第17話 準備

「あんなこと言っちゃって大丈夫だったの?」


 プラハムを中心とした守備兵側との話し合いが終わり、ディストールはナシェーリと近くの大部屋にいた。この部屋は、プラハムが彼ら5人のために待機部屋として準備してくれた部屋だったが、クラムートとバリシナンテスは倉庫から荷物を運びに、ポグレンはプラハムと何か話すためにそれぞれ出て行ったところだった。


 2人だけになるとナシェーリはディストールの顔色を見てそう声をかけざるをえなかった。ディストールの表情はナシェーリが今まで見たことのないような、難しい表情に見えたからだ。


「……大丈夫なわけないだろ。ま、やるしかないさ。どうすっかな~?」


「……え?またそんな感じなの!?……マジで呆れたわ」


 あっけらかんと無策であることを言い切った、ディストールを見てナシェーリは次に掛けるべき言葉が分からなかった。その大物っぷりを褒めるべきなのか、リーダーとして無策を露呈するのはどうなのか……というような気持ちもあったが、芯の部分では信頼していたので結局は何も言わず彼にまかせることにした。


 やがて、クラムートとバリシナンテス、それにポグレンも戻ってきて5人が再び集まった。その頃にはディストールの様子も、いつもどおりのものに戻っていたところを見ると何らかの策を思いついたのかもしれない。


 


「さて、みんな。まずは第一段階成功、と言っていいだろう。こっから帰還してくるエゾナレスの軍を退ければ、大成功!ポンテ卿のびっくりした顔と、お褒めの言葉をいただき、俺たちのベルカントでの地位も上がり報酬もたんまりいただける……ってわけだな!」


 ディストールがこうした景気の良い話をしたのは、皆の緊張を解すため、あえてのものであったが誰もニコリともしなかった。僅か5人だけでエゾナレス軍を退けるなど、無謀以外の何物にも思えなかったからだ。


 は~、と小さくポグレンがため息をついた。


「……始まる前はまさか、ここまで実際になるとは思ってなかったから何とも思わなかったけれど……もうここまで来たら引き返せないんだね。ノマールの人々にもボクがしっかり協力したってことは覚えられているわけだし……」


 事がここまで及んでなお弱気なポグレンを、ディストールは軽く突き放した。


「協力……っていうか今回の作戦を思いついたのはポグレンさんと出会ってからだし、実際にこうして城に入れているのもポグレンさんの導きがあってのことだからな~……客観的に見たらむしろ首謀者はポグレンさんで、俺たちはただ手助けをしているだけ、って感じだと思うぜ」


 ディストールの追い討ちのような言葉に、顔を覆いしゃがみ込むポグレンだった。その様子を見て、クラムートとバリシナンテスはやや同情の表情を見せたが、ナシェーリはそうではなかった。


「ポグレンさん、泣き言を言っても始まらないし、残念ながら時は戻りはしないわ。絶対に成功させることだけを考えましょう。……いざという時には、私たちがあなたを守るわ!」


 土壇場での度胸というのは女性の方があるのかもしれない。ナシェーリの表情は覚悟の決まった人間のものだった。


「ま、あんまり気負い過ぎる必要もないさ。……元々こんな無謀な作戦は失敗して当たり前、万が一上手くいけば、万々歳!ってなもんさ。……やばくなったら全部放り投げて逃げちまえば良いんだよ。その代わりポグレンさん、あんたの身の安全だけは俺たちが保証するよ」


 ディストールの言葉に、ポグレンも少し落ち着きを取り戻したようだった。


「さて、ポグレンさん。こっからの作戦で肝となるのはやっぱりあんたの手品道具なんだ。すまないけど、もう一度見せてくれないか?」


 今回守備兵たちの前で披露した曲芸でも肝となったのは、炎を持続させる『火の布』と様々に色と効果を変えながら燃焼する火薬であった。


 ポグレンのこうした手品のネタを見たから、今回の無謀とも思えるような作戦をディストールは思いついたのだった。


 ポグレンがリュックの口を開き、中のものを取り出し始めた。大きなリュックのせいで中は乱雑なのだろう……と、ディストールはなんとなく思っていたが、予想に反してリュックの中はきちんと整理整頓され、どこに何があるかをポグレン本人は完璧に把握しているようであった。


