第8話 逡巡

「おせーよ、ナシェーリ!」


「や、ごめんごめん!木陰に隠れてたんだけど、思ったより遠い場所にアンタたちが出てきたもんだからさ、慌てたわよ!」


 最後のタイミングで、守備隊の一斉射撃を受けそうだった二人を、突風を起こし助けたのは待機していたナシェーリだった。脱出のタイミングはすでに打ち合わせ済みだったのだ。


「……でもナシェーリが居てくれなかったらヤバかったかもね」


「だな。よ、さすが優等生!」


「ねえ、それ褒めてるの?……まったく、アンタたちは危険だったっていう実感があるのかしらね?」


 命からがら……という局面だったにも関わらず口調の全く変わらない二人に、ナシェーリはやれやれ、という風に首を振った。 


 ちなみにこの三人の中では、風を操る能力はナシェーリが一番高い。ディストールもクラムートも、今回のような30メートルほど離れた場所に、あれだけの突風を正確に当てることが出来るかは心許ない。


 しかし物事には適正、というものがある。ナシェーリは、風を操る能力はこの中で最も高い。頭も良く、身体能力も女子としてはかなり高い方だろう。だが生真面目な性格ゆえか、時として慎重になりすぎて機転が利かないということがたまにある。  

 ディストールが共に潜入する相棒としてクラムートを選び、ナシェーリを連絡役としたのはこうした適正を考えてのことである。



「で?情報はつかめたのかしら?」


 街道まで出て道端で一息つくと、ナシェーリが尋ねた。


「ああ……ガッサンディアが寝返った。エゾナレスの強気はそのせいだったらしい」


「ふーん、そうだったんだ。…………え?それってヤバくない!?ねえ、大丈夫なの?」


 一呼吸置いてから彼女はその重大さに気付いたようだ。


「……どうなんだろうな?あの狐ジジイのしてやった顔からして、たしかにガッサンディアの裏切りの確約が取れたことは間違いないだろう」


 ディストールには先程のパスチノッソス公の陰険な笑顔が浮かんでいた。大きな謀事を成し遂げた人間特有の笑顔だった。


「でも、それですぐ額面通りに『ベルカントを攻撃だ!』ってなるほどガッサンディアも単純ではないだろう」


「そうだよね~。……ま、このご時勢だから何が起きたって不思議じゃないけどね」


 クラムートが不相応な、ませた口調で相槌を打った。


「ああ、クソ!ガッサンディアの方の様子が少しでも分かればな。……いっそ俺がひとっ走り行ってくるか?ポンテ卿への報告は二人とおっさんに任せれば良いんだし……」


「落ち着きなさいよ、ディストール。……そこまでのことを私たちは依頼されてないでしょ。一度報告に戻ってポンテ卿からの依頼があれば、改めてそうすれば良いだけじゃないの?」


 ナシェーリの言葉にディストールも冷静さを取り戻したようだ。


 彼らはベルカントの家臣ではなく、あくまで雇われた立場だ。ガッサンディアへの潜入・調査が必要だとポンテ卿が判断した場合は、また別途の料金を……というのは当然の対価の請求だろう。

 まあ実際のところは「より多くの仕事をもらって、より多くの報酬を得よう!」という意図はなかった。四人しかいない彼らにとっては安全且つ確実に仕事をこなしてゆくことが第一で、自ら仕事を広げてゆくような余裕はない、というのが実情だ。


「そうだな、どうすっか?」


 冷静になったディストールは改めてどうすべきか考えた。ポンテ卿からの依頼がそもそもざっくりしたアバウトなものなので、このあたりの対応も割と自由に考えることが出来るのだ。


「よし、一旦皆で戻ろう」 


 エゾナレスが軍を動かすのは明日の朝だ、ということはすでにはっきりしていた。そして実際の戦闘になってしまえば彼らの出番はない。より詳細にエゾナレス軍の動向を探ろうとすれば、エゾナレス軍の出発を待ち、それに付かず離れずの距離で付いてゆき様子を逐一報告するのがベストではあるのだろうが、彼らには時間的・距離的に余裕があった。実際に戦場となるであろうナガトワまでは彼らの足ならば3時間ほどしかかからないのだ。


 ポンテ卿の方でもこの日の正午に軍を進める、ということを(公式なものではないが)明言しており、そのことは既にバリシナンテスを通してディストールたちにも伝えられていた。エゾナレスが決起集会を開いている頃には、ベルカントも既に軍を動かしているはずだった。

 実際には諸事情によりベルカントの兵の編成も予定よりも少し遅れ、ちょうどディストールたちがエゾナレス城を脱出した頃に進軍が開始されたのではあるが。


 ただし「戦争が始まった!」ということが街道の人々に広まってはいないようなので、まだ宣戦布告はなされておらず、実際に戦端が開かれるまではさらに若干の猶予がありそうだった。

 この時代にはまだこうした牧歌的な雰囲気が残っており、宣戦布告の無い戦闘行為などとというのは誰も考えつきもしないものだったのだ。


 こうしたことから考えるに、実際に宣戦布告がなされてから再度エゾナレス軍の様子を窺いに戻ってきても充分に対応は可能だとディストールは考えた。ずっとエゾナレス軍に張り付いているよりも、一旦集合して彼ら自身の意思疎通をして、ポンテ卿がどう判断するかを以って動くことが大事だという判断に至ったのである。





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