第10話 出会い

「なんだか、もう僕らは用済みみたいな言い方だったね」


 ポンテ卿の御前から退出するとクラムートが舌を出した。


「ま、実際そうだろ。戦になっちゃえば俺らの出番はないからな」


 ディストールは当然のことで仕方ないという顔をしたが、内心にはやり場のない悔しさがあった。


「で、どうするの?今回は皆一緒に行動するの?それとも、またおっさんに残ってもらう?」


 ナシェーリの言葉にディストールは考える間もなく答えを出した。


「今回は皆でエゾナレス軍の動向を探ろう。俺らにとって、行軍中の部隊とその周辺を幅広く探る、っていうのは初めてのことだ。経験値を増やすために皆で行動するのが良いだろう。ポンテ卿への連絡はおっさんじゃなくても、早馬を飛ばせば事足りる」


 ディストールの方針にバリシナンテスはと少し驚かされた。単に安全に任務をこなすだけでなく、自分たちの成長を念頭に置いて方針を決める、という考えは自分には全くなかったからだ。


「ポンテ卿の言葉は本音だろう。決戦になっちまえば俺らの働きじゃなくて、軍隊の強弱によって勝敗は決まる。俺らは俺らのことを第一に考えてやっていけば良いさ」


 


 その日はベルカントの陣営に間借りして泊めてもらい、翌日早朝に彼らは出発した。向かった先はナガトワよりも西に6キロ程、エゾナレス領にあるノマールという街だった。

 ノマールはそれほど大きな規模の街では無い。しかし街道沿いの宿場町としての利用者は多く、交通の要衝となっている場所である。

 ノマールの隣の都市がナガトワであることを考えると、エゾナレスの最前線基地となるであろう場所だ。いずれにしろエゾナレス軍がナガトワに向かう際には必ずここを通る。ここに四人で潜み、情報を入手しようというのがディストールの算段であった。


 ノマールの街に入る前に4人は、郊外の森の中に簡易的なテントを張った。ノマールの街からそれほど距離もなく「これなら宿代を浮かすことが出来る!」とバリシナンテスがうるさかったためである。

 市中の宿屋に泊まることは便利ではあるが、隠密であることがバレて敵方に踏み込まれる……というリスクもある。それに対して郊外でのテントでの寝泊りは、不便な部分もあるが安全ではある。もちろん緊急の時には、テントを捨てて逃走する、ということも出来る。……まあそうなるとバリシナンテスがまたコスト、コストとうるさそうだが……


 ノマールの街に、例の職人だか商人の下働きのような格好をして潜入した4人は情報収集を開始した。するとすぐに「ベルカントがエゾナレスと交戦状態になった!」という会話が聞こえてきた。エゾナレスの騎士たちが駆け回り、大声で同様の内容を触れ回っているのにも遭遇したから、これは疑いようがない。


「いよいよ、ポンテ卿の宣戦布告が向こうさんにも届いたってことだな」


「そうね、ちょっと気を引き締めてかからなきゃね」


 ディストールの言葉にうなずいたのはナシェーリだけだった。エゾナレスの行軍が思ったよりも遅くまだ姿を現さないので、クラムートとバリシナンテスは別行動をとり、より西へエゾナレス軍を捕捉するために向かったところだったのだ。


「こうなると、目新しい情報は難しいな……」


 ノマールは街道沿いの交通の要衝であり人の通行はかなり多い街であるのだが、二国がはっきりと交戦状態になってしまうと、国境近くのこの辺りに歩を進めてくる人間はめっきりと減ってしまう。ただ、この街に先祖代々住んでいる住人たちは図太くいつもの生活を続けているのだが……


 庶民たちの噂は色々と聞こえてきたが、エゾナレス軍が今どの辺りにいるのかは、ノマールに留まっているディストールとナシェーリにははっきりしなかった。


「まあ、エゾナレス本隊の情報はおっさんとクラムの情報を待つしかないわね。それまではこの辺りで少しでも情報を集めておきましょう」


「ああ、そうだな。……まああんまり一生懸命になって不審がられるなよ、ナシェーリ」


「分かってるわよ」


 


 というわけで二人は日中の間に休み、ノマールの街の夜の酒場に来た。情報を得るためには二人バラバラの方が何かと都合が良いだろうということで別々に入店したところだ。流石に交戦区域となりそうなこの街で酒を飲んでいる人間はあまりいなかった。……だがゼロではなく、3、4組の人間たちが酒を飲んでいるのがディストールには信じ難かった。


(……もうすぐ戦争になる、ってのにコイツらはどういう神経してるんだ?)