 リュックには他の種類の手品で用いるであろう様々なものが入っていた。ロープだとか、ボールだとか、なんに使うのかよく分からない筒のようなものも見えた。


 だがやがて目的の物に辿り着いたのだろう。ポグレンは、何種類かのガラスの小瓶をリュックから取り出して床に置いた。


「これが今回使った火薬だよ。全部で、そうだな……今回のショーで使った10倍くらいの量があると思うよ」


 やや得意気なポグレンの言葉に、皆目を見張った。


「あれ?この瓶って水が入ってるよ?……これじゃ火薬は使えないんじゃないの?」


 クラムートの無邪気な言葉だった。確かにどの小瓶にも液体が入っており、その底に火薬が沈んでいるように見えた。


「ああ、これは水じゃなくて油なんだよ。乾燥させた火薬をそのまま持ち歩くと、ほんの小さな刺激で引火したりする可能性があるだろ?……背中にこれだけの火薬を背負ってもし引火でもしたら、爆発して一発でお陀仏さ。そうならないために、こうして油で保護しているんだよ。……火薬を実際に使うためには、油を切って乾かさなくちゃいけないから少し時間がかかるけどね」


 こんなところにも知恵があるのだ、ということに4人は感心した。この辺りの地方の人間は火薬というものに今までほとんど触れてこなかったのだ。


「……で、こっちが『火の布』だな?」


 テープのようにきちんと巻かれた白い布を指して、ディストールは尋ねた。


「そうだよ。え~と……そうだな30メートルくらいは残ってると思うよ」


「なるほどね。……残量をきちんと把握しているなんて、ポグレンさん、あんた結構几帳面なんだな?」


「そうかな?今まで付き合ってきた子には、『あなたはいい加減で、思いやりが無い!』って言ってフラれることが結構多かったんだけどな~。……あ、でも確かに『細かすぎてウザい!』って言われてフラれたこともあったな~……」


「まあ、ポグレンさん?そういうのはまた別の話じゃない?女の子ってのは結構感情的になると、色々思ってもいないことを言っちゃうこともありますしね……」


 ポグレンが遠い目をして、悲しい回想モードに入っていきそうだったので、ナシェーリがなんとか引き戻す。


「よっし、一丁こんな感じで行ってみようぜ!」


 並べられたポグレンの道具を見て、ディストールは自らの作戦をより具体的にイメージ出来たのかもしれない。エゾナレス軍を撃退するための作戦と、その準備としてこれから何をすべきかを説明し始めた。


 




「おーい、昼飯ぐらい食うか?」


 正午を少し過ぎた頃、プラハムは5人の様子を見に大部屋に入ってきた。


 自分たちは静観する……と約束したプラハムだったが、本音は不安で仕方なかった。

 今後のノマール家がどうなるかが、どこの馬の骨とも分からない少年たちによって大きく左右されてしまうのだから、それは当然である。

 少しでも彼らの様子をチェックして、あまりに見込みのない行動をしている無能たちだ……と判断せざるを得ない場合は、彼らを生け捕りにしてパスチノッソス卿に差し出すことで手柄としようか?ということも依然として彼は考えていた。

 ただ、エゾナレスに未来が無い!と思っていることも本音だった。だから、出来ればそうした時代の流れに逆行するような行動は取りたくなくて、先進的なベルカントにいち早く帰順したい、というのがプラハムの根本の考えではあった。


「プラハムさん!ありがたいけど俺たちやることが山積みなんですよ!なんか簡単につまめるようなサンドウィッチとかにして、ここまで持ってきてもらうわけにはいきませんかね?」


 ディストールは手を止めず、プラハムの方を振り返ろうともせずにそう答えた。


「こっちの善意に対してずいぶんと図々しいガキだな!」という気は一瞬したが、目の前の彼らの作業に対する興味がそれを上回った。プラハムには彼らが何の作業をしているのか、見当もつかなかったからだ。


「……それは何をしてるんだ?」


「……見て分かんないですか?松明ですよ」


 そう答えたディストールの隣にはクラムートとバリシナンテスが胡座あぐらをかき、3人とも必死になって手を動かしていた。なるほど確かに言われてみれば彼らは、ノマール城の倉庫にあった燃料用の木々に油を浸した布を巻きつけていたから、松明を準備していると言われれば納得も出来る。城内の物資はある程度好きに使って良い、と言ったのはプラハム自身だったのだ。


