第13話 曲芸

「…………………………………………………………………………は?何言ってるの?」


 ノマール城を乗っ取る、というディストールの素っ頓狂な発言によって生じた沈黙の最中、誰もが目をパチクリさせていた。

 そして沈黙を破ったナシェーリの一言が彼らの気持ちを最も正確に表していた。すなわち……うちのリーダーはとうとう頭がおかしくなってしまったのか?というものだ。


「おい、ディストール。お前、さっきの俺の話を聞いてなかったのか?それとも、ふざけてるのか?なあ、おい!」


 バリシナンテスも本気でディストールがどうかしてしまったのではないかと心配だった。そのことがリーダーにも伝わったようで、彼はジロリとおっさんをにらんだ。


「おっさん……俺は熟考に熟考を重ねて、冷静に話している。変な茶々を入れるのは勘弁してくれ」


「だったら尚更心配だぞ!無茶苦茶にもほどがあるわ!マンガと現実をごっちゃにして、作戦を立てるな!」


「ほう?……何が無茶苦茶なんだ?きっちり説明してくれよ」


「だ~!イチイチ説明せんと分からんか!?……まず第一に俺たちは単なる風使いだ。一般人に比べれば武術の鍛錬もしているが、それはあくまで隠密として自らを守るための武術だ。戦場を想定した武術を鍛錬してきたわけではないし、城攻めのノウハウなんかも知らん!」


「へえ~、おっさんって口より先に手が出るタイプかと思ってたけど、意外と論理的な話も出来るじゃねえかよ?……いいぜ、続けてくれよ」


 ディストールが意外だという顔をしてニヤリとすると、バリシナンテスは大きなため息を一つついてから口を開いた。


「……まったく、大人をバカにするのも大概にしろよ。俺は商人の経験もあるし、今だってポンテ卿と話を付けているのは俺だろうが?……まあいい。第二の点は情報が全く無い、ってことだ。俺たち隠密の最も得意分野、情報で有利に立てていないという点だ。第三の点はどう考えても戦力的に圧倒的に不利だっていう点だ。城内にどれだけの守備兵が残っているのかは分からんが、ノマールは戦場に程近い地だ。ノマール城は小規模な城だが数十名はいると考えるのが普通だろうな。それに対して俺たちは5人。いや、こちらのポグレン殿を戦力に考えるのは無理があるから、4人だ。しかも女子供ばかりの4人で城を乗っ取るなど馬鹿げているとしか言いようがないわ!お前は命を捨てたいバカなのか?」


 バリシナンテスはせせら笑うと、説明は済んだとばかりに、ごろりと寝転がろうとした。その肘枕をディストールは素早く手で払うと、ニヤリと得意気な顔でバリシナンテスを上から見下ろした。


「アタッ!やめんか、このガキ!明日に備えてとっとと休んでおく方が得策じゃろうが!」


「おっさん、悪いな。寝るのはまだ早いぜ。っつーか寝てる暇は無いかもしれん」


「……何がだ?」


「ったくしょうがねえから、一から説明してやるか!」


 ディストールは軽く舌なめずりをすると、得意気に語り始めた。


「まず根本的なこととして、これから俺たちがやろうとしていることは、俺たち4人対守備兵数十人の攻城戦ではないんだ。むしろ、俺たちが今までやってきた隠密活動とほとんど変わらない。それに……たしかに俺たちはノマールの城には潜入していないが、ここにいるポグレンさんは、つい一週間前に城に出入りしてたんだぜ?情報はゼロどころか、かなり信用の置けるものだろう?なあ、ポグレンさん、城の中の様子とか覚えてるんじゃないのか?」


「そりゃあ覚えてるとも!アレフの部屋に最短距離で向かわなきゃイケナイし、途中の見回りの兵から隠れる場所なんかもバッチリさ!」


「……うわ~、なんかプロの夜這い師って感じ……」


 ナシェーリが汚物を見るような目で得意気に語るイケメンを見た。


「いや、あのねナシェーリちゃん!これは二人の名誉のためにはっきり言っておくけど、ボクとアレフはプラトニックな関係だからね!それにボクは相手が嫌がるなら絶対そういうことはしないからね!」