 だがまあ、こういう人間がいるから自分たちが酒場に足を運んだ意味もあるのだし、こういう人間がいる、ということ自体が庶民たちの雰囲気を伝える有益な情報と言えそうだった。


 そのとき一人の若い男が入店してきた。美しい金髪をなびかせた優男は、その灰色の瞳に憂いをたたえ、世界の終わりかのような深いため息をつきながらカウンター席についた。


 カウンター席の逆の端にはナシェーリが座っており、ディストールは奥のテーブル席で一人新聞を広げていた。二人ともその優男のことが気になり彼に注意を向けた。

 優男は黙ってカウンター席についたので地元の常連客かと思ったが、特に酒場の主人と会話をする様子もなく、一人でため息をつきながら酒を飲んでいた。


 少し経ち酒が回り気分もリラックスしたのか、店内をキョロキョロ見回していたが、カウンター席の奥にいたナシェーリと目が合うとニッコリと微笑みかけてきた。少しキザっぽい……けどそれがお茶目っぽくもあるような、嫌味のない笑顔だった。


(これは……相当の女ったらしかもね!)


 ナシェーリは自分に言い聞かせ、警戒スイッチ入れた。だが彼に対してほとんど不快感を抱かなかったのだから、もう彼の術中にはまっているのかもしれなかった。まあ後ろの席にはディストールもいるし、危険な目になる可能性はないだろう。


「こんばんは。お姉さん一人なの?」


「ええ、そうよ。……地元の人?」


「いや……僕は旅の途中なんだ」


「あら、偶然ね。わたしも旅の途中だったんだけど……何か戦争が始まるみたいじゃない?」


「そうなんだよ!僕もそれで困っちゃってさ…………」


 優男はナシェーリと会話をするうちに、テンションが上がってきているようだった。しきりに話しかけては酒を飲んでいた。ナシェーリにも「自分が奢るから」と一度酒を勧めたが、ナシェーリが「あまり酒に強い方ではない」と言うと、無理に飲ませるようなことはしなかった。


 ディストールは自分のテーブルの上の新聞に目を落とし、時折ページをめくってはいたが、依然として2メートル先のカウンター席の二人の会話に全神経を注いでいた。


 ……ちなみに女子だから、いざという時にはナシェーリを守らなきゃ!というような意識は全くなかった。いざという時には間違いなくこの優男よりナシェーリの方が強いからだ。


「……実は僕、このノマールの街に好きな子が出来ちゃったんだよね」


 少し酔ってきたのか優男は顔を赤らめながら、ナシェーリの方を向いた。


「あら、ステキ。お相手はどんなお姫様なのかしら?……お花屋さん?それともパン屋さんの看板娘かしら?」


「……いや、そういう感じの娘じゃなかったんだ。……僕も最初は知らなかったんだけど、ノマールの本物のお姫様だったんだ」


「は?どういうことかしら?……もしかしてノマールの御領主の娘さんってこと?そんなわけないわよね?」


「……実はそうなんだ。ああ、アレフ!……もう一度で良いから、会いたい……」


 不意に遠くを見つめ、トリップした優男にナシェーリはドン引きしたが、本気で涙を浮かべている優男を見てナシェーリは「領主の娘に手を出すなんてとんでもないバカだが、以外と悪いヤツじゃないのかもしれない」という気もした。


 だが驚くべき話は、さらに先にあった。


「あなたみたいな、チャラチャラしたどこの馬の骨かも分からない人間を、よくそのお姫様が相手してくれたわね?……あなたも手を出すなら、もうちょっと庶民の娘にしなさいよ。恋が成就しても、身分に差がありすぎると将来はないんじゃないの?」


「……あ~、一応僕も騎士の端くれなんだよね。……ま、説得力ないのは重々承知してるけどさ」


「は?……嘘でしょ?あんたみたいな騎士がいるわけないじゃない?」


「いや、笑っちゃうかもしれないけどホントなんだよ、これが」


 優男はそう言うと、ナシェーリの方にぐっと顔を近づけてきた。一瞬驚いて身体を硬直させたナシェーリの顔を通り過ぎて、優男の口は彼女の耳元に寄せられ、そこで最も重大な事実を囁いた。


「……実は僕、ナガトワ家の三男坊なんだ」


「…………は?」 


 ナシェーリは驚いて無言で、彼の方を見た。この男が両国の争いの渦中の場所ナガトワの三男坊だというのか?そんな男が最も近い敵領に人目を忍んで潜入している、「ということは目的は私たちと同じ諜報活動か?」と一瞬ナシェーリは考えたが、優男の無邪気な表情はどう考えてもそうではなさそうである。口調や表情から判断するに、単なる酔っ払いの悪ふざけでもなさそうである。

 ナシェーリは一つのアイデアを思いついた。


「……ねえ、お兄さん。もし良かったら、奢るから場所を変えて飲み直さない?」 


「え?良いね~!結構この近くに安くて美味しい居酒屋が何軒かあるんだよね~」


 優男はナシェーリを他の居酒屋に連れて行きたい様子だったが、彼女の思惑は違った。


「あ、近くにテントを張ってるんだけど、良かったら来てそこで飲まない?」


「……え?女の子のテントにお邪魔する、ってことは……良いの?」


「……?別に良いわよ」


 優男は何か色っぽい期待をしているようだが、ナシェーリはその言葉の意味に全く気付いていなかった。


「あ、マスター!お会計お願いします!あ、こっちの人の分も一緒にお願いします。あと、持ち帰りでお酒と焼き鳥を何本か、お願いします」



 

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