したもので、喜びや安堵といった感情は感じられなかった。クラムートがからかうように言ったのはそのことである。


「……良かったに決まってるだろ!コノヤロー!」

 

 いつもと何ら変わらぬふわふわした口調のクラムートの言葉で緊張が解けて、ディストールは表情と共に姿勢も一気に崩した。近づいてきたクラムートの頭にヘッドロックをかますと、その栗色の細い髪をわしゃわしゃと乱暴にかき混ぜた。

 もちろん初めての戦場で、訓練でも一度も想定したこともないような作戦をやってのけたのだから誰もが緊張していたのだが、ディストールの緊張感は他の誰とも違っていた。

 彼が作戦を立てたのだ。それも針に糸を通すかのような非常に危ういものだった……振り返ると余計にそれが強く感じられた。作戦は望外の成功を収めたが、失敗すればどうなっていたかは分からない。誰かの命が危険に晒されたかもしれないし、ベルカントの作戦に大きな支障を来す損害を与えたかもしれない。

 

(……俺は絶対に失敗してはいけないのだ!)

 リーダーとしての責任の重さを改めて感じたディストールだった。


「いや~、めでたしめでたしだな!」

 城壁の最上部分にいたバリシナンテスが下りてきて皆と合流した。

 だがリーダーのディストールはじとー、とした目で彼を見つめた。


「……おっさん、うるさすぎ!こっちの耳が潰れるかと思ったじゃねえか!」


 敵を退けて皆で喜びのハイタッチ……と思っていたバリシナンテスは、思ってもみなかった非難を味方であるディストールから受けて、怒るというよりも悲しくなった。


「……な、なんだと、言うに事欠いてそれはないじゃろ!……『一発デカイ声で威嚇してやれ!』と言ってきたのはディストール、お前さんじゃないか」


「うるせーな、モノには限度ってものがあるんだよ!万が一クラムの耳に支障でも出たら、俺たちにとって大きな損害だぞ?」

 

 鋭い感覚を持つ風使いたちの中でも、特に鋭いクラムートの聴覚が大きな戦力となってきたことは間違いない。それにもし支障が出るようなことになれば……というディストールの懸念はもっともなもののようにも思えたが、当のクラムート本人はケロっとした顔をしていた。


「え、僕の耳なら全然大丈夫だよ?今までどれだけ近くであの汚いがなり声を聞かされてきたと思ってるのさ?」

 

 それでもディストールの不満気な顔は変わらなかった。

 ……要は何らかの理由をみつけては因縁を付けたいだけのようだ。   


「もう、やめなさいよ。二人とも……作戦が成功して敵を撃退出来たんだからこれ以上の結果はないでしょ?それで良しとしなさいよ!」


 ディストールのその辺りの感情を見抜いてたのか、ようやくナシェーリが止めに入ってきた。


「……え、ワシも悪いのか?一方的にいちゃもんを付けられただけのような気がするんじゃが……」

 

 納得のいかないバリシナンテスはなおもブツブツ言っていたが、こうした不当な扱いには慣れており受け入れるしかないことを知っていた。 


「おいおい、君らこの期に及んでまだそんなことを言い合ってるのか?……逆にスゴいのかもしれんな」

 

 近づいてきたのはこのノマール城の守備隊長プラハムその人だった。


「どうです?俺たちの力、見ていただけましたか?」 


 ディストールも風使いたちのリーダーとして、プラハムには表情をきりりと改めた。


「ああ……全くもって驚かされたよ。君たちとベルカントを選んだ俺の目に狂いがなかったことが証明されて、俺もとても気分が良いさ!」


 言葉通りプラハムの表情も霧が晴れたかのような明るいものになっていた。

 今回の作戦は風使いたちにとって大きな賭けであったが、プラハムにとってもノマールの家と地を賭けた大きなものだったのだ。

 失敗しても自分たちの身一つで逃げ出せば良い風使いたちと違って、逃げようもないプラハムのリスクの方が圧倒的に大きかったとも言える。


「……しかし、君らのような存在については噂でしか聞いたことがなかったのだが、騎士たちなどとは比較にならないくらい恐ろしい存在なのだな……君らと事を構えなくて良かったよ」

  

