第16話 交渉

 食堂内ではノマール城守備兵たちと風使い一味の交渉が始まっていたが、ナシェーリとクラムートはその外で見張りに当たっていた。

 当主イプロンスの妻であり、アレフの母親であるノマール家の奥方アランダと、その下女2人はこの場におらず、不審に思った下女たちが様子を見に来て情報が漏れる危険性があったためだ。

 どんな動きをするか予測が出来ないので、城内の人間にこの役目を任せるわけにはいかない。またバリシナンテスは、食堂で交渉とも会議ともつかないこの話し合いの場に睨みを利かせるためには必要な人物だった。


「さて、プラハムさん。始めようか?……まず前提として、俺たちとしても、このノマールの城、そして街が戦によって荒れることは望んじゃいないってことは理解しといてくれよ?」


「そいつはどうも。……だがまずは君らが何者なのか、そこから説明してくれないと君らを信用することは出来ないぜ」


「ああ、それもそうだな。……っつても俺たちの立場上、全部を話すわけにはいかないんだが……。さっきも名乗った通り、俺たちはベルカントに協力する『異能力者』だ。情報を仕入れてベルカントに送る、っていうことを主に行っている。ただ、今回はその途中でこちらのポグレンさんと出会い、こういった作戦を採ったわけだが」


「なるほど、隠密のようなものか。……だが、それなら単にこの城の情報を送っておけば良かったのではないか?こうして城に潜入して、我々を脅迫によって寝返らせようというのは大胆にも程があるぞ。……普通に白兵戦の末に斬って捨てられる、という可能性を考えはしなかったのか?」


 プラハム守備隊長はディストールの顔を見て、呆れたような顔をして言った。


「ま、その辺は俺たちにも事情があってね。それに何よりも、このポグレンさんに出会ったってのが大きかったわけさ」


「ふ、若さ故の勢いか?だが俺たちは、その勢いに乗せられるわけにはいかないぞ。ノマールの家がかかっているんだからな。そんな浅はかな考えにこの家の将来を賭けるわけにはいかん!」


 感心するような口調だったプラハム守備隊長だったが、話がノマール家の安否に関わる事態になると、強い口調に変わった。


「分かってるさ……じゃあお互いの意見をすり合わせて、ノマール家がベルカントに協力するのがこのタイミングしかない!ってことを今から説明していこうじゃないか。……まず、プラハムさん。あんたもポンテ卿とパスチノッソスのクソジジイとじゃ、人間的に大きな器の差がある……そう言ったよな。この点は異論ないかな?」


「ああ、その点に関しては全く異論ない。兄イプロンスも決して口に出すことはないだろうが、内心では同意見だと思う」


「ほー、当主様も同感だとは意外だな。……なのになんで当主様はエゾナレスに忠誠を誓うんだい?」


「……死んだ親父の遺言なんだよ。『パスチノッソス卿を助けてやれ』っていうな。……親父の代には確かにエゾナレスに恩になったこともあるらしい。兄はその遺言をずっと大事にしているのさ……」


「兄は……ってことはプラハムさん。あんたはその限りではない、ってことだよな?」


「……そうだな。親父の遺言を守ることも大切な事かもしれんが、それで家を潰してしまうことほど親不孝なこともないだろう?どんな形であれこのノマール家を守ることが第一だ」


「ああ、あんたが話の分かる人で助かったよ」


 ディストールは、初めてプラハムに向けて笑顔を向けた。もしエゾナレス軍に従軍しているのがこのプラハムで、城の守備をしているのが兄のイプロンスの方だったならば、こうして意見を交換し合う場は決してなく、すぐさま斬り合いになっていただろう。それ以前に城に潜入することも出来なかったかもしれないが……。


「少年、安堵するのはまだ早いぞ。何度も言うようにこの時点でエゾナレスからベルカントに寝返ることが、我がノマール家を危険に晒すようであれば、その道をとることは出来んぞ」


「……分かってるさ。今……恐らくちょうど今頃ナガトワの地で、ベルカントとエゾナレスとの戦が始まっただろう。……この緒戦に関してプラハムさんはどう見ているんだい?」


「そうだな……。エゾナレスの兵は約500。対するベルカントの方は700程。両者ともに勝手知ったるナガトワの地だけに地の利をどちらかに求めることも難しい。……ただガッサンディア裏切りの報は、士気の面でエゾナレスを鼓舞し、ベルカントには後患の憂いとなるだろう。そう考えると、緒戦でいきなり大きな差は生じないのではないか?あるいは、士気に於いて勝るエゾナレスの方に分があるとも言えるな」


 慎重に分析したプラハムの言葉を聴くと、ディストールは笑い出した。


「いやいやいや、プラハムさんのはどこ情報だよ?ベルカントは、ナガトワの地にエゾナレスの倍の1000の兵を集結させているぜ。ガッサンディア裏切りの報は確かにベルカントの兵にも影響を与えるだろうが……一気にエゾナレスを叩いてしまえば二面作戦を展開する必要もなくなる、ってことでこの緒戦に士気を高めているベルカントの騎士たちも多いんだぜ!」


 ディストールの言葉には多少の誇張があった。実際にナガトワに集結したベルカントの兵は800程だったし、ベルカント本隊との連絡は風使いたちの側からの一方的なものだったから、彼らには現時点での本隊の情報は一切入っていなかった。


「……まあその辺は俺と君とで立場が違う以上、見解が異なるのは当然だろう。……問題は緒戦が終わった後だろう?」


「……そうだな。緒戦で一気にカタが付いてしまう可能性もないわけではないが、ポンテ卿・パスチノッソスのジジイ、どちらも慎重な性格であることを考えると、様子見の意味合いが強くなるだろうな」


