第11話 優男の身の上話

 ディストールは優男やさおとことナシェーリの後を追い店を出た。

 別にこの後合流してテントで優男の話を聞くつもりだったから、今すぐに声をかけても良いのだが、優男の方はナシェーリとの身体的接触を図りたいのか、さっきから近づいてはそのきっかけを探しているのが面白くて、まだ声をかけずにいた。

 まあ万が一、優男が強引に接触を図った場合は、ナシェーリが彼の腕を極めてしまう前に止めなければならないが。


 酒場内でのナシェーリと優男の会話は肝心なところがはっきりとは聞こえなかったが、男が重要な情報を握っている可能性がありそうだ。

 他の客からは意義のある情報は得られそうになかったし、旅の騎士だというこの男に賭けてみるのもありだろう。


 郊外の森を抜ける頃には少し酔っていた優男も、歩き疲れてすっかり醒めてしまったようだ。


「さ、ここが私たちのテントよ。狭いけど、ゆっくりしていってね。あ、お酒も飲んでって良いからね」


「……ここが?」


 優男はやはり育ちの良い人間らしく、簡素に過ぎる風使いたちのテントを見て驚いたようだった。優男にとってテントとはバカンスで楽しむためのもの、というイメージがあったのだろう。


「うぃーっす、ナシェーリお疲れ!」


「あ、ディストールお疲れさま」


「!!…………彼は?」


 テントに着いた時にディストールは二人に声をかけた。ディストールの出現に驚き、どうも自分の予想していた色っぽい展開にはならなそうだと気付いたのか、優男の顔は青ざめていた。


「ディストールは私の仲間よ。まあ弟みたいな感じかな。……あ、そういえばまだ名前も聞いてなかったわね?私はナシェーリと言います。お兄さんの名前は?」


「……ポグレン」


 優男は案外気が弱いのか、呟くように自分の名前を言った。


「……まあ、とりあえず座って座って!せっかく買ってきたんだし、お酒も飲んじゃってよ。残しといても私たちは飲まないし、おっさんに任務中に飲まれても困るしね」


 ナシェーリは努めて明るく言い、ポグレンと名乗ったこの男をリラックスさせようとした。


「……それより君たちは何者なんだ?どこからの旅の者なんだ?」


「私たちはベルカントから来たのよ。……それよりポグレンさん。あなたがさっき言っていたナガトワ家のご子息だというのは本当のことなのかしら?」


「ああ、そのことか。……そうだよ、僕はナガトワ=ゲルドムーア=ポグレン。さっきも言った通りナガトワ家の三男だ」


「ナガトワ家と言えば戦争の一番渦中の場所じゃねえかよ。その領主のご子息がこんな所で油売ってて良いのか?」


 ディストールには心底不思議でならなかった。騎士というものは自分の家と土地を守るために命を賭ける存在だ、と今まで思ってきたからだ。


「……うん。実はボク、勘当同然で家を飛び出してきちゃったんだよね……」


「……?」「……?」


 ディストールとナシェーリは二人で顔を見合わせた。少し固まった後、ナシェーリはポグレンに酒を勧めた。


「まま、とりあえずお酒飲んじゃって下さいな。今なら美人のお酌付ですよ!」


 うふ、とわざとらしくウインクするナシェーリに、一拍遅れてポグレンは首をかしげた。


「……う~ん、こうして見るとキミって意外と子供っぽいよね。……さっき店で飲んでる時は、けっこう良い女に見えたんだけどなぁ……。ま、タダより美味い酒は無いからね。いただくとするよ」


