第18話 プラハム逡巡
(ふーむ……結局の所、奴らが何をしていたのかは分からず仕舞いだったな。だがまあ、ポグレンの披露した芸のタネも同様のものだった……ということは言っていたから、あの火の玉が飛んでくるような曲芸を軍隊相手にも披露するつもりなのだろうか?……確かにあの密室の食堂の中では恐怖も感じたが、それは城側の人間が芸を見ることに集中していたという点も大きいだろう。……数百人もいる兵士たち相手に、あそこまでの恐怖を与えることが出来るものなのだろうか?……だいたい、それで最初に動揺させることに成功させたとしても、そこから奴らはどうするつもりなのだろうか?まさか、5人で突撃するつもりではあるまい?……だが、待てよ。奴らは何と言っても『異能力者』だ。まだ全然見せていない能力をとやらが相当大きなものだというのだろうか?)
プラハムは自室に戻り、さっき見てきたものから風使いたちの戦略を読もうとしたが、皆目見当がつかなかった。
「静観をすることで彼らに協力する!」と約束してしまったことが、果たして正しかったのだろうか?奴らが脅迫をしてきたタイミングで、命を賭けてでも斬りかかって追い払ってしまった方が正しかったのではないだろうか?という疑問が何度も何度も頭をよぎってきたが、既に決断のタイミングは過ぎ去っていた。
ふいに、コンコン、コンコンと小さなノックが二度なされ、プラハムは我に返った。男の兵士たちの乱暴なノックとは異なる、ささやかなそれは恐らく女性のものだ。
「入ってよいぞ」
プラハムの返事に顔を出したのは、当主イプロンスの妻アランダに付いている侍女の一人だった。
「おお、どうかしたか?」
守備兵たちには時に厳しい怒声を浴びせることもあるプラハムだったが、その声はとても優しいものだった。兄嫁に当たるアランダの侍女だけに、プラハムもかなり気を遣って接することがクセになっていたのだ。
「奥様が、何か変わったことはないか?と……。城の者たちの様子がなんとなくいつもと違うのでは?と仰っていました……」
「安心して良いぞ、何ら異常はない」
プラハムは間髪を入れず、笑顔で答えた。風使いたちの侵入や、ベルカントへ近づこうという企みなど、兄嫁には一切伝える気はなかった。兄嫁に限らず女がこうした政治的問題に関わってロクなことにはならない!とプラハムは経験的に強く思っていたのだ。
「そうですか……」
侍女はうなずいたが、その顔は不満気であった。「何ら異常はない」の一言だけを主人に伝えて済ませるわけにはいかないのだろう。その辺りの空気を察してプラハムは少し言葉を付け加えた。
「ほれ、今頃はちょうど我が軍とベルカントとが戦になっておる!……城内の者たちも主家の戦が気になるのは当然であろう?誰も口には出さぬが内心は皆そのことで頭が一杯なのであろう?」
「あ、ちょうど今頃なのですね。……イプロンス様がご無事であれば良いのですが……」
「な~に、兄上は勇敢な方だが、今回の戦では後方の輜重隊に回る……という話だ。大きな武功を立てる可能性も低いが、危険な最前線に出ることもないから無事に帰って来られるだろう。……アランダ様にも安心して良い!とお伝えしてくれ!」
「……はい、分かりました。……ですが、エゾナレス軍は勝てるのでしょうかね?」
(……まったく、これだから女が政治に口を挟んでくると面倒になるわ!)
控えめな話し方をする侍女ではあったが、思ったよりも突っ込んだ内容を訊いてきた。この辺りも確認して来い、というアランダの意向なのだろう。
「ああ、先程放っていた斥候から連絡があって、今のところ我が軍が優勢だという報告だったぞ。安心しろ!」
「あ、かしこまりました!奥様にもお伝えします!」
今まで終始不安気な表情だった侍女だったが、プラハムのその言葉を聞くと、パッと表情を変えて主人であるアランダの元に帰っていった。
「…………」
その様子をプラハムは複雑な表情のまま見送った。
侍女に伝えたことは、ウソだったからだ。
いや、全てがウソというわけではない。斥候を放っている……という点だけは事実だったがそこからの情報はまだ送られてはきてはいなかった。
時刻は昼の2時を少し回った頃だった。出発時刻から考えるに、ここから数キロしか離れていないナガトワの地だから、もうとっくに両軍は現場に到着していることだろう。情報を持った隠密が帰還してきても良い頃合いのはずだ。……しばらく睨み合いのような形となり戦闘はまだ始まっていないのだろうか?
プラハム自身も落ち着かないまま、斥候が戻ってくるのをじっと待っていた。
実際に過ぎたのはほんの30分ほどだったが、プラハムには何倍にも長くその時間が感じられた。ようやく斥候に放っていた兵士が戻ってきたのである。
「ベルカント軍・エゾナレス軍共に当初は慎重な戦で、少し接触しては引く……という展開を繰り返していましたが、次第に乱戦となり戦闘開始から2時間現在、我がエゾナレスが優勢に進めております!我が軍の損害は負傷して戦線を離脱したものが20人ほど、討ち死にした者は今のところいないようであります!」
というのが報告の内容であった。
「ご苦労だったな。城内でゆっくり休んでくれ!……言うまでもないが、内容に関しては他言は一切無用だぞ」
プラハムはそう声をかけ、斥候として戻ってきた兵士を下がらせた。
(……う~む、エゾナレスが優勢か……両軍ともに慎重な戦ぶりだな。……さて、我々としてはどうすべきか?)