「そういうことだ。……君が言うとおり、緒戦にエゾナレスが負けてこのノマール城に帰ってきたとしよう。ただ、君も分析したとおり、仮に敗戦だとしてもそこまで壊滅的なダメージを負っている可能性は低い。……そんな状況であからさまに反旗を翻すことは自殺行為というに等しいのではないか?この城の兵力は現在見張りにいる者を含めても20人に満たない。エゾナレスが敗戦によって多少兵力を損なったとしても300を下回ることはあり得ないだろう?」


「ふ、プラハムさんよ。俺たちのことを計算に入れてないんじゃ、話にならないぜ」


「……確かに『異能力者』だという君らの能力を、俺は深くは知らない。だが君らは所詮隠密集団だろう?そこまでの戦闘能力があるならば、ベルカント側としてももっと直接戦闘に加わるような使い方をするのではないのか?」


「ま、おっしゃることも分かるけどね。俺らはベルカントの家臣じゃないんだよ。あくまで一時的な雇われの身だ。……ベルカントに対しても全てをさらけ出しているわけじゃあないんだよ」


 もったいつけるようにディストールは軽く指を振った。


「……それならば、何もこうして危険を冒してまでベルカントのためにムリをして大きな仕事をする必要はないだろうが。……まあ君らには君らの立場がある、ということか」


「ま、そんなところだ」


 ディストールは自信たっぷり、という感じで胸を張った。


 その様子を見て、プラハムは苦笑交じりに大きく息を吐いた。


「……そこまでの自信があるのならば、それに賭けてみようか」


 その言葉を聞くと、それまで静かだった食堂内は一気に色めき立った。


「隊長!?」「プラハムさん、本気ですか!?」


 一瞬騒がしくなった城側の人間たちを、プラハムが手で制す。


「慌てるな!……少年。君らの自信は良く分かった。ただ、正直なところ、帰還してきたエゾナレス軍を退けられるかは、はっきり言って心許ない。……そして何度も言っているように、俺は留守を任された守備隊長として、このノマール家を危険に晒すリスクは可能な限り避けなければならない」


 今までディストールの話を聞いていた時のような、余裕を持った表情とは変わり、プラハムの言葉には切実さが滲み出ていた。


「……我々としてはナガトワの戦いが、どう転んでも良いように対処せねばならん。だが、長い目で見れば、エゾナレスに未来はなく、ベルカントにこそ将来があることを俺は確信している。……君たちが飛び込んできた、このタイミングで何らかの方針を決めなくてはならんことも理解している。……そこでだ、少々卑怯な手であることは重々承知の上だが、君らの言っている『異能力者』としての実力を見極めさせてもらおうと思う」


「へえ!……って言うと、どういうことだい?」


 プラハムのやや抽象的な言葉に、ディストールは目を細めた。


「我々は静観させてもらう。帰還してきたエゾナレスの軍に対して君らがどういった対応をしてみせるのか、それを見た上で君らに協力するか……あるいは君らを捕えた上で、パスチノッソスのジジイに差し出すのかを決めさせてもらう、ということだ」


「……なるほどね。だけど、そんな悠長なことをしているヒマはあるのかい?引き続きエゾナレスに協力することも考えているなら、その静観している間の行動はどう説明をつけるんだい?」


「なーに、その場合は奥方アランダ様が人質に取られていた、とでも言い訳するさ!」


 冷静に考えれば苦しい言い訳になりそうだが、エゾナレスもその妥当性を強く追及出来るほど強い立場には立てないであろう、ということを考えれば、それで充分なのかもしれなかった。


「ま、言うまでもなく俺らとしては、そんな事態は有り得ないと断言しておくけどね。……それよりも、ゆくゆくベルカントに協力する意志があるんならば、エゾナレスを早々に見限って早いとこ俺らに協力しておいた方が、ポンテ卿の印象も良くなるし、ひいてはノマール家の栄誉のためにもなるんじゃないのかい?」


 ディストールのこの辺りの言葉は本心ではなかった。これから成すべきことを考えると、多少ウソをついてでも協力者を増やしておきたい、というのがディストールの本音だった。


「……少年、大した自信だな。だが、何度も言うようにリスクを冒すわけにはいかない。……それにこの家の当主は兄だ。兄の承認なく、ノマール家の方針を俺が全て決めてしまうわけにはいかんさ」


「……ふーん、律儀な人だね。ま、良いさ。静観して俺たちの邪魔をしない、ってことであれば俺たちにとっては充分過ぎる返答さ。俺たちの手並みをしばらく見ててくれよ」


 お互いの思惑はある程度一致したようだった。


 あくまでノマール家の存続を第一に考えるプラハムと、このノマール城を用いエゾナレス軍を退け全体の勢力図を一気塗り替え、それでもって『風使い』の力を見せつけよう!というディストールとの妥協点はこのあたりになりそうだった。


 プラハムとディストールとの間だけで話し合いが進み、終始無言だったポグレンが最後に初めて口を開いた。


「プラハムさん。……僕はこのノマールの街と、アレフが育ってきたこの家のことが、本当に大好きで守りたいと思っているんです。ディストール君たちと知り合ったのは偶然ですけれど、こうして何か協力出来るようになったことを考えると、運命だったのかもしれない……という気もしています。……どうか、僕たちのことを信じて見守っていて下さい!」


 ポグレンの旅芸人としての顔しか知らなかったプラハムにとって、あまりに真剣なその言葉と表情は心を揺さぶられるに充分なものであった。




 


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