 密かに傷ついているナシェーリを無視してディストールは話を続けた。とりあえず今はポグレンと名乗るこの男を気持ちよく酔わせ、情報を引き出すことが先決だ。


「……で、ポグレンさんよ。もう今にも戦が始まりそうだっていうこの時期に、ナガトワ家の三男坊のアンタが、なんで敵領のこの街ノマールになんかいるんだい?」


「うん。……ボク元々騎士になんかなりたくなかったんだよね。戦みたいな野蛮なことしたくないしさ……元々合ってなかったんだよ。……で、子供の頃から武芸の稽古とか勉強とかをさぼっては遊んでばっかりいたんだ。パパも最初はうるさかったんだけど、15~6歳になってくるともうあんまりグチグチは言わなくなっていったんだ」


「……落ちこぼれってのはどこでもいるもんなんだな」


「ちょっと、ディス!言い方!」


 ナシェーリが嗜めたがポグレン本人も自嘲気味に笑っていた。


「いや、彼の言う通りだよ。……ボクと違って兄二人は真面目で立派な騎士になっていたから、ナガトワの家は安泰だろう、っていうのもあったんだと思う」


 そこでポグレンは一旦言葉を切り、手元の酒の小瓶を空けた。


「で、割と自由気ままにボクは暮らしてきたんだけどさ、半年前くらいかな?外の世界を色々見てみたいと思ってさ、武者修行っていう名目で旅に出ることにしたんだ。あ、もちろんお金はパパから出してもらったよ?」


「へ~、騎士様の御子息ってのは気楽なもんだな」


 ディストールはあえてイヤミっぽく言ったが、本当に羨ましいという気持ちが強かった。


「……で?半年間の武者修行とやらでポグレンさんは何を学んだんだい?」


「う~ん、そうだな。旅をして分かったのは……女の子はその土地土地によって全然違う!ってことかな。当たり前だけど女の子は十人十色だよ。顔も、髪も、肌の感触だとか、声なんかも人それぞれだ。……だけどやっぱりその土地で育ってきた娘は、その土地の特徴がある……っていうかね。近い土地の娘同士はどこか似ていたりするもんなんだよね」


 ディストールとナシェーリは一瞬顔を見合わせて、「やはり見た目通りの女ったらしだったか!」という表情をお互いした。


「……モテる男の言うことには説得力があるよ。それで論文書いて学会に発表でもしてみたら案外ウケるんじゃねえの?ポグレンさん」


 ディストールの精一杯の皮肉もポグレンにはかすりもしなかったようだ。


「そうかな?……で、半年間色々見て回ってお金も残り少なくなってきたから、一回ナガトワに帰ろうと思って、このノマールに着いたのが一週間前」


「……でも、何でわざわざこの街に留まったの?ナガトワなんかすぐ目と鼻の先じゃない?そのまま帰れなかったの?一週間前なら、まだ城門の規制なんかもなかったでしょ?」


「帰れなかったさ!!」


 再び酔ってきたのか、ナシェーリの疑問にポグレンは初めて語気を強めた。


「……だって、天使を見つけちゃったからね!!」


 そう言うとポグレンはにへらと、とびきりの笑顔を弾けさせた。


「アレフはこの街でたまたま見かけたんだ。清楚で可憐で……彼女を市場で見つけた時、生まれて初めて『天使はこの世に本当にいたんだ!』って本当に思ったよ!」


「……はあ」「……素敵」


 二人はあまりポグレンの邪魔をしないように、控えめに相槌を打った。


「しかも彼女はなんと、このノマールの領主の娘……っていう本物のお嬢様だったんだ!同行していた女性が如何にも下女っていう感じだったから身分のある娘だとは思ったんだけど、後をつけていった彼女がノマールの城の一番奥に入っていくのを見たときは、むしろ納得がいったよ!……本当に気品のある人間はやっぱり身分のある人間なんだって!」


「…………」「…………」


「で、そっからボクがアレフを手にするためにどうしたって思う?まずは、その下女の女性が街に用事で出てきた時に仲良くなったんだ。ボクは旅芸人のふりをして、警戒心を解いてね。ちょうど『お嬢様も退屈を持て余して憂鬱な気分の時がある』っていう話も出てきて……それでなんとか城に入れてもらえたんだ!」