 自分の判断が間違いなかったことに安堵すると、次にプラハムはしみじみとした口調で彼らを称えた。


「ああ、ま、そうですね……」


 自分たちのことを過大に評価し出したプラハムに対して、ディストールはどう反応すべきか迷った。 

 昨日の友が今日の敵ということが普通に起こる時代である。風使いたちとノマール家の関係が今後どうなるかは誰も分からないのだから、自分たちに対する評価が高い分にはそう思わせておいて損はない……ということはディストールにも分かっていた。

 また、評判というものはどういう形で回るのか想像もつかない以上、プラハムの口を通して彼らの評判が広まる可能性もあった。それは他国まで及ぶこともありうる。それが彼らの評価を高め、ポンテ卿との契約金の是正につながる……という可能性もゼロではない。いずれにしろ「レンベークの風使いたちは恐ろしい!」という実体のない評判こそが彼らの地位向上に重要なことは間違いなかった。

 だが、ディストールは積極的に味方になって協力してくれたプラハムに対して虚勢を張ることはしたくなかった。無理矢理巻き込んで作戦の中枢を担わせてしまったポグレンの今後の立場を良くするためには、プラハムのベルカントに対する積極的な協力が必要だろう。そうなるとディストールは腹を割ってプラハムに話してみたくなった。もちろんここまで接してきて彼が信頼に足る人物であるとの確信があったことは言うまでもない。


「……プラハムさん、あなただから言いますけど……実は今回の俺たちの作戦はほとんど行き当たりばったりだったんですよ。ポグレンさんと出会ったのも本当にたまたまだし、彼の持っている火薬とそれを操る能力についても全然知りませんでした」


「何だ、ポグレン君を庇うための言葉ではなく本当にそうだったのか……では彼と出会わなければどうやって我が城を4人だけで落とすつもりだったのだ?」


「いや……そもそもノマール城を落とすことすら決まっていなかったんですよ。ポンテ卿の依頼はノマール城の様子を探ってこい、というだけのものでした」


「……おいおい、何だと?ポンテ卿はそこまで君たちを信頼し作戦の自由度を与えている、ということなのか?」

 

 騎士以外に戦場に立つ人間を知らなかったプラハムからすれば、想像も出来ないことだった。  


「いや……それも俺らの独断なんです。こんなことは俺らの組織が始まって以来一度もないことだと思います」


「……ふーむ、まあ確かにまともな騎士からすればこんな作戦を思い付いても実行に移す勇気もないだろうし、騎士の参加しない作戦などプライドが許さないだろうな」 


 プラハムは唸り、複雑な表情を見せた。

 こんな行き当たりばったりの小僧4人に自分が守備する城が落とされた……という敗北感も今さらながら感じたが、自分の知らないところで戦場の在り方というものが大きく変わり始めているのかもしれない、とも感じたのだった。


「……なるほど。君らのような傭兵集団というのかな……異能力を売りにして戦場を渡り歩く集団がいることは聞いたことがあったが……その噂はどれもがあまり良いものではなかった。金だけをせしめて何ら実効のある働きをしなかっただとか、諜報活動一つまともに出来ないだとか、あるいは能力は確かなものだが敵方に情報を流し二重に金を取っていただとか……そんなものばかりだった。……どうやら君らはそうではなく信用の置ける人間たちのようだな」


「……いや、俺らも本質的にはそういった類いの集団ですよ。むしろ俺らの存在意義からすれば、そうしたやり方の方が生き残る確率は高いのかもしれません。俺らがベルカント家にここまで肩入れしているのは、ポンテ卿という人物に惚れ込んで、彼こそが一流の王になると確信しているからですよ」


 自分の発したポンテ卿という言葉にディストールはハッと思い出し、バリシナンテスに怒鳴った。


「おいおっさん、ポンテ卿に連絡だ!ノマール城は俺たちの手で落ちたってな!」


 その言葉を聞くとバリシナンテスはニヤリと笑った。


「バカタレ、とっくの昔に使いの者は出しておるわ。ポグレン殿の協力のこと、プラハム殿がいち早くベルカントに味方に付いたことも併せて報告済みじゃ!」


 またしてもバリシナンテスに先を越された悔しさで、ディストールは地団駄を踏んだ。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る