 だがプラハムが一見してそう判断出来なかったのは、その量のせいだった。見たところまだ完成していない松明の芯となる木が数百本はありそうに見えたからだ。


「……全部を松明にするのか?」


 恐る恐るプラハムは尋ねた。なぜこうも恐る恐る尋ねなくてはいけなかったのか、理由ははっきりと答えられないが、何となく彼らの企みが恐ろしく感じたのかもしれない。あるいは、とても馬鹿げた子供じみたもので、それを彼らに分からせてしまうことになっては申し訳ない、と思ったのかもしれない。

 いずれにしろ、彼らのしていることが自分には理解出来なさそうだ、ということを直感的に感じていたのだろう。


「そうですよ!だから、忙しいんですって!」


 話しかけられるのさえ、ディストールには煩わしそうであった。


 だが、プラハムも自分の好奇心を止めることは出来ず、なおも尋ねていた。


「そんなにも沢山の数を準備してどうするんだ?君らは5人だろう?……我々城内の人間をあてにしているんだとしたら、それは約束と違ってくるぞ。我々はあくまで静観を保つからな」


「……何を言ってるんですか?城内の方々もせいぜい20人ほどでしょう?……一人2本持つとしても、圧倒的に余りますよ」


「た、たしかにな!……では、そんなに沢山の松明を今から必死になって準備して、どうしようと言うのだ?」


 そこで初めてディストールはプラハムの方を振り返り、意地の悪そうな笑顔を向けた。


「それをここで言っちゃあ、面白くないでしょう?……せっかくですから、お楽しみにとっておきましょうね!」


「……お、おお、そうか。では楽しみにしておこうか……。って、そういうわけにはいかんぞ!我々にとっても、君らの行動に大事な……命どころかノマール家の命運というそれ以上のものを賭けるのだ!……多少なりとも説明してもらえれば、何か協力できるかもしれんぞ?」


「……そんなことをしたら、万が一エゾナレスに帰順するときに言い訳が苦しくなってしまうんじゃないですか?」


 ディストールの言葉に、プラハムはグッとみぞおちを突かれたような衝撃を受けた。すでに自分で明言していたこととは言え、両天秤にこの若者たちをかけていることに多少の罪悪感と、自分自身の立場の危うさを再確認したのだ。


「良いんですよ、プラハムさん。……あなたにはあなたの立場があるでしょうし、静観を約束してくれただけでも、我々にとっては充分ですよ」


 それだけ言うと、ディストールはまた目の前の作業に集中し始めた。


「……そうか、分かった」


 ディストールからはこれ以上の情報を引き出せない、と判断したプラハムは少し離れて作業をしているポグレンとナシェーリの方の様子を見てみることにした。


「ポグレンさん、こんな感じで良いの?」


「ああ、ナシェーリちゃん上出来だよ。流石ボクの見込んだだけのことはある。…やっぱりボク、女の子を見る目にかけては狂いがないんだね~」


「……何言ってるんですか?これくらいの作業は誰でもできますよ。あ、おっさんはこういう細かい作業にかけては絶望的に不器用だからムリかもしれないですけど」


 2人は何やら小瓶に入った怪しげな液体を濾過しては、底にたまった粉末を選別しているようだった。それは火薬だったのだが、プラハムにはその知識が全くなかったので、それが何なのか見当もつかなかった。


「……それは何なのだ?ポグレン」


 ポグレンには以前よりの関係があり、旅芸人として可愛がってやっていた……という感覚があったため、プラハムがちょっと強く言えばすぐに情報が引き出せる、と思っていたのだが、こちらも見通しが甘かったようだ。


「……へへ、すいません。一応ディストール君に口止めされているんですよ。……それにこれは旅芸人としてのボクにとってネタをバラすことにもなるんでプラハムさんと言えども教えられません、すいませんね!」


「……くっ。……お、そういえばさっきアレフの所在を伝える使いの者が帰還してきたんだったなぁ~」


「え!本当ですか!?」 


 プラハムの口調はわざとらしい演技そのものだったが、ポグレンはアレフという単語を聞いた瞬間に反射的に反応してしまっていた。


「……あ、イタ!!」 


 その腕をナシェーリがつねると、ポグレンは小さく悲鳴を上げた。


「……こんなにタイミング良く報告が来るわけないでしょ!……本当にアレフさんのことになると何も考えられなくなってしまうのね、まったく!……プラハムさん!申し訳ないんですけど、作戦を一から説明しているヒマは私たちにないんです!……すいませんけど、もういいですか?」


「……お?おお、これは失礼したな!」


 少女の口調が思ったよりも強いものだったので、プラハムは思わず気圧されて退散してしまった。




 


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