戦闘開始から2時間ほどということは両軍の規模と、中盤戦を過ぎた時点での報告ということになろう。日没の時刻を考えると、ここから戦闘終了まで、それほど多くの時間はかけられないだろう。両軍の規模を考えればもっと短時間で決着がついてもおかしくはなかったが、両指揮官の慎重な性格がここに表れているのかもしれない。
もっとも、ガッサンディア裏切り!という大きな事案があったのだから、ベルカントにとってはもっと戦果を挙げておきたかっただろう。あるいは、その辺りの多少の焦りがエゾナレスの優勢を招いたのかもしれなかった。
プラハムは非常に悩ましかった。
彼は先に述べた通り、エゾナレス軍に従属していてはノマール家の未来はなく、ベルカントにつくことこそが将来を見据えた行動としては正しい……という判断があったからこそ、飛び込んできたディストールたちの脅迫に乗ったわけだが、両軍の緒戦でエゾナレスが勝利を収めるようなことになっては、その目論見は甘かった、ということになる。
いや、はっきりとエゾナレスの大勝利だ!という事態になれば、自分の命を賭けてでも侵入者どもを叩き出し、エゾナレスへの忠誠は変わらない!と弁明すれば良いのだ。エゾナレスにとってノマール家は大事な戦力であり、苦しい情勢の中で反感を買うような強い追求は出来ないはずである。
だが現時点での形勢の判断は難しい。仮に今日の戦ではエゾナレスが勝利したとしても、最終的な勝利はどうなるかは分からないのだ。
いや、最終的にはベルカントが勝利するだろう。と思い『異能力者』だという侵入者を引き込み、その賭けに乗ったのはプラハム自身であった。
その賭けに乗った以上は今日の形勢こそが大事であった。ベルカントとの戦が明日以降も続くとなれば、エゾナレス軍はこのノマール城を宿泊地とするのである。侵入者たちの目論見としては、戻ってきたエゾナレス軍を迎撃する!ということなのだろうが、わずか5人で果たしてそんなことは可能なのだろうか?そうなった時、我々ノマール城の守備隊としてはどう行動すべきなのだろうか?
あれこれ落ち着かないまま考えていたところに、戦場からの続報を携えた斥候が戻ってきた。
「今日の戦闘は終了した模様です!我が軍の負傷者約30名に対し、ベルカント軍の戦闘不能者は100を越すと見られます。お味方の勝利です!」
「おお、それはめでたい!」
プラハムは手を打って喜んだが、内心は複雑であった。依然として判断に迷う形勢だったからだ。エゾナレスの30の負傷者という報告は信用できるものだとしても、ベルカントの100の戦闘不能者というのは、どこまで信用できるか分かったものではない。敵方の損害は多く見積もるのが常だからだ。初日の戦闘はややエゾナレス有利に終えた……というのは間違いないだろうが、大勢は決しなかったというわけだ。
ただ、緒戦でエゾナレスが勝利を収めた!という噂は四方にすぐに広がる。エゾナレス国内は沸くだろうし、ベルカントに味方する騎士には動揺が広がるかもしれない。また、ガッサンディアのベルカントに対する裏切りは、より確かなものとなって進むかもしれない。実際にガッサンディアがベルカント国内に侵攻するような事態にまで進めば、ベルカントは西でエゾナレスと戦い、東でガッサンディアと同時に戦わなければならない、という状況になる。そうなってしまえば国力に勝るベルカントもひとたまりもないだろう。
(……今から2時間ほどでエゾナレス軍がこの城に引き揚げてくるわけか)
戦場となっているナガトワは距離にすれば数キロメートルの目と鼻の先だが、戦場からの撤退というのは想像以上に細かな神経を使うものだ。この頃の戦闘はまだまだ牧歌的なもので、戦闘が終了して引き揚げる部隊に奇襲をかける……などという卑怯な発想はまだ誰も実践したことのないような時代ではあったが、負傷者の護送、部隊の再編成、勲功の確認など戦場からの撤退は思ったよりも手間のかかるものなのであった。
その2時間の間に、プラハムは決断をしなければならなかった。
ディストールたちとの話し合いの場では、「引き揚げてくるエゾナレス軍に対する、彼らの撃退の場ではノマールの城兵は静観する」と約束していたが、もちろん彼らにエゾナレス軍撃退の見込みがない……と早々に判断がつくようであれば、どこの馬の骨とも分からない侵入者との口約束を律儀に守る必要は無い。とっとと彼らを叩き出し、エゾナレス軍をこの城に迎え入れなければノマール家の未来はないであろう。
(まあ、とりあえず奴らの様子でも見ておくか?)
そう思ったプラハムは風使いたちの待機している広間へと足を運んだ。
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