第12話 勧誘

「ねえ、もうすぐエゾナレスが来るよ!」


 それから2時間ほど経った真夜中、クラムートがテントに飛び込んできた。

 ディストールとナシェーリ、それにポグレンはこれからの作戦について話し合っていた。

 ……正確に言えば話し合っているというよりも、ディストールが「一気に孝行息子になるチャンスだぜ!」と持ち上げ「ムリムリ!ボクそんなの絶対ムリだから!」と逃げ腰のポグレンを「大丈夫よ、ポグレンさんなら上手く出来るわよ!」とナシェーリがなだめる、ということがひたすら繰り返されていた。


「お、客人か?もうすぐエゾナレスの本隊がノマールの街に入城するぞ」


 見慣れない人間の出現に戸惑い固まっていたクラムートの後ろから、バリシナンテスがひょっこりと顔を出した。


 クラムートとバリシナンテスの二人はノマールに潜入してから別行動を取り、街の西側の探索に向かっていたのである。街の内部であまり有益な情報が得られそうにない……と判断すると、街から外れ、西側から来るであろうエゾナレス軍を待っていたのである。


「おう、二人ともお疲れ。にしても思ったよりエゾナレス軍は遅かったな。……この様子だと決戦は明日だな」


 エゾナレスで決起集会が開かれたのが昨日の昼ごろ。距離を考えると、早い部隊ならば昨日のうちにナガトワに到着しているだろうし、多少出発の準備に時間がかかったとしても今日のうちに会戦となるのが普通だろう。


「エゾナレス側の本音としては、せっかく裏切らせたガッサンディアに先陣を切ってもらいたい……まあそれが難しいとしても、なるべく歩調を合わせてベルカントに立ち向かいたいんだろうな。……して、そちらの客人は?」


「……ポグレンと言います」


 ポグレンは意外と人見知りなのか、新たに出現した髭もじゃの大男とまるで子供のようにしか見えない少年に緊張しているようだった。ペコリと頭を軽く下げると、それ以上の説明を自分からはしなかった。


「ポグレンさんとはノマールの居酒屋で偶然知り合ったんだが……何を隠そうナガトワ家のご子息なんだ!」


「ほう、それはそれは!……で、そのご子息を招いてどうするつもりなんだ?」


「……それはだな………………………………………………………………………………………」


「だから、僕にそんなことはムリだって!!」 


 テントの灯りは消えることなく翌日の朝日を迎えた。


「だから~、何度も言うようにボクにはそんなことムリだって!……っていうかそもそも騎士として手柄を立てるなんてこと、ボクは全く、ほんの少しも興味がないんだってば!!」


 夜中の風使いたちのテントの中、再び酒が入り少し気の大きくなったポグレンは、何度目かの同じ内容の言葉を繰り返していた。


「……あ~、そうかいそうかい!実はとっておきの情報があったんだけどな。……じゃあこれもアンタには関係のない情報ってことになるな……」


 ポグレンの様子の変化を察したディストールは、ここぞとばかりに彼への対応を変えた。今まではひたすらに機嫌をとり協力を懇願していたのだが、ここに来て突き放す、それも何か思わせぶりな様子で……という風に態度を変えたのだった。


「何がだよ!とっておきの情報が何なのか知らないけど、もともとボクに関係する情報なんかあるわけないだろ!?」


「……ノマールのお姫様、アレフお嬢様がどこに落ち延びたか……っていう情報だったんだけどなぁ」


「ウソだ!そんなことキミらが知っているわけない!……だいたいキミらはこの街の城主の娘がアレフっていう名前だってことも知らなかったじゃないか!?」


 ウソは見破った、とばかりに得意気に胸を張るポグレンだったが、ディストールは顔色一つ変えなかった。


「ああ、アレフっていう名前も知らなかったよ。……だけど俺たち隠密っていうのは、一見本筋とはあまり関係のなさそうな些細な情報でも、仕入れたら情報を掘り下げておくモンなんだ。……昨日街の人に聞き込みをしている時に、ノマールのお姫様の話がチラッと出てきたんだ。……それとお姫様の名前を知っているかどうかは全然別の話だろ?」


 まばたき一つせず、ポグレンの青い澄んだ眼を見つめたまま、ディストールはゆっくりと言い切った。


 ……が、もちろんまったくの出まかせだった。そもそもノマール城主に大事にされているお嬢様がいるなんてことは知らなかったし、たとえ情報が入っていたとしても大して本質的なものではないと切り捨てていただろう。


 しばらくディストールの顔をジトっと見ていたポグレンだったが、やがて観念したようにため息を一つ吐いた。


「……しょうがないな、キミの言うことを全部信じたわけじゃないけど、このままナガトワに帰っても家の人間の負担になるだけかもしれないからね。……とりあえず協力してあげてもいいよ」


 ポグレンの言葉にナシェーリは、「わー」と小さく拍手をする真似をしたし、クラムートもバリシナンテスも大きく頷いて歓迎の意を表した。みんななんだかんだ言って、この不思議な、あまり騎士らしくない美青年のことを好きになっていたのかもしれない。


 


「よし、そうこなくっちゃな!……っつーわけで、今から作戦を考えよう!」


「え?……もう決まってるんじゃないのか?そんないい加減ことでボクを巻き込もうっていうのか!?」


「だ~いじょうぶだって、ポグレンさん!ほぼほぼ方針は決まってるんだよ!……ただちょっと詰めの部分をみんなと相談しよう、っていうだけだよ!」


 ディストールの調子のいい言葉にバリシナンテスは目を剥いた。


「おいおい、本当だろうな?何を企んでるのか知らんが、あんまり無茶をするつもりなら俺はこの場で力づくでもお前を止めるぞ!我々はきちんと情報を送って帰るのが任務だろ?分を弁えない行動はやめておけ、と何度も言っておるだろうが?」


 いつになく年長者らしい口調とその言葉に、テントの中には張り詰めた空気が流れた。それに対してディストールは冷静にバリシナンテスに向き合い、真剣な表情を見せた。


「おっさん。おっさんの言うことはもっともだ。……だけど言われた通りのことをやってただけじゃあ、俺たちの仕事は先細りだ。俺たちに対する賃金の低さにもそれが表れている。……ポンテ卿はおっさんの言う通り、俺たちに良く接してくれているとは思うが、結局のところは俺たちを利用する立場の人間だ」


 ディストールは一座を見回すと言葉を続けた。


「俺たちの立場を向上させるためには、依頼以上の成果を出す必要があるんだ。おっさんも依頼を受けてきた時に言ってきたろ?成果を出せば特別にボーナスが出るって」


「それは、そうだが……それはあくまで情報を取ってくるという範疇の中での話だろ?お前が何を企んでるのかは知らんが……」


 バリシナンテスは不安気な表情でディストールを見て、それから他の人間の表情を覗った。ナシェーリもクラムートもポグレンもディストールの次の言葉を待っていた。


 ディストールは一息吐くと驚くべき言葉を発した。


「ノマール城を乗っ取る。それが俺たちの作戦だ」


 


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