「……待て待てポグレンさん。アンタがいくら口八丁だとしても、旅芸人のふりをするって……そんな簡単に出来るのか?」


「ああ、実はボク東方の国を旅してた時にサーカスの娘と2ヶ月くらい付き合っててね、その時の彼女に色々教えてもらったんだよ」


「……ずいぶん意外な武者修行の成果だな」


 たった2ヶ月付き合った彼女から片手間に教えてもらった遊びで、旅芸人に成り済ますことが出来る……というのは実はこの優男はスゴい男なのかもしれない。あるいは騎士ではなくそっちの方面に才能を持って産まれてきてしまったのかもしれない。


「もちろん警戒させるようなナイフを使った芸とかは出来ないし、大きな道具も持ち込めないから苦労もしたけど、沈んでいた彼女を笑顔に出来たときは本当に嬉しかったよ!自分はこのために生まれてきたんだ、とさえ思ったよ!」


「……芸人の鑑ね」


 ナシェーリのつぶやきは、どこか羨ましげでもあった。


「彼女が特に喜んでくれたのが、トーチトワリングっていう火の点いた松明を振り回す芸だったんだ。何回目かに彼女を訪ねた時、たまたま家の人がいないとかで、見晴らしの良い城壁に上げてくれたんだ。ああ、あの時は楽しかったな…………」


「……で、彼女とはどうなったんだい?」


 再び遠い目をしたポグレンを、ディストールが現実に引き戻した。それに対してポグレンはこの世の終わりのような悲しい顔をした。その表情だけで、彼女とどうなったかは大体予想がついた。 


「……やっぱり時期悪かったんだ。もうちょっとで……っていうところで、今回のベルカントとエゾナレスの戦争が始まる!ってなって彼女はどこか安全な場所に避難をさせられた、っていうことを下女の女性から聞かされたよ……」


「なるほどね、それであそこでヤケ酒を飲んでた、ってわけね。……それで、ポグレンさんはこれからどうするつもりなのかしら?」


「どう……って、どうすれば良いんだろうな?……アレフを追って行こうにも居場所は教えてはもらえないだろうし、ムリに追って行くことが彼女のためにはならない気がする。……さっき言った通りお金も残り少なくなってきたし、なんだかんだ言っても本当に一回ナガトワに帰るしかないんじゃないかな?……まあこんな時期に帰っても喜ばれはしないだろうけどなぁ……」


 ポグレンの弱気な口調にディストールは目を鋭くした。


「なぜ喜ばれないと思うんだい?戦が目前に迫ったこの時期なら、一人でも味方が多い方が良いんじゃないのかい?」


「いや~、ボクなんかが帰っても戦には何の役にも立たないどころか、味方の士気を下げるだけだよ。兄さんたちもボクのことを、穀潰しのろくでなし!ぐらいにしか思ってないし……まあ実際間違ってはいないしさ」


 そこでしばらくの間沈黙が生まれた。ポグレンの自嘲的な話の後だったから雰囲気は重苦しかったが、やがてディストールが何かを思いついたようだった。


「なあ、ポグレンさん。ここは一丁、そんなろくでなしの汚名を返上して、一気に孝行息子にならないか?今までの武者修行(笑)が本当に武者修行だった、ってなるようなそんなプランに興味はないかい?……それともアンタはこのまま一生遊び人の放蕩息子でやっていくつもりか?」


 ディストールは謀事を思いついた者特有のギラギラした目つきで……だが口調はあくまでも囁くようにポグレンに尋ねた。


「……どういう意味だい?」


 ポグレンはまるで意味が分からないという返事をしたが、どこかディストールの迫力に押され気味だった。


「この戦でアンタが思いっきり手柄を立てて、ナガトワ家の武名を天下に轟かせる…そんな方法がある!って言ってるんだよ」


 あまりに意外で考えもしなかった方向性のディストールの言葉に、ポグレンは目をパチクリさせた。





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