 今までで一番真剣なポグレンの剣幕にナシェーリも押されたのか、「……そ、そう?ごめんなさい」となぜか謝っていた。


「うん、ポグレンさん。アンタが女性に対して紳士的なのはなんとなく分かってたよ。……それより、城内の様子を何でも良いからなるべく教えてくれよ」


 ディストールが話を引き戻した。


「う~ん、そうだなぁ。……ボクは結構いろんな城を出入りしてきた人間だけど、ノマール城に関して言えば……城の規模はまあまあだけど、その割には守備兵が少ない気がしたな~。なんか、守備兵の人に聞いた話だと、交通の便のいい場所だから、他に儲かる仕事が見つかって辞めていく兵士が多い……みたいなことを言ってた気がするな~。……あ~、あと、アレフの話だと『パパはアレフを目に入れても痛くない!』っていう親バカだって言ってたな。だから、家を守る為なら、エゾナレスだろうがベルカントだろうが特に拘らないタイプかもね!」


 ポグレンの話は曖昧なものではあったが、どれもが自分たちにとって有利な情報に思えた。そして、そこを突き必死に説明するディストールの言葉を聞いているうちに、ノマール城を落とすことなんか大したことでもない、という空気がテントを支配していった。


「まあ俺たちにとって最大の有利な点はリスクが少ない、っていう点だ。万が一上手くいかなかったとしても、数十人程度の守備兵の攻撃をかいくぐって脱出するくらいは訳無いだろう?」


「あったりまえじゃん!」


 クラムートが胸を張った。この中でも一番身軽な彼にとっては、朝飯前のことだろう。というか風使いたちにとっては、自分の身を守り脱出経路を常に確保しながら行動する、ということが身体に染み付いていることなので、改めて意識して行う行動ではないのだ。


「おいおい、そんじゃ僕はどうなるんだよ!?自慢じゃないけど君らみたいなプロと違って、こっちはお坊ちゃま育ちのボンボンだぜ?君らみたいな訓練をしてきたわけじゃないし、万が一、僕が騎士でしかもナガトワの息子だってことが知られちゃったら、向こうは目の色を変えて僕を狙ってくるんじゃないのか?」


「……もし捕まったとしても、ポグレンさんならばエゾナレス軍も手荒なマネはしないんじゃないかしら?」


 ナシェーリが聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう呟いたが、その言葉が当人に伝わる前にディストールがポグレンの不安をかき消すかのように大きな声を出した。


「い~や、ポグレンさん。アンタがもし万が一捕まったとしても、エゾナレス軍のヤツらは命を奪うどころか、ケガ一つ負わせないと保証するぜ?……俺らは違う。どこの馬の骨とも分からない人間、それもどんな情報を敵国に流すかもしれない隠密なんかは、出来れば消したい、っていうのが本音だろう。……でもアンタは違う。どんな成り行きで俺たちと行動を共にしていたにせよ、アンタはナガトワ家の三男坊だ。これからベルカント側に勢力を広げようとしているエゾナレスにとっては、味方になって欲しいナガトワ家の息子に手荒なマネが出来るはずはないんだ。……『エゾナレスのパスチノッソス卿は非寛容で度量の狭い暗君だ!』なんて評判が立ってしまったとしたら、例えこれからの戦で勝利を収め続けたとしても、エゾナレスに味方する家は出てこなくなってしまうからな」


「……ふ~ん。ま、そういうものかね?」


 そう呟いたポグレンの表情は複雑なものだった。自分の力ではなくナガトワという家に守られてしまうのが嫌なのかもしれない。なかなか彼の心情を理解するのも大変だが、彼は彼で色々大変なのかもしれなかった。


 ポグレンは深いため息を一つ吐くと、ようやく決心したようだった。


「……はあ~、しょうがない。ここまできたらディストール君の言う通りにやってみるよ。……その代わり君らは僕の安全を第一に考えて行動してくれよ!……気ままな旅生活をこれからも続けてゆく為には、多少は実家に恩を売っておいた方が良いのかもしれないしねぇ……」


 風使いたちだけでは今回の作戦は成り立たないし、そもそもポグレンと出会っていなかったらディストールはこんな作戦を思いつきもしなかっただろう。そのポグレンがようやくはっきりと決心を決めたことは、既に作戦の第一歩が成功したことでもあった。


「よし、まずはポンテ国王のもとに早馬だ!ナガトワへのエゾナレス軍の到達時刻は明日の早朝4時ごろだろう。俺たちの本分はそこだからな、そこをおろそかにしてはダメだ。おっさん!至急早馬の準備を……」


「……もう既にポンテ様への報告は出発済みじゃ、阿呆!」


 この若造が!とでも言いたげな顔で、バリシナンテスはディストールに凄んだ。まあどちらかというと、仕事の面でディストールを出し抜いた!という得意気なニヤケ顔を隠すための照れ隠しみたいなものだっただろう。


「……くっ、まさかおっさんに先を越されるとは……。まあ良い、たまにはおっさんに華を持たせてやらないとな」


「いちいちトゲのある言い方だな。素直にありがとうと言えんのか!?……まったく」


「はいはい、ありがとさん。お陰で助かったよ、やっぱり亀の甲より年の功だな。……これで良いか?」


「一言余分だわ!」


 ともあれ、これでベルカント国に雇われた隠密としての最低限の仕事は行ったことになる。


「さてと……んじゃ作戦を具体的に考えていくか?」


「ねえ……今さらだけど具体的な作戦を思いついてなかったのに、『城を乗っ取る!』なんて言い出したの?呆れるわね……っていうか呆れるのを通り越して感心するわ」


 そう言ったナシェーリの顔は、確かに呆れているというよりも、軽い驚きの方が強かった。


「ああ、任せろ!俺に付いて来い」


 ディストールは得意気に胸を張った。


「……うん、誰も褒めてないから」


 ディストールの名誉のために少しフォローしておくと、具体的な作戦が決まっていなかったのは事実だが、状況を考え勝算が必ずあると判断したのも確かである。具体的な作戦を提示してはいないので、その辺りは直感的な判断……ということになってしまうが、仲間たちは彼の今までのそういった直感を信用していたから、彼をリーダーとして認めているのである。


「作戦も何も君たちは『風使い』ってやつなんだろ?その力でバーッと城ごと吹き飛ばしちゃえば、みんなビビッて降参するんじゃないの?」


 ポグレンがずいぶんと景気の良い話をし出したので、仕方なくディストールはため息交じりにその認識を訂正する。


「……残念ながら俺たちにそんな夢みたいな力はないんだよ、ポグレンさん。もし俺たちにそこまでの力があるんなら最初っからノマール城を乗っ取るなんてしないで、直接エゾナレス軍を叩いて大打撃を与えるさ。……それに、ノマール城そのものを吹き飛ばしちゃったら、愛するアレフお嬢様が困るんじゃないのかい?」


「そうだ!そんなことは絶対ダメだ!」


「そうだろ?だから、もうちょい作戦を綿密に立てなきゃならねえんだよ……そいやアンタのリュック随分と大きいけどなにが入ってるんだい?」


 ディストールは気になっていた彼の荷物について尋ねた。ポグレンはずっと旅をしてきたという人間だから荷物が多くても何ら不思議ではないのだが、どこか高貴で品のあるこの美青年には似合わないような気がして、ずっと違和感を感じていたのである。彼を見ていると、荷物なんかは他の周りの人間が用意するべきものだ……というような気にさせられていたのかもしれない。


「ああ、これ?まあ普通に身の回りの物だけど……ああ、あとアレフに見せようと思って曲芸の準備もしてきたんだ!」


 リュックの中は意外とごちゃごちゃしているらしく、ポグレンは中から物を取り出すのに手間取っていたが、数枚の布と幾つかの小さな缶を取り出した。


「へえ?それを曲芸に使うんだ。で、それは何だい?」


「ふふ、これは東方のサーカスの人間が愛用している『火の布』さ。こっちの缶の中には、これもまた向こうの特別な火薬が入っているんだ。僕の一番の芸はトーチトワリングっていって、火の点いた松明を振り回す芸なんだけど、この『火の布』を使うことで、どんなに激しく松明を振り回しても火が消えないんだ。……火薬は、芸のクライマックスで派手な音や光を出すのに使うんだ!」


「へえ~、そんなものが東方の国では用いられてるんだな……」


 もちろんこの辺りの国……ベルカントやエゾナレスでも火薬の存在は知られていたし、合図の狼煙として用いられてはいたが、用途は限定的でそうしたものの研究・開発はほとんど行われていなかった。銃火器が一般的に戦場に登場するのはさらに後になってからである。


「なあ……ちょっとだけ見せてくれないか?」


 ディストールはポグレンの話に興味を持ったようだ。もともと知的好奇心の強い彼は、自分の知らないことをを知る機会が目の前に転がっているのを我慢できない。


「ふふふ、しょうがないなちょっとだけだぞ!僕の芸は本来安くないんだからな?」


 しょうがない、と口では言いつつもポグレンの表情は明るかった。自慢の部分を見せられるのが嬉しかったのだろう。


 ポグレンは『火の布』を細く切ると、油を塗り、何種類かの火薬を振りかけた。それを近くにあった木の棒に巻きつけて簡易的な松明を作った。同様のものをもう一本作ると、テントの焚き火から松明に火を移した。


「さあさあ、皆外に出て僕のマジックを見てごらんよ!」


 月が照らす森の中は、ポグレンの持つ二本の松明によって一気に明るくなった。どう見ても普通の松明とは明らかに違う明るさだった。


「は~い、んじゃあそろそろ行くよ~、まばたき厳禁だからね!」


 そう言うとポグレンは二本の松明をブンブンと振り回し始めた。


 縦、横……回転は様々に形と方向を変え、加速していった。時には松明を空中に放り投げてはポグレン自身がクルリと一回転してキャッチすることもあった。


「わあ~、キレイ!」


 そして、時間が経つにつれて松明の炎にも変化が表れてきた。最初は普通だった炎の色がピンク色になり、次に青みがかってきたのだ。その様子を見てナシェーリとクラムートは手を叩いてはしゃいでいた。一方のバリシナンテスは幽霊を見るかのような恐ろしげな表情を浮かべていたし、ディストールは全くのノーリアクションで食い入るように見つめ続けていた。


「もうすぐ終わりだよ~!」 


 青色だった炎が黄色くなったころ、パン!!という大きな音と一瞬の大きな光が松明から発せられ、炎は完全に消えていた。暗がりの中、こちらにお辞儀をしているポグレンを一瞬の静寂の後、4人の拍手が包み込んだ。


「スゴーイ!」「魔法みたいだったわね!」


 


 テントに戻ってからディストールの興奮は冷めやらなかった。見ている最中のノーリアクションの反動のようにポグレンに食いついた。


「なあ、あの最後のデカイ音と光は何だったんだい?」


「あれが振りかけた火薬の効能だよ。あと途中色が変わっていっただろ?あれも火薬で調整してああゆう風にしたんだぜ!」


 ポグレンは鼻高々に語った。


「もしかして、他にも色んな効果のある火薬があるのか?」


「うーん……僕の持ってる火薬ではあんなもんかな?本場ではもっと色んな効果を持った火薬があるらしいけどね」


「そうか、だが充分だ。……派手な火薬に目がいきがちだけど、実はスゴいのはそっちの『火の布』なんだよな?」


「そう!さすがはディストール君、良く分かってるね!」


 見ると松明の芯となっていた木の棒はほとんど燃えておらず、『火の布』自身も少し焦げている部分があるくらいで、10分ほどの燃焼時間にも関わらず損傷はほとんどなかった。


 ディストールはしばらく難しい顔をして思案していたようだが、やがて立ち上がると皆に告げた。


「作戦を思いついた。説明するからよく聴いてくれ 


 そう告げたディストールの目は確信に満ちていた